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第34話 登竜門の手前

円壇の空気が重い。


水面が、ゆっくりと揺れている。


龍彦の背後。


歪んだ空間の中に、


巨大な影が浮かんでいた。


長い胴。


うねる輪郭。


角のようなもの。


まだはっきりとは見えない。


だが、


確かにそこにいる。


葵はそれを見て、


口の端を上げた。


「へぇ」


「本当に出るんだ」


軽く首を回す。


「龍」


龍彦は何も言わない。


ただ、


前に出る。


一歩。


円壇が鳴る。


葵は構える。


だが次の瞬間。


龍彦が消えた。


「――っ」


葵の体が反射で動く。


横に跳ぶ。


その瞬間。


ドン。


さっきまでいた場所の床が砕けた。


葵の目が開く。


「速っ」


龍彦がそこに立っている。


拳を振り抜いた姿勢のまま。


葵は着地しながら笑う。


「いいじゃん」


「さっきまでのとは違うね」


龍彦は何も言わない。


ただ、


また踏み込む。


次の瞬間。


拳。


葵は避ける。


しかし。


衝撃が追ってくる。


空気が弾ける。


葵の体が後ろへ押された。


「うわ」


少し驚いた声。


「今の」


「当たってないよね?」


龍彦の背後。


龍の影が


ゆっすらとうねる。


怒り。


悔しさ。


劣等感。


それらが、


龍彦の体を押し上げている。


葵は静かに龍彦を見る。


さっきまでの笑顔が、


少しだけ消えていた。


「なるほど」


小さく呟く。


「そういう能力か」


龍彦が踏み込む。


速い。


今度は蹴り。


葵は避ける。


だが。


龍彦は止まらない。


拳。


蹴り。


肘。


荒い。


だが。


重い。


葵は避けながら笑う。


「おー」


「怒ると強いタイプだ」


そして。


龍彦の動きを見ながら、


同じ構えを取る。


「こう?」


踏み込み。


拳。


龍彦の真似。


だが。


龍彦の拳が、


先に届く。


葵が腕で受ける。


ドン。


衝撃。


葵の体が後ろへ滑る。


「……あ」


少し驚いた声。


腕が痺れている。


葵はそれを見て、


小さく笑った。


「なるほどね」


「結構、重い」


龍彦は止まらない。


また踏み込む。


拳。


葵は避ける。


だが今度は、


少し遅れた。


龍彦の拳が、


肩をかすめる。


ドン。


衝撃。


葵の体が後ろへ飛ぶ。


数メートル滑って、


円壇の端で止まる。


静かな水面が揺れる。


葵は肩を回す。


「いて」


少しだけ眉をひそめる。


それから、


龍彦を見る。


「いいね」


小さく笑う。


「それ」


「ちゃんと戦ってる」


龍彦の背後。


龍の影が、


少しだけ大きくなる。


葵はゆっくり立ち上がる。


そして。


初めて、


少し真面目な顔をした。


「でもさ」


軽く息を吐く。


「それじゃ」


龍彦を指差す。


「まだ届かない」


龍彦の目が揺れる。


葵は続ける。


「だって」


笑う。


「まだ怒ってるだけ」


静かな声。


「龍ってさ」


「怒りじゃないんだよ」


龍彦の拳が止まる。


葵は言う。


「登るんだよ」


そして、


一歩前に出る。


「登竜門」


龍彦の瞳が揺れる。


葵はニヤリと笑った。


「君」


「まだ」


「滝の途中」


その瞬間。


龍彦の背後の龍が、


大きくうねった。


空が暗くなる。


雷が鳴る。


葵の目が細くなる。


「お」


小さく笑う。


「来る?」


次の瞬間。


龍彦の体から、


雷のような光が弾けた。


円壇の水面が


大きく波打つ。


龍の影が、


一気に膨れ上がる。


葵はその光を見て、


静かに呟いた。


「やっと」


「登る気になったか」


龍彦の瞳が、


完全に金色に染まる。


その瞬間。


龍の咆哮のような雷鳴が、


黄泉前に響いた。

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