2:おいしいごはん
夕闇が迫った野営地では、モンスター避けの魔道具の設置や篝火への点火、討伐を終えた前衛たちの夕食の準備と、慌ただしい雰囲気に包まれていた。
ジークもまた、皆に混ざって作業に従事していたのだが──。
「おじさん」
声を掛けられた時、ジークは鍋の中にほぼ全ての注意を取られていた。
「ねえ、おじさん」
「ああ? なんだぁ?」
どうやらそれが、自分に対する声掛けだと気がついたものの、それでもまだ、ジークの注意は鍋に向けられている。
「僕のものになって」
「はぁっ?!」
そこに至り、ジークはようやく顔を上げ──ギョッとする。
眼前にあったのは、飛び抜けた美貌と、威圧感を併せ持つ女性冒険者の顔だった。
「おわっ!」
思わず叫び、後ろに飛び退く。
その時になって、ジークはようやく、自身の周囲に誰もいなくなっていることに気がついた。
「ねえ、僕のになって?」
「誰かと……お間違えでわ……?」
膝が笑っている。
縋るものといえば、手に持っているおたましかない。
引き攣った笑みを浮かべて、ジークはそう返した。
「お昼のカリー、おいしかった」
「そりゃ、よかったね」
「討バフもすごかった……」
「とうばふ……?」
討伐とバフが混ざっていることに、口に出してから気付く。
頭がこんがらがって、オロオロしているジークに、ブリーはズイッと身を乗り出す。
「ジークのごはん、毎日食べる」
「いや、俺はソロ専門だから」
「だめ。毎日食べる」
「お給料なら、毎月金貨1枚出す」
「金貨いっ……! いや、いや、いや! 無理! だってあんたアルファだろ? 俺ごときがついていけるような仕事じゃねーよ!」
ぶぶぶぶぶっと、ほぼ蜂の飛翔のような音を出して、ジークは首を横に振る。
「おう、どうしたぁ?!」
ドスドスと足音を立てて、現場を統括しているギルドマスターのハーゲンがやってくる。
野営地に戻ったブリーが、バリスタから撃ち出された矢のような勢いで鼻息も荒くジークの元へ歩み寄るのを見て、慌てた冒険者の誰かがトラブルを予見して知らせに行ったのだろう。
「二つ名持ちが、四級冒険者を恫喝すんな」
「してない。ごはん作って欲しいだけ」
「パーティー勧誘を、レイドの野営地でするのはご法度だろうが!」
「むむっ!」
ハーゲンに一喝されて、ブリーは姿勢を前のめりから、直立程度の角度に戻した。
「あったく。おまえはホントーに空気読まねぇなぁ! いいか、こういう場では……」
そこでハーゲンがブリーに説教を始めた様子を見て、ジークは寸胴鍋を抱えてこそこそと逃げ出した。
§
ハーゲンにこってりと絞られたブリーは、平素の無表情からは想像を絶するむくれた顔でテントの前に座り、食事をしていた。
──断られた。……なんで?
高位冒険者が、後方支援を雇ってパーティーを組むのは、珍しい話ではない。
少々世情に疎いブリーであっても、その場合の雇用費用が平均銀貨一枚、サポート力に優れた者であってもせいぜい五枚ぐらいであることは知っている。
──間違ってないはず、キリィに教わったから。
キリィとは、ブリーをライバル視している同じくアルファの高位冒険者〝極寒のクリームヒルト〟のことである。
向こうはブリーの常識のなさを見下すための〝マウント発言〟をしているつもりなのだが、他人の評価を微塵も気にしないブリーにしてみると、親切な助言にしかなっていなかった。
──おいしい……。
夕食に出されたのは、干し肉と野菜を煮たスープだ。
昼のカリーは、食べると全身に戦意が漲るような高揚感があったが、こちらはむしろ鎮静効果というか、心がホッとする。
夜間に心身を休めて、明日の戦いに備えるのに向いていると言えよう。
──おかわり、もらう。
空の器を眺めたブリーは、ガッと立ち上がると、ジークの賄いの列に並んだ。
ブリーを見たジークは──しかしただ器を突き出しただけのブリーにややビビリつつも、鍋の中身をよそってくれる。
──やっぱり、おいしい。絶対欲しい……。
柔らかく煮込まれたスープの具材ごと、ほぼ飲み干して、ブリーはそう思った。




