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騎士は憂う王女を逃がさない

作者: なつの
掲載日:2025/12/30

弟が即位し、あの子を王位に導くという私の大きな役目が終わった。

今まで弟の即位のためだけに生きてきたから、いざそれが無くなると思うと何をしたらいいか分からなくなる。

周りにはこれからも弟を支えて欲しいと期待されているが、弟にとって私は自分のやりたいことに口出しする邪魔な存在だろう。


どこか遠くへ行きたいと思うけれど、身分がそうはさせず、恋愛というものも忙しくしているうちに遠ざかり、振るようにあった縁談は今はもう無いに等しい。

私は今の私以外の何者にもなれない。そんなこの先の未来が酷く暗いもののように思えた。


バルコニーにいる私の頬を冷たい風が撫で、雲に隠れた月が私を見下ろしている。迷う私には希望の光すらないのかと思うほどの情景に苦笑が零れた。


「殿下、お体が冷えますよ」


振り返ると、【彼】がコートを片手に佇んでいた。


「ダメじゃない、持ち場を離れたら」

「今日の業務は終了しておりますので」

「嘘つきねぇ」


彼にコートを着せてもらい、礼を言う。弟と一緒になって木の棒を振り回していた少年は、今や弟が最も信頼する立派な騎士となった。

幼い頃に憧れたあの人のような立ち振る舞いに、少しだけ心ときめく自分がいて初恋というのは厄介なものだと思う。


「嘘ではありませんよ。陛下から、くれぐれもあなたを頼むと言付かっております」

「含みのある言い方ね」


何を言いたいのか言外に問えば、彼は「皆が心配している」と口にした。


「心配?何を?」

「誰にも何も告げずにどこかに去ってしまうのではないか、と」

「……」


願っていた事を言い当てられ、口を噤んでしまう。そんな私に彼は「言いたいことがあるのはあなたではないのか?」と問うてきた。


「……私、ここにいてもいいのかしら?」

「いいか悪いか、ではなくあなたは「いなければならない」そう定められています」

「定めね……。ただ一人の人間でありたかったのだけど、王族というのはそんな願いもままならないものね」


空を見上げ、白い息を吐く。この吐息のようにどこかに消える事ができたのならば、楽だったかもしれない。


そんな私に彼は小さく息をはいた。不思議に思ってまじまじと彼の顔を見れば、そこにあるのは呆れたような、悲しそうな、複雑な色を孕んだ表情だった。


「バカですね、あなたは」

「バカってあなたね……」

「一言命じればいいのですよ。ただ一人の人間として愛してくれ、と」

「なにを……」


近づいてきた彼から距離を取るように、一歩、また一歩と後ろに下がる。

逃がさないとばかりに私が下がる以上の歩幅で距離を詰めてきた彼に、追い詰められついに距離はゼロになった


「姫様。私がなんのために、陛下の側近でいるのかご存じですか?それこそ血反吐を吐く努力をして、今の地位を獲得した理由を」

「弟のためでしょう?」

「残念ながら、陛下にそこまでの忠誠は誓っておりません」

「それはさすがに弟が可哀想よ」


弟が誰よりも頼りにしているのが彼であり、弟はその忠誠心が自分にあると思っている。

今の言葉はその気持ちを裏切るもので、さすがに弟の耳には入れたくない言葉だった。


「すべてはあなたのため。幼少期よりずっと焦がれていました。どうしたらあなたのお傍にいられるのかと考え抜いた末の結果が今の俺です。あなたが憧れた”いい男”になったでしょう?だから、俺に甘えて縋ればいいんです。俺が全身全霊であなたを愛して、俺以外どうでもよくなるようにしてあげますから」


冷たい頬に重なった彼の手から移る体温以上に、己の頬に熱が集まるのが分かり彼を遠ざけようとその胸を押すがびくともしない。

私の小さな抵抗を楽しむかのように彼は私の頬を撫で続ける。


「ちょっと、ふざけてるなら……」


離れてという言葉は出てこなかった。

彼がおもむろにポケットから出したものに見覚えがあったからだ。


「あなたは強い男がかっこいいと言った、騎士のように主に全てを捧げる男に憧れると言った、頭は自分よりいい方がいいと言った、見目の事はあまり仰いませんでしたが、元騎士団長に憧れていた時期がありましたから参考にしました、立ち振る舞いも。全部全部、あなたのための俺です。あなたが刺繍の練習をしたハンカチをこっそりと持ち出す気持ちが悪い男が俺なんです」

「私にどうしろと言うの……」


私は何一つ自分で決めることができない。心なんて捨て去って、王家のため国のために生きていかなければならない。

そんな私に何を求めるというの。



「ただ、俺に流され、俺の愛に溺れてください」



月が雲から顔を出す瞬間、彼と私の影が完全に重なった。








【騎士side】

「おはようございます、姫様」

「お、はよう……」


頬を赤らめ逃げるように去っていった姿に苦笑しつつ、ようやく意識してくれたことに安堵した。

ずっとずっと焦がれていた人に想いを告げた。

昔から陛下には俺の想いは筒抜けで、昨夜は勤務時間の調整や姫様の従者の配置など随分と手を回してもらった。だが、朝一番で礼を言った際、脇が甘いと詰められた。


「既成事実を作れば、僕だって姉上に強く出られたのに……」

「それも考えましたが、翌日の公務を放棄する事になりかねませんでしたので」

「……まぁいい。姉上もまんざらではなさそうだし、押せばなんとかなるだろ」


それはどうだろうかと思う。

意識はしてくれているけれど、それ以上に警戒もされているだろう。

あの方は昔から自分に好意のある人間に対して、警戒心を露わにする方だ。


今まで以上に慎重に、けれど大胆に動かなければならない。


「陛下」

「なんだ」

「姫様のスケジュールを頂いても?」

「……押せとは言ったがお前な」

「では、警備責任者の地位を」

「それをなんと言うか知っているか?」

「職権乱用、上等です。陛下もあの方に逃げられたら困るでしょう?」

「……手配しよう」

「ありがとうございます」



昨夜、俺を拒絶しなかった姫様が全て悪いんですよ。俺はあなたを逃がすつもりなんてないんですから。

胸ポケットに忍ばせている不格好な刺繍のハンカチを確かめるように胸を撫で、逸る心を抑えつけた。


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