第24話 守るもののない場所
目が覚めた。
最初に聞こえたのは、
静けさだった。
犬山正子はゆっくり目を開ける。
白い天井。
蛍光灯。
見慣れた部屋。
「……ここは」
体を起こす。
机。
制服。
警察手帳。
小さなテレビ。
ここは
自分の部屋だった。
だが、
何かがおかしい。
音がない。
外の車の音も、
人の声も、
何も聞こえない。
静かすぎる。
⸻
正子はゆっくり立ち上がった。
体の調子を確かめる。
痛みはない。
怪我もない。
だが、
記憶の一部が
曖昧だった。
最後に覚えているのは
現場。
怒号。
無線。
そして
銃声。
「……」
胸の奥が
少し重くなる。
思い出そうとする。
だが、
はっきりしない。
ただ、
一つだけ
頭に残っている。
⸻
あの判断は正しかったのか。
⸻
正子は首を振った。
考えても仕方ない。
事実は変わらない。
自分は
命令に従った。
それだけだ。
警察官は
そういうものだ。
⸻
その時だった。
声が聞こえた。
「外へ」
正子は振り向く。
誰もいない。
「外へ」
もう一度。
男でも女でもない声。
命令ではない。
だが、
なぜか
逆らう気になれない。
正子は小さく息を吐いた。
「……了解」
誰に言ったわけでもない。
ただ、
そう答えた。
⸻
玄関へ歩く。
ドアノブを回す。
ドアを開ける。
その瞬間、
世界が変わった。
⸻
空。
青い。
春の空のように澄んでいる。
だが、
風がない。
音もない。
目の前に
巨大な円形の石舞台。
黒曜石のような円壇。
周囲は水面。
波もない。
流れもない。
完全に静止している。
正子は立ち止まった。
警察官として
状況を確認する。
環境。
出口。
危険。
だが、
どれも
現実のものではない。
⸻
その時、
頭の奥に
言葉が流れ込む。
場所。
意味。
ルール。
ここは
黄泉前。
生と死の境界。
神前決闘。
勝者は願いを叶える。
敗者は消える。
正子は黙ってそれを受け取った。
驚きは
あまりなかった。
むしろ、
妙に納得した。
⸻
「……そういうことか」
小さく呟く。
ここに来た理由は
一つしかない。
自分はまだ答えを持っていない。
あの判断。
あの命令。
あの現場。
本当に
正しかったのか。
それを
確かめたい。
⸻
正子は円壇を見る。
黒い石。
広い空間。
誰もいない。
いや、
よく見ると
遠くに
人影がある。
誰かが
すでに立っている。
対戦相手。
おそらく。
正子は制服の袖を直す。
無意識だった。
背筋を伸ばす。
足を踏み出す。
⸻
そして、
円壇へ向かって歩き始めた。
警察官としてではない。
組織の人間でもない。
ここでは
命令もない。
守る対象もない。
あるのは
自分だけ。
正子は小さく息を吐いた。
そして
初めて
少しだけ困った顔をした。
「……どう戦えばいいんだ」
守るもののない戦いを、
彼女はまだ
知らなかった。
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