第10話 まだ飛べる
水面に叩きつけられた衝撃が、まだ体に残っている。
息が浅い。
視界が揺れる。
男が近づいてくる。
ゆっくり。
確実に。
シュウは歯を食いしばる。
(終わるわけないだろ)
腕に力を込める。
震える。
だが、立てる。
膝が笑う。
それでも立つ。
男は目の前まで来ていた。
大きい。
影が落ちる。
「……まだ立つのか」
男が言う。
怒りではない。
認めている声。
それが、逆に腹立たしい。
「当たり前だ!」
シュウは吐き捨てる。
空を見る。
青い。
近い。
届く。
届くはずだ。
地面を蹴る。
体が浮く。
高度は低い。
だが、上がる。
まだ上がれる。
(落ちても、もう一回だ)
さっきは不意打ちだった。
重さを読めなかっただけだ。
今度は読める。
今度こそ。
男が静かに言う。
「……まだ、飛ぶのか」
シュウは笑う。
「諦めるかよ!」
空は、自分の場所だ。
地面にいる理由はない。
もう一度、急上昇。
速度は戻らない。
さっきより遅い。
体が重い。
それでも上へ。
男が踏み込む。
水面が弾ける。
今度は、待っていた。
拳が振り抜かれる。
さっきより正確に。
狙って。
シュウは回避の軌道を取る。
だが、
空気が重い。
逃げ切れない。
衝撃。
二度目。
今度は正面。
視界が真っ白になる。
体が浮く。
いや、飛ばされる。
今度は高度を取れない。
ただ、横へ。
地面へ。
落ちる。
(……ああ)
その瞬間、
理解する。
高さは、
絶対じゃなかった。
地面は、
逃げ場じゃなかった。
自分は、
落ちる。
水面に叩きつけられる。
動かない。
男の足音が近づく。
止まる。
影が覆う。
シュウはかすかに目を開ける。
男が見下ろしている。
「……届くこともある」
熊の声は静かだった。
シュウは笑う。
悔しさより、
妙な納得が先に来る。
(……調子に乗ってるといつもこれだ。)
それだけだった。
光が、シュウの体を包む。
輪郭が崩れる。
空が遠ざかる。
最後に見えたのは、
青。
そして、
大柄な熊の様な男の姿。




