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オメガなおっさんは平穏に暮らしたい  作者: 琉斗六


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6:守田勝利

 四級冒険者ジークフリートは、40代になってから冒険者デビューをした、極めて稀な男である。

 一般的に、冒険者とは教養を持たない平民や、家督を継げない貴族の子弟が、若さと体力それに持ちうる魔力を使って(かね)を稼ぐための職とされる。

 言ってしまえば、40代ともなると既に身を立てる(かね)を稼ぎ終わって、もっと安全な職……つまり今までの知識を使った屋台経営などを始める年頃……なのだ。


 しかし、ジークにはとある特殊な事情があった。

 それは……、ジークが本来この世界の人間ではない──元を正せば〝守田勝利(もりたかつとし)〟と言う名の、別の世界から突然転移してきた存在だからだ。


──どこだ、ここ?


 気がついたら、森の中で倒れていた。

 その直前、自分は連帯保証人として支払えない借金のカタに、生命保険を掛けられて偽装自殺をさせられた……はずだった。


──若いおねーちゃんとかだったら、ソープに沈められたのかもしれないが……。


 だからといって、命を取られるほうがマシかどうかは判断に迷う。


──とにかく、状況を把握しなければ……。


 そう思って、森を彷徨い。

 数日後、服も靴もぐちゃぐちゃになりつつも、命からがら人里に辿り着いた。

 見慣れぬ街並みと、見慣れぬ人種に戸惑いつつも。

 辛うじて言語が通じたことに安堵したのもつかの間、街に入るには入税料が必要だと言われた。


「森で倒れて、前後の記憶も曖昧なんです」


 と守備兵に訴えたところ、城壁の外にある教会へ行けと言われた。


「迷える仔羊よ、どうしました?」


 神父は、暖かく迎え入れてくれて、粗末だが温かいスープとパンを恵んでくれた。

 そこで守備兵に述べたことと同じ話をすると、技能を調べて適した職へ紹介状を書いてくれると言う。


「技能?」

「人は生まれつき、神から技能を授かっているのです」


 そうして、神父が祭壇にある石板に手をかざすと、文字が浮かび上がる。


「名前はジークフリート。技能はアイテムボックス。荷運びの仕事か、冒険者への登録ですね」

「あの……今、なんて?」

「ですから、技能はアイテムボックス……」

「そっちじゃなくて、名前ですが」

「ジークフリートさん?」

「俺の名前は守田勝利ですが……」

「ですから、ジークフリートさんでしょう?」


 話が噛み合わない。

 が、その不毛な会話を繰り返すことに疲れたので、とりあえずアイテムボックスの使用方法を訊ねた。

 神父は、一般的に十人に一人は持つと言われるスタンダードな技能を、今更聞くのか? と言った顔をしたが。

 そこは流石に、貧困層を導くための場所だけあって、親切に教えてくれた。


「一番多いのは背負子一つ分ぐらい、稀に馬車一台分ほど入る人もいますが……」

「大きさは、神父様にはおわかりで?」

「いえ、それはご自分で限界を試して知るものです。使っているうちに入る量が増えるとも言われますし」

「なるほど」


 地味な荷運びの仕事を紹介してもらい、なんとか街に入って身分証も作ることが出来た。

 仕事をこなすうちに、自分のアイテムボックスが、どうやら規格外に入るものだと気付いた。


──だが、稀少な技量を良いように使われるのはゴメンだ。


 親友だと思っていた相手に騙されて、連帯保証人にされた件がジークの心に影を差していた。

 特に現状、自分はこの世界の常識をちゃんと分かっていない。

 冒険者稼業や、街から街への移動時の危険など、命の値段が恐ろしく安い世界だ。


──とはいえ、容量を明かさずに、荷運びで稼ぐのは限界がある。


 ならばそれを明かさずに、かつ、荷運びと似たような仕事をしながら、もっと稼げる仕事──すなわち下級冒険者となって上級のサポートをする仕事を選んだ。

 冒険者のほうが、身元確認も緩かったのも理由の一つだ。


 ちなみに冒険者登録をすることで、ジークは神父との不毛な会話の理由が分かった。

 申請書類を書かねばならなくなり、そこで初めて、自分がほぼ見知らぬ言語を理解している……という事実に気付いた。

 読めるが書けないと受付嬢に言うと、彼女は親切に記載を手伝ってくれたのだが──。

 そこで名前を〝守田勝利〟と伝えたところ、彼女は綺麗な文字で〝勝利の守り手(ジークフリート)〟と記載したのだ。


──ああ、そういう……、直訳的なアレか……。



§



 しかし、そうしてしばらくは上手くやっていたのだが。

 ある日、ひどく熱っぽくなり、倦怠感と高揚感が同時に襲ってくるような、奇妙な感覚に襲われた。


──病気? だが、考えてみればこの世界の病原菌に抵抗力がほぼないかもしれないものな……。

──しかし医者……って言葉を、聞いたことがない。怪我は回復師が術で治していたが……これは?


 熱に浮かされ、フラフラと──ほぼなにも考えずに、気づけば教会の前にいた。

 倒れたジークを神父が見つけて手当をしてくれたが、そのあとは説教の嵐になった。


「ヒートを起こした状態で、ここまで歩いてきたんですか? 危険過ぎます!」

「ヒー……ト?」


 意味がわからず問うたジークに、神父は心底呆れた顔をする。


「あなた、自分がオメガの自覚がないんですかっ?!」

「はっ?」


 そこで初めて、この世界に男女以外の性別が存在することを知った。


「じゃあなんですか? 俺はこれから女子高生がチカンに気をつけるみたいに暮らさないといけないってーこってすか?」

「ジョシコーセー?」

「や……、若い娘さんです」

「娘に限らず、オメガであれば当然です。街の魔法薬(ポーション)販売の店に行けば、ヒートを抑える抑制剤を買えます。ヒートは放っておくと命に関わりますし、あんな状態で街を歩けば、触発されたアルファに犯されて性奴隷にされたりしますから、お気をつけて」


 ショックだった。

 40年以上、男女の概念しかない世界で生きてきた。

 しょぼくてモテないおっさんではあったが、性的な身の危険を常に意識して生きることなど、想像したこともない。


──相手が誰にせよ、こっちが受け身の行為なんて、冗談じゃないぞ。


 聞けば、抑制剤を飲んでいても、フェロモンの相性が良い相手は発情する可能性もあると言う。


──アルファとは、極力関わりのないようにして。自分もオメガとバレないようにしないと、仕事を制限される可能性もある。


 そうして、どれほどうだつが上がらなくとも、地味で目立たぬ(いち)冒険者となろう……と心に決めたのだ。

 だが、そのジークの覚悟は、すぐにも粉砕された。

 そもそも、普通なら引退を考え始める年齢で登録をした時点で、〝目立たない〟ことが無理だったのだ。

 行儀も礼儀も欠いた、若い冒険者たちの巣窟で仕事をするのだから、すぐにも年齢ネタでいじられるポジションが確立されてしまった。


──おっさんの後方支援で、しかも知識が微妙に足りないから、ちょぉ〜っと嫌がられる傾向も出てきちゃったしな……。


 どんな職場であれ、年齢相応に知恵と知識を持っていることが期待されるのは、どこでも同じだ。

 自分が異世界から紛れ込んだ異端であることを明かさない限り、その扱いになるのは当然だろう。


──つっても、誰だって事情の全部を察してもらえるもんでなし……。


 出来ることは、必死に食らいついて知識を身に着けること。

 そして、否応なしに目立つのならば、そこは開き直るしかないと、覚悟を決めること。


──ならいっそ、もっと〝頼られる〟後方支援になってやろうじゃないか。


 初心者クエストの薬草採取で、ハーブと薬草は紙一重でほぼ同じものだと知った。


──漢方薬とか、薬膳料理みたいなのにしたら、滋養強壮とかになるんじゃね?


 採取した草木が、何に使われるか? 毒性はないか? 食用にできるか?

 納品クエストなどで顔を広げ、好奇心を装って知識を学び、野営で味見を試す。

 それをレイドの後方支援でお披露目した。


 ジークを年配の無能ロートル冒険者と小馬鹿にしていた者たちは、見下しつつも憐れんで、おっさんの料理を食べに来たが……。

 実体験で〝バフの付く料理〟を味わった彼らは、一転してジークをパーティーに誘ってきた。

 もっとも、どこにも応じず、ソロを貫き通しても、最初に小馬鹿にしていた後ろめたさもあってかさほどの非難はされなかった。


 こうして、ジークは(おのれ)の立場を確立したのだ。



§



 小鳥のさえずりとテントの天幕が明るくなったことで、一夜を明かしたことに気付く。


「おいっ! いいかげん起きろ!」


 ジークは、それでも精一杯の力で、ブリーを肘で押したのだが。

 触れた柔らかい感触に、ブワッと赤面する。


──え、今、もしかして、触っちゃなんねぇもんを肘鉄したのか?


 そんな、デリカシーで混乱しているジークをよそに、揺すられたことでブリーが覚醒する。


「んん〜、いいにおい〜」

「やめろっ! 起きろちゅーに!」


 肘は出さなかったが、出来うる限りの大声で呼びかける。

 もぞもぞっと動いて、ジークをがんじがらめにしていた腕がほどけた。

 そのチャンスを逃さず、ジークは素早くベッドを降りる。


「……なんで、裸……?」

「なんでじゃねぇ! おまえは発情(ラット)の管理ぐらいしろちゅーの!」

「らっ……と?」


 寝ぼけ眼のブリーは、ゴシゴシと目をこすり、それからおもむろに周囲を見回す。


「ん〜……、僕、ラットしたことなんて、ないよ?」

「したの! 昨日! そんでおじさんのこと、……しちゃったでしょ!」

「昨日……? うん、ジーク気持ちいくて、らめぇって言った」

「そんなとこばっかり、ちゃんと覚えてないで!」


 ジークの叫びは、ほぼ悲鳴だった。


「ん〜……」


 ぼんやりと座っていたブリーは、少しずつ眠気が抜けてきたらしく、だんだん瞳の焦点があってくる。


「あ〜……、ごめんなさい」


 少し理性が戻ったところで、ペコッと頭を下げる。


「なにが? なにを反省して謝ったの?」

「昨日の夜は、ジークがしていいって言う前にしちゃったから、ごめんなさい」


 多少は意味が分かっているのかと、ジークは息を吐く。


「分かってんなら、もうすんなよな」

「なんで? ジーク、トントンらめぇって気持ちよさそうだったよ?」

「気持ちいいからって、誰とでもえっちすんのは人じゃないの! もっと知性と理性を働かせて、本能を抑えなさい!」


──てか、俺はおかあさんかよ!


 下着を身に着けようとして、ジークは一瞬、躊躇した。


「どうしたの?」

「あ、……うーん……」


──どうせ、周りに誰もいないしなぁ……。


 チラとブリーに目をやると、素っ裸のまま正座をしている。


「唐突だが、風呂入るか?」

「お風呂? テントにお風呂ないよ?」

「あー、うん。テントには……ないがな……」



§



 昨日、ジークのテントを設営しようとした場所は、一部がえぐれているが。

 それでもまだ、平たい場所が残っていた。


「これから俺のやることは、ここだけの秘密にしろよ」

「うん」


 体にシーツを巻き付けたブリーが、同じ格好をしたジークに頷いて見せる。


「約束できる?」

「ダイジョブ。僕、おしゃべりじゃない」


──喋る相手がいないの間違いのような気もするが……。


 しかし、年若い女性にそのツッコミは少々酷か……と、口には出さない。

 ジークはおもむろに、アイテムボックスから猫足の付いたバスタブを取り出した。


「えー! ジーク、アイテムボックス小さいって言ったのに!」

「アレは方便! デカいアイテムボックス持ってると、良いようにこき使われるからちっせぇって言ってんだ」


 沼地の水を汲もうと準備をしていると、バスタブの上に大きな水球が現れて、ざぶんと水が満たされる。


「こっちのほうが早い」

「あー……、魔法……か……」


 魔力がさほど大きくないジークからすると、とんでもない話だ。


「でも、お湯じゃない」

「ああ、そりゃ大丈夫だ」


 バスタブの側面には、魔道具が設えられている。

 それを操作すると、水はたちまち適温のお湯へと変わった。


「すご便利!」

「悪いが先に使わせてもらうぞ」


 バスタブに飛び込み、ジークはとにかく自身の中に注がれた、ブリーの体液を洗い流す。


「なにしてんの?」

「だああっ! 覗き込むな! ホンットにおまえさん、デリカシーねぇな!」


 ジークは、湯に顔面を浸けそうになりながら、同時に片足をバスタブの縁に引っ掛け、かつもう一方の足で溺れないように踏ん張るような──。

 実におかしな格好をして、中を洗っていたのだが。


「手伝う? ジーク、体硬そう」

「あっちいけっ!」


 むうっと唇を尖らせたものの、ブリーは三歩ほど後ろへ下がった。


「もっと遠くに行ってくださーい」

「やだ。つまんない」

「なんだそりゃ」


 とはいえ、見られていては落ち着かない。

 ジークは早々に体を洗い流して、風呂を出た。


「じゃあ、どうぞごゆっくり。俺はその間に、飯の支度するから」

「カリー?」

「じゃあ、カリーにしてやるよ。……ちゅーか、昨日も寝る前にあんなモン食ったから、発情(ラット)したんじゃねぇのかよ……」


 ブツブツこぼしながら、ジークはテントに戻り、さっさと着替えを済ませる。


──まさか、コレを使う日がこようとは……なぁ……。


 非常用に持ち歩いているアフターピルをアイテムボックスから取り出し、手早く飲んでから外のかまどへと向かった。

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