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第5話 声の主

気づけば、私は自分の部屋に立っていた。


さっきまで円壇の上にいたはずなのに。


制服のまま。


息は荒い。


胸の奥の重さも、そのまま。


窓の外は、やっぱり静かだ。


時計は動いていない。


ここは、本物じゃない。


でも。


円壇よりは、現実に近い。


私はベッドに腰を下ろした。


「……何が、起きてるの」


独り言のはずだった。


「神前決闘だ」


声が返ってくる。


背後でも、前でもない。


部屋そのものから響くような声。


「誰」


静かに問う。


恐怖は、不思議とない。


怒りもない。


ただ、知りたい。


しばらく沈黙があった。


それから。


部屋の空気が揺れた。


本棚の前。


壁と空間の境目が、歪む。


何かが滲み出る。


輪郭はある。


けれど、はっきりしない。


白い鹿のような獣。


目だけが、静かに光っている。


「君を呼んだ者だ」


落ち着いた声だった。


威圧はない。


でも、逃げられない存在感がある。


「……どうして?」


私は立ち上がる。


「どうして、私なの」


鹿は少し首を傾ける。


「境界に触れた者は、呼ばれる」


「境界?」


「生と死の間だ」


「私は……死ぬの?」


問いは自然に出た。


鹿は即答しない。


「それは、まだ決まっていない」


曖昧な答え。


「勝てば願いが叶う。負ければ消える」


頭に流れ込んだルールを口にする。


「本当に?」


「本当だ」


迷いのない声。


でも。


どこか、冷たい。


「ユメは?」


あの眠そうな人。


鹿は、わずかに笑った気がした。


「消えたよ」


言葉を選んでいる。


全部は言わない。


「あなたは、神なの?」


沈黙。


部屋の空気が重くなる。


「好きに呼べば良い」


肯定とも否定とも取れる答え。


私は一歩近づく。


「どうして戦わせるの」


声が少し強くなる。


「願いを選別するためだ」


「選別?」


「願いを叶える者は、一人でいい」


静かに告げられる。


あの円壇の向こう岸。


鳥居の影。


光。


「最後に残った者の願いが叶う」


言葉が落ちる。


重い。


「願いは何でも叶うの?」


人影は窓の方を見る。


青い空。


動かない雲。


「何でも叶う」


私は、黙る。


鹿はこちらをじっと見ている。


「私には叶えたい願いなんてない」


ぽつりと言う。


鹿はすぐ答える。


「知っている」


即答だった。


「なら、どうして」


「必要があるからだ」


胸が、少し痛む。


――誰も、これ以上傷つかないでほしい。


「君には心当たりがあるはずだ」


鹿の目が、わずかに揺れる。


「君は、止める存在だ」


その言葉に、心臓が跳ねる。


「止める……?」


「進みすぎたものを、止める」


「壊れそうなものを、留める」


私は、首を振る。


「そんな力、ない」


ユメを倒した感覚はない。


ただ、立っていただけ。


鹿は、静かに言う。


「自覚がないことが、最も厄介だ」


部屋の空気が、わずかに冷える。


「次の戦いが近い」


「もう?」


「時間は、神前では長く、現実では短い」


ピッ……ピッ……。


遠くで、また電子音が鳴る。


「あなたは、どこまで知ってるの」


最後に問う。


鹿は、少しだけ沈黙した。


そして。


「全てではない」


そう言った。


その瞬間。


視界が白くなる。


「待って――」

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