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止まらない足

天井。


見慣れたはずの模様。


だが、音がない。


外の車の音も、

隣室の生活音もない。


妙に静かだ。


ゆっくり体を起こす。


痛みがない。


違和感だけがある。


(……あれ)


最後の記憶を辿ろうとする。


うまく繋がらない。


走っていた。


何かに急いでいた。


焦り。


そして、


「まだやることがあった」


その感覚だけが残っている。


立ち上がる。


体は軽い。


怪我の実感がない。


窓に近づく。


カーテンを開ける。


晴れ渡る空。


黒い円壇。


その外側に広がる浅い水面。


現実ではない。


だが、夢とも思えない。


頭の奥に声が流れる。


──最後まで勝てば、願いが叶う。

──負ければ消える。


簡潔だ。


拒否できない。


理解してしまう。


ここは、


境界だ。


何かを終わらせるか、

やり直すかの。


彼は目を閉じる。


願い。


形にはならない。


だが、確かにある。


(中途半端は、嫌だ)


それだけははっきりしている。


足が自然に動く。


拒否はできない。


部屋の扉を開ける。


一歩踏み出す。


景色が変わる。


ここは黄泉前 


黒曜石の円壇。


静止した川。


向こう岸に鳥居の影。


空は青い。


風は吹かない。


馬は中央へ歩く。


水面がわずかに揺れる。


(止まれない)


理由は分からない。


だが、立ち止まる選択肢がない。


そのとき。


背後に気配。


振り向く。


細身の女性が立っている。


長い黒髪。


感情の読めない目。


女は距離を取って、静かに立っている。


怒っていない。


焦っていない。


ただ、見ている。


馬は息を整える。


「……あんたも、か」


女はわずかに首を傾ける。


「終わらせるつもりですか」


問いは静かだ。


即答できない。


終わらせたいのか。


終われないのか。


分からない。


だが、


立ち続けるしかない。


女は目を細める。


背後の空気が、ほんのわずかに揺れる。


まだ何も起きていない。


だが、


何かがほどけずに残っている。


円壇の中央。


距離を保って向き合う。


空は青い。


風はない。


止まれない男と、


終われない女。


戦いは、まだ始まっていない。

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