第23話 普通に生きたかったな
どうして?
刃が自分に向けられている。
美沙はそれを見ていた。
円壇の空。
青い。
風はない。
水面は揺れていない。
変な場所だな、と
ぼんやり思った。
体が光り始めている。
負けた。
それだけは分かる。
痛みはあまりない。
代わりに、
胸の奥が
少しだけ
静かになっていた。
⸻
美沙は要を見た。
最後まで冷静だった男。
彼は何も言わない。
ただ立っている。
それが少し面白かった。
「やっぱ」
美沙は小さく笑う。
「あなた強いね」
声は自分でも驚くほど
穏やかだった。
怒りも、
悔しさも、
あまり出てこない。
代わりに
別のことが浮かぶ。
⸻
夜の駅前。
コンビニの光。
人通り。
電話。
「ちょっと話そうよ」
あの声。
知っている声。
信じていた声。
美沙は笑う。
「なに?」
「いやさ」
相手は少し困った顔をしていた。
「お金、ちょっと貸してほしいんだよね」
美沙は首を傾けた。
「また?」
「いや今回だけ」
彼は言う。
「本当に」
美沙は少し考えた。
でも、
すぐに頷いた。
「いいよ」
そう言った。
その方が
楽だった。
信じた方が
簡単だった。
⸻
それから、
色々あった。
お金。
嘘。
知らない人。
怒鳴り声。
怖い顔。
でも、
美沙はあまり怒らなかった。
怒るより、
困っていた。
どうして?
どうしてこうなった?
そればかり考えていた。
⸻
あの日の夜。
細い路地。
街灯。
寒い風。
男が近づいてくる。
知らない顔。
でも、
目が怖い。
「お前さ」
男が言う。
「余計なことしたな」
美沙は理解できなかった。
「え?」
男は舌打ちする。
「マジで分かってねえのかよ」
その瞬間。
腹に
衝撃。
熱い。
空気が抜ける。
美沙は地面を見る。
血。
「あ」
不思議だった。
怖いより先に
思った。
⸻
どうして?
⸻
意識が遠くなる。
人の声。
誰かが叫ぶ。
足音。
でも、
全部
遠くなっていく。
最後に思ったのは
怒りでも
恨みでも
なかった。
ただ、
本当に
それだけだった。
⸻
どうして?
⸻
そして、
次に目を開けた時、
彼女は
黄泉前にいた。
⸻
円壇。
光。
体が消えていく。
美沙は小さく笑った。
「まあ」
少しだけ肩をすくめる。
「いっか」
信じたのは
自分だ。
騙されたのも
自分だ。
だから
誰かを恨むのも
少し変だ。
美沙は最後に
空を見た。
そして、
小さく呟いた。
「でもさ」
少し寂しそうに笑う。
「もう一回くらい」
そして、
光になる直前、
ほんの少しだけ
本音が出た。
「普通に生きたかったな」
白い粒子が
空に溶ける。
静かな水面の上で
その光は
ゆっくり消えた。
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