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第九章 先輩とウルフを倒そう

ギルドの掲示板の前で、エレノアは腕を組み、真剣な表情で依頼の紙をにらんでいた。


「エレノア、見てるだけじゃ決まらないよ!」


ブリジットが、あきれたように隣から覗き込む。


「わかってるよ!」


エレノアが肩をすくめると、背後から元気な声が響いた。


「ねえねえ、グレイウルフの掃討依頼どう? 報酬が結構いいよ!」


ミラベルが、紙を手に持って駆け寄ってくる。


「また火球で焼き払うつもりでしょ?」


ジョアンナがつぶやいた。


「だ、だってあれは… 勢いで…!」

「『火球を勢いで』は、命取りよ」

「ジョアンナ、怖い~!」


そんないつものやり取りを見て、ブリジットが笑う。


「まあでも、グレイウルフは増えてるみたいだし、依頼としては悪くないな」

「決まりだ!」


エレノアが、拳を握る。


「ちょっと、待って」


ジョアンナが、ギルド受付のカウンターから戻ってきた。


「この依頼、共闘相手がいるわ」


「え?」

「レイヴン・ソーン ――ソロの女冒険者よ」


三人が、同時に振り向いた。


「…レイヴンって …あの?」

「レイヴン先輩?」

「監査官レイヴン?」

「まあ、そんな話もあるわね…」


ジョアンナは明るく笑ったが、他の三人は顔が引きつっていた。


レイヴン・ソーン。

――十年近いの冒険歴を持つソロ冒険者。

彼女は、新人パーティーと共闘することが多い。

それは、その実力を確認するためだ、といわれている。

だから、若手の間では、彼女との共闘は『レイヴン・チェック』と呼ばれていた。


翌朝。

冒険者ギルド前の石畳。

朝露の光る中、四人は緊張の面持ちで待っていた。


「約束の時間、そろそろだけど…」


エレノアが、そわそわと足を揺らす。


「どんな人なんだろ…」

「ベテランで、容赦ないってウワサよ」


ジョアンナが、冷静に答える。


「…でも、腕は確か」

「怖っ」


ブリジットが肩をすくめた、そのときだった。


「おはよ~ 君たちがエンビヤージ~?」


気だるげな声とともに、黒の軽装鎧に身を包んだ女性が現れた。

肩までの黒髪を無造作に結い、口元には常に笑み。

すこし猫にも似ている雰囲気…


レイヴン・ソーンだった。


「よ、よろしくお願いしますッ!」


エレノアが、元気よく頭を下げ、残りの三人も挨拶する。


「よろしく~ どういう四人~?」


レイヴンは、興味深げにパーティーを見回した。

ブリジットが答える。


「前衛の剣士二人、後衛に魔法士と治癒師です」

「支援職いるんだ~ じゃあ、活躍してもらおうかな~ 楽したいし~」

「は、はいっ。がんばります!」


ミラベルが、あわてて答える。


「早く終わらせて、早く帰ろ~」


エレノアが聞いた。


「レイヴンさんは、なんで新人と組むんですか?」

「実力あるパーティーがいるって聞くとね、見てみたくなるだけだよ~」

「そうなんですね!」


エレノアが、目を輝かせた。

実力ある、といわれて嬉しくなったのだ。

だが、ブリジットとジョアンナは、ちらと目を合わせた。

チェックの話を、思い出したのだ。


レイヴンは、気さくに話しかけて来た。

まずは、エレノア。


「背え、高いね~」

「はあ、どうも」


ブリジットに、目を向ける。


「そっちの彼女も~」

「ありがとうございます」

「よく鍛えてるみたいだし~」


エレノアが答える。


「筋肉は裏切りませんから」

「アハハ。そうだね~」


ジョアンナにいった。


「治癒師ちゃんは、落ち着いてるね~」

「はあ」


ミラベルがいった。


「ジョアンナは、冷静なんですよ」

「そうなんだ~」


ミラベルは、さらに聞く。


「質問、いいですか?」

「なんでも~」

「どうしたら、恋人できますか?」

「恋人か~」


レイヴンは、ミラベルの頭から足先まで、じっと眺めてからいった。


「…がんばれ!」


そんな調子で軽口を交わすうちに、緊張も少しほぐれた。

まわりが草原に変わってきたころ、レイヴンがいった。


「そろそろ、グレイウルフの縄張りかな~」


ニヤニヤしながら、四人にいう。


「油断してると、ウルフに噛まれるよ~ 気をつけてね~」

「こ、怖いこと、いわないでくださいよ」


ミラベルが、魔法杖を握りしめた。


「魔法士ちゃんは、何が得意なの~?」

「あ、火魔法です。火球を撃ちます」

「グレイウルフに、火球は効果あるよ~」


レイヴンは笑った。


一行は、森に差しかかった。

地面に残る、狼の足跡…

動物の毛…

血の匂い…


「グレイウルフの群れ、近いな…」


ブリジットが、低く呟く。


「じゃ、行きますか~」


レイヴンは、軽く肩を回して、剣を抜いた。

そして、森の中へと踏みこむ。

森は、昼なのに薄暗い。

うっそうと茂る木々の間を抜ける風は冷たく、地面に残る足跡は幾重にも重なっていた。


「…すごい数だね」


ブリジットが膝をつき、指先で地面の跡をなぞる。


「十は超えてるよ…」


緊張した表情の、エレノアも剣を抜く。

レイヴンがいった。


「敵がこっちに気づく前に、先制で仕掛けるよ~ 後衛、魔法準備~ 前衛、間合いを気にして~」

「了解」


エレノアとブリジットが並び立つ。

ミラベルは、呼吸を整えた。

心臓の鼓動が耳に響く。


落ち着いて… 焦らずに… いつもの通り…


レイヴンが、剣を構えた。


「よ~し。じゃあ~ 行くよ~」


そういうと、走り出す。


「突撃ッ!」


木々の向こうに、グレイウルフがいた。

唸り声、牙、毛皮の匂い。

十数匹の狼が、一斉に飛びかかる。


「ハァッ!」


レイヴンの剣が弧を描き、先頭の狼を叩き斬る。

血飛沫が舞い、地面に叩きつけられた狼が鳴き声をあげて崩れた。


「速ッ!」

「ば、バケモンじゃねえか! アイツ!」


もちろん、レイヴンのことである。

あわててエレノアとブリジットが、彼女を追った。


「後衛! 援護!」


レイヴンの声。

冷静に動きながら、エレノアの死角に入る狼を斬る。


「ファイアーボールッ!」


ミラベルが杖を振り下ろし、赤い魔力の火球を放つ。


「うわッ! 危なッ!」


レイヴンが身をひねり、炎を紙一重で回避。

木の根本が大爆発して、火が派手に上がる。

レイヴンは、さらに狼を斬る。

そこに、ミラベルが火球を撃つ。


「熱いッ!! やめッ!」


レイヴンが叫んだ。


「撃つなッ! 爆裂ッ!」


レイヴンの怒声が飛ぶ。

ミラベルの顔が、青ざめた。

レイヴンの動きは、ムダがなかった。

跳びかかるウルフの顎を片足で蹴り上げ、その喉を切る。

続く一撃、二撃。

わずか十秒足らずで、三匹が沈んでいた。


「え… なに、あの動き…」


戦いながら、エレノアが驚く。


「戦闘能力、ヤバッ!」


ブリジットも、目を丸くした。


「すごい…」


ジョアンナが、小声で漏らす。


「まだ残ってるよ~ 手が止まってる~」


レイヴンが笑いながら、エレノアに、奥のうなる狼を指さす。


「くっそー、見てろよ!」


エレノアが、再び剣を振りかぶる。

ブリジットと背中を合わせ、左右の狼を同時に切り伏せる。


「やるじゃん~! 剣士ちゃん~!」


そんな軽口を交わす暇もなく、茂みの奥からひときわ大きな唸り声が響いた。


――グルゥゥゥ……ッ!


地面が震え、木々が揺れる。


「群れの主だ!」


ブリジットが叫ぶ。


「でけえ…」


姿を現したのは、体高二メートルを超える巨大なウルフ。

黒い毛並み、赤い瞳、牙は短剣のように鋭い。


「ダイアウルフ…」

「強敵ね」


ジョアンナが回復の詠唱を開始する。


「ミラベル! 火力集中!」


エレノアの声。


「任せて!」


ミラベルが杖を構え、詠唱を始めた。


――が、手が震える。


ダメだ… さっき叱られたのが頭に残ってる…


「ファ、ファイア…」


その瞬間、ダイアウルフが前方へ跳躍。

まっすぐミラベルへ――!


「危ないッ!」


エレノアが、割り込んで剣を構えた。

衝撃。

鋭い牙が剣を弾く。

金属音が森に響いた。

ダイアウルフの牙で、エレノアの腕が出血する。


「エレノア!」


ジョアンナが、回復魔法を放った。

光がエレノアの腕を包むが、ダメージは重い。


「ちくしょう! 硬え!」


レイヴンが叫んだ。


「下がって!」


次の瞬間、彼女の姿が消えた。


「えっ?」


空気が裂ける音。

レイヴンが、ダイアウルフの頭上に回り込み、剣を振り上げた。


「やあああッ!」


斬撃の閃光。

ダイアウルフの巨体に、彼女の姿が消える。

一瞬の静寂。

次に響いたのは、肉の倒れる音だった。

ドサッ。

ダイアウルフは痙攣し、そのまま動かなくなった。


「…終わった?」


エレノアが、呆然とつぶやく。


「お疲れ~」


レイヴンが、けろっとして剣を納める。


「すげえ…」


ブリジットが、目を細めた。


「やっぱ、バケモン…」


ジョアンナは、ため息をついた。


あの人が、一人でドラゴン倒したってウワサ… 本当かも…


「私、なにもできなかった…」


ミラベルが、唇を噛んだ。

レイヴンが、ちらりと振り返る。


「爆裂っ娘ちゃん、使えないわ~ もっと精度上げなきゃね~」

「すみません。ワタシ、うまく扱えなくて…」

「そうだね~ 全然だったね~」


悔しい表情を見せて、ミラベルはいった。


「でもッ!」

「でも~?」

「……」

「もし今の戦いで、剣士ちゃんが死んだら、『あのとき練習してれば』って後悔するの~?」


ミラベルは、何もいえなかった。


「伸びしろは、埋めといた方がいいよ~」


そういい残し、レイヴンは踵を返した。

軽い口調のままだったが、誰よりも背中は大きかった。

ミラベルはうついたまま、杖を強く握りしめた。


「…くやしい」


彼女は、涙が止まらなかった。

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