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絡む足

静かすぎる。


風もない。


水面も揺れない。


目の前に立つ女は、動かない。


細い。


軽そうだ。


正面から押し切れる。


そう判断するのに、時間はかからなかった。


(考えるな)


馬淵真人は一歩踏み出す。


躊躇はない。


止まったら終わる。


それだけは分かっている。


地面を蹴る。


円壇の水が跳ねる。


一直線。


距離を詰める。


だが――


違和感。


女は、動かない。


避ける気配がない。


焦りもない。


「……来ますよ」


小さな声。


その瞬間、


足が、重くなる。


一瞬だけだ。


ほんの一瞬。


だが、


踏み込みが鈍る。


(何だ?)


気のせいか。


そのまま突っ込む。


拳を振り抜く。


女は半歩、ずれる。


わずかに。


最小限。


空振り。


勢いのまま、通り過ぎる。


振り向く。


女は同じ場所に立っている。


ほとんど動いていない。


呼吸も乱れていない。


(速いわけじゃない)


なのに、届かない。


もう一度。


距離を取る。


呼吸を整える。


正面突破。


それしかない。


加速。


今度は迷わない。


だが、


足首に違和感。


何かが、絡む。


視線を落とす。


水面。


波紋が、不自然に円を描いている。


その中心が、自分だ。


(……縛られてる?)


物理的なものではない。


だが、


体の動きが、わずかに鈍い。


女の背後に、


影が伸びる。


細い。


長い。


蛇の首のような影。


まだ一本。


「急ぐ人は、見落とします」


声は静かだ。


怒りも嘲りもない。


ただ事実を述べている。


馬は歯を食いしばる。


「関係ない」


地面を蹴る。


力任せに。


一瞬、影が揺れる。


拘束が緩む。


突破できる。


そう思った瞬間、


別の方向から重さが来る。


見えない。


だが、


確実に足を取られている。


直線が、曲げられる。


体勢が崩れる。


踏ん張る。


転ばない。


だが、


速度が死ぬ。


女は近づかない。


攻めない。


ただ、見ている。


観察されている。


試されている。


焦りが、胸を締め付ける。


(まだ、走れる)


もう一度踏み込む。


だが、


今度は膝が重い。


ほんの少し。


だが確実に。


まるで、


進めば進むほど、


何かが増えている。


彼女の背後の影が、


わずかに太くなる。


二本目の輪郭が、かすかに浮かぶ。


「止まれますか?」


問いかけ。


馬は答えない。


止まれない。


止まる理由がない。


だが、


体は正直だ。


呼吸が荒い。


動きが鈍い。


直線が、


成立しない。


円壇の中央で、


距離はほとんど変わっていない。


攻めているはずなのに、


削れているのは、自分のほうだ。


蛇はまだ、本気ではない。


それだけは、


はっきり分かる。


静かな水面に、


自分の姿が映る。


焦りの色が、濃い。


女は言う。


「まだ、始まったばかりです」


その言葉で、


初めて理解する。


自分は、主導権を握れていない。


走っているのに、


進んでいない。


完全に、


蛇の領域だった。

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