第20話 幻と正解
円壇の空気が静かに張り詰めた。
水面は揺れない。
風もない。
だが、
何かが始まる気配だけが
確かにそこにあった。
美沙は軽く肩を回した。
「じゃあさ」
笑う。
「本当に戦うんだ?」
要は答える。
「そういう場所らしい」
「ふーん」
美沙は円壇を見回した。
黒い石。
水面。
遠くの鳥居。
まるで舞台みたいだ。
「なんかさ」
彼女は言った。
「ドラマっぽいよね」
次の瞬間、
彼女の姿が消えた。
⸻
要は動かなかった。
視界の端。
右。
足音。
要は一歩横へ動く。
風が頬を掠めた。
さっきまで立っていた場所を
何かが通過する。
要は振り向く。
美沙が立っている。
数メートル後ろ。
「え」
美沙は目を丸くした。
「今の避ける?」
要は答えない。
ただ観察している。
呼吸。
視線。
足の動き。
そして、
違和感。
彼女の位置が
一瞬だけ
ズレた。
⸻
幻覚。
要は結論を出す。
視覚誘導。
距離錯覚。
位置誤認。
能力系統は
おそらくそれ。
美沙は笑った。
「すごいね」
指を鳴らす。
次の瞬間、
円壇の上に
美沙が三人いた。
右。
左。
正面。
同時に動く。
要は立ったまま
目を細めた。
本物は一人。
だが、
通常なら見分けられない。
人間の脳は
同時に三つの対象を
正確には追えない。
普通なら。
⸻
だが、
要の視界には
別の情報があった。
足音。
重心。
影。
水面の反射。
三人のうち
一人だけ
わずかに
水が揺れている。
要は一歩踏み出した。
一直線。
右の美沙に向かって。
「え?」
美沙の声。
要の手が
彼女の腕を掴む。
残り二人の美沙が
消えた。
幻。
本体は
ここ。
⸻
美沙は目を見開いた。
「ちょっと待って」
腕を振りほどこうとする。
だが、
要は離さない。
そのまま
足を払う。
美沙の体が
石の上に倒れる。
ゴッ。
背中を打つ。
空気が抜ける。
「……っ」
要は一歩下がる。
距離を取る。
追撃はしない。
ただ、
静かに言った。
「幻覚は効かない」
美沙はゆっくり起き上がる。
少し驚いた顔。
「なんで分かったの?」
要は答える。
「消去法」
「は?」
「三人いるなら
二人は偽物」
「それは分かるけど」
「水面が揺れた」
美沙は黙った。
数秒。
そして、
苦笑した。
「やば」
⸻
次の瞬間、
空気が変わる。
狐火。
美沙の背後に
淡い青い火が灯る。
幻が強くなる。
円壇の景色が
歪み始めた。
要の視界が
揺れる。
地面。
距離。
位置。
すべてが
少しずつ狂う。
美沙の声。
「ねえ」
霧の向こうから聞こえる。
「あなたさ」
姿が見えない。
「人生ずっと正解選んできたタイプでしょ?」
要は動かない。
霧の中。
視界が悪い。
だが、
彼は焦らない。
「ねえ」
美沙の声。
すぐ近く。
「それってさ」
次の瞬間、
狐火を宿した刃がカナメを襲う。
要は半歩動く。
空振り。
逆に
手首を掴む。
美沙の体が引かれる。
バランスが崩れる。
膝蹴り。
腹に入る。
「っ!」
美沙が吹き飛ぶ。
石の上を滑る。
止まる。
霧が晴れる。
⸻
要は静かに言った。
「心理誘導も」
一歩歩く。
「効かない」
美沙は座り込んだまま
息を吐く。
笑う。
でも、
その笑いは
さっきより小さい。
「……強いね」
要は答えない。
ただ歩く。
ゆっくり。
確実に。
距離が縮む。
美沙は立ち上がろうとする。
でも、
少しふらつく。
肋骨。
呼吸。
痛み。
要は止まった。
距離
三メートル。
逃げ場はない。
美沙は笑う。
でも、
その目は
少しだけ
焦っていた。
「ねえ」
彼女は言う。
「これ」
少し首を傾ける。
「私、負ける?」
要は答えた。
「可能性は高い」
静かな声。
断定に近い。
その言葉を聞いた瞬間、
美沙の笑顔が
ほんの少しだけ
消えた。
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