第36話 登竜門
拳と拳がぶつかった。
ドン。
衝撃が円壇を揺らす。
水面が跳ねる。
空気が裂けた。
葵と龍彦。
二人の拳が、
円壇の中央で止まっている。
葵の腕が震える。
龍彦の拳は、
微動だにしない。
葵は笑った。
「……すご」
小さく呟く。
「重っ」
龍彦は何も言わない。
ただ、
まっすぐ葵を見ている。
背後の龍が、
ゆっくりとうねった。
葵の腕が、
少しずつ押される。
「はは」
葵は笑う。
「やばいな」
さらに押される。
拳。
肘。
肩。
体ごと。
龍彦の力が、
葵を押し込んでいく。
葵は言う。
「でもさ」
少しだけ息を吐く。
「いいじゃん」
龍彦の目が動く。
葵は笑う。
「それ」
「本気だろ?」
龍彦は答えない。
だが。
力が強くなる。
葵の腕がさらに下がる。
「……はは」
葵は少し苦しそうに笑う。
「やっぱ」
「すげーな」
龍彦が踏み込む。
ドン。
葵の体が後ろへ滑る。
円壇の水面を、
数メートル。
靴が水を散らす。
葵は必死に踏ん張る。
だが。
止まらない。
「くっ」
葵の足が円壇の端にかかる。
それでも。
葵は笑った。
「……いいじゃん」
小さく呟く。
龍彦の拳が、
さらに押す。
葵の体が浮く。
その瞬間。
葵は力を抜いた。
龍彦の拳が、
そのまま葵の腹に入る。
ドン。
衝撃。
葵の体が宙に舞う。
数メートル飛んで、
円壇の床に落ちた。
水が跳ねる。
静寂。
龍彦はその場に立っている。
背後の龍が、
ゆっくりとうねる。
葵は動かない。
数秒。
それから。
小さく笑った。
「……あー」
天井を見ながら言う。
「これ」
息を吐く。
「本気だったわ」
葵はゆっくり起き上がろうとする。
だが、
体が動かない。
葵は苦笑する。
「参った」
小さく言う。
龍彦を見る。
その目は、
もう怒っていなかった。
葵は言った。
「降参」
静かな声。
その瞬間。
円壇の空気が変わる。
葵の体が、
淡い光に包まれ始める。
龍彦はそれを見ていた。
葵は笑う。
「いいじゃん」
「登ったな」
龍彦の背後。
龍の影が、
ゆっくりと空へ昇る。
葵は続ける。
「俺さ」
少しだけ笑う。
「一回」
目を閉じる。
「本気やりたかったんだ」
それから、
龍彦を見る。
「ありがと」
葵の体が光になる。
粒になって、
空へ消えていく。
静寂。
円壇の中央に、
龍彦だけが残った。
背後の龍が、
ゆっくりとうねる。
そして。
空に向かって、
静かに昇った。
登竜門を越えた龍が、
そこにいた。
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