第十九章 後輩の悩みを聞こう
酒場「泥酔亭」は、いつも通り安い酒と粗野な冒険者たちの喧騒に満ちていた。
「くそ… またゴブリンだよ。もう、何度目? 数えるのも面倒くさい」
木製のテーブルに突っ伏すように座っているのは、新人パーティー、アコルディアの剣士リラだった。
緋色の髪が、エールが染み込んだテーブルに張り付いている。
向かいの席では、弓士のシルヴィアが、冷めた肉を一つずつ、無表情に口に運んでいた。
シルヴィアは、首を振って答えた。
「まあね。ゴブリンキングの討伐ならまだしも、ただのゴブリンの群れなんて、アリーナ一人で十分だもの。私たちがいる意味、本当にないわ」
リラは勢いよくグラスに残ったエールをあおり、空になったグラスをテーブルに叩きつけた。
「意味がない、どころじゃないだろ! 私たちが何もできなくても、アリーナは『やっぱり私がいないとダメでしょ?』って顔をする。あのドヤ顔が腹立たしい!」
「でも、事実、私たちの戦闘じゃ、あのヘックス・ボアに勝てなかった。アリーナの魔法が効かないって分かった瞬間、二人とも何もできなかったじゃない」
屈辱的な敗北が、リラの脳裏によみがえる。
あのとき、確かに自分たちは役立たずだった。
対魔法性のヘックス・ボアに対し、アリーナ自慢の魔法は霧散し、ただの火花になった。
そして、リラとシルヴィアの攻撃は、分厚い皮膚に阻まれ、有効打にならない。
絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、エンビヤージだった。
リラは顔を覆った。
「エンビヤージ… あのしなやかな剣さばき… あの力強い一撃…」
シルヴィアは、ため息をついた。
「私たちは支援職にもなれていないってことよね。アリーナがそういってるように」
「あいつの考えがおかしいんだ! 剣士や弓士が支援職なわけないだろ! ちゃんと連携して、相手の弱点や隙を突くのが、私たち前衛と後衛の役割なのに… アリーナは私たちを、まるで荷物か、自分の強さを引き立たせるための引き立て役としか思ってない」
このままではダメだ。
ヘックス・ボアの一件後、アリーナは完全に自信をなくして、簡単な依頼しか受けなくなった。
そして、その簡単な依頼も、全て自分の魔法で終わらせた。
このパーティーにいても、自分たちは強くなれない。
いつか、あの憧れのエンビヤージのような、実力派パーティーになりたい。
そのためには―
「シルヴィア、もう、このパーティー、辞めないか?」
リラが意を決して尋ねた。
シルヴィアは目を丸くし、そして、すぐに真剣な表情に戻った。
「…リラがいうなら、私もそうしたい。このままじゃ、私たちは、ただの荷物持ちになっちゃうよ。アリーナも、私たちがいなくなったら、少しは自分のやり方が間違っていることに気づくかもしれないし…」
「こんなパーティーもうやってられるか! あたしは剣を振るいたいんだ!」
二人はグラスを合わせようとした、そのとき。
突然、明るく大きな声が、二人のテーブルに割り込んできた。
「よう! 久しぶりだな。たしか… アコルディアだっけ?」
振り返ったリラは、目をむいて驚いた。
そこに立っていたのは、まぎれもなく、リラの憧れの人物、エンビヤージのエレノアだった。
鍛え上げられた筋肉質の体躯は、酒場の薄暗い照明の中でも、圧倒的な存在感を放っていた。
エレノアの後ろには、ブリジットがいた。
「え、エレノア…さん?」
リラは言葉を失った。
エレノアは、明るく豪快な笑みを浮かべた。
「だいぶ溜まってるみたいだなー」
エレノアは、悪気なく笑った。
リラは顔が熱くなる。
憧れのエレノアに、グチっている情けない姿を見られていたからだ。
「あ、あの… エレノアさんたちは、どうしてここに?」
「アタシら、飲みに来てたんだ! 仕事終わりの飲みだよ。それより、さっき聞こえちゃったんだけど… パーティーを抜けるとか、ゴブリン討伐がつまらないとか」
リラは、憧れの存在が目の前にいることに、顔を赤くし、まともに目を見ることができない。
シルヴィアは、静かに状況を観察している。
エレノアは、空いている椅子に強引に座り込み、リラとシルヴィアの顔を覗き込んだ。
「アタシらが助けた、ヘックス・ボアの件から、上手くいってないんだって? 何があったんだ、くわしく教えてくれよ!」
その率直な質問に、リラはたじろいだ。
しかし、エレノアに相談に乗ってもらえるという状況に、リラは意を決した。
「あの… 実は…」
リラは、アリーナの「魔法士こそ最強」という独裁的な考え、自分たちを支援職と見下す態度、そして、レベルの低い依頼ばかり受けさせられることで、自分たちが成長できず、モチベーションを失っていることを、堰を切ったように話し始めた。
シルヴィアも、途中で補足するように、アリーナが自分たちを「足手まとい」のように扱うこと、そして、自分たちが、冒険者としての力をつける喜びを失いかけていることを語った。
エレノアは、二人の話を、真剣な表情で、最後まで黙って聞いた。
話を聞き終えると、エレノアは、テーブルに両手を突き、前のめりになった。
「なるほどな。アリーナの魔法力が強すぎるせいで、二人は成長する機会を奪われてるわけだ」
リラとシルヴィアは、大きくうなずいた。
エレノアが続ける。
「でも、アンタら悩んでても酒飲んでても、筋肉はつかないし、腕は上がらないよ」
そして、リラとシルヴィアの目を真っ直ぐに見つめた。
「リラ、シルヴィア。アンタら、強くなりたいの?」
リラとシルヴィアは、顔を見合わせ、そして、力強く頷いた。
「…はい!」
エレノアは、ニヤリと笑った。
「アンタらに必要なのは、酒を飲むことじゃなくて、汗を流すことだ」
ブリジットは、ピンときた。
エレノアは、話し続ける。
「アタシらの朝練に、参加してみないか?」
リラは、驚きに目を見開いた。
「え… あの、エンビヤージの… 訓練に?」
「エンビヤージというか、アタシとブリジットと、あとエディズっていう二人の朝練だ。面白いぞ!」
「え、でも、私たちみたいな新人が?」
「いいから! いいから! 遠慮は、筋肉の敵だぜ!」
エレノアは、リラの背中をバシッと叩いた。
その衝撃で、リラはむせ返る。
エレノアの熱意に押され、リラとシルヴィアは、うやむやに同意させられたような形だった。
ブリジットは、もちろんわかっていた。
エレノアは、ただ筋肉仲間が欲しいだけだ、と。
次の日の早朝。
まだ空が白み始めたばかりの町はずれで、リラとシルヴィアは、緊張した面持ちで待っていた。
エレノアとブリジットが現れた。
「おっす! リラ! シルヴィア!」
エレノアは、いつものように豪快な笑顔で二人を迎えた。
見知らぬ剣士がいる。
「こっちは、アタシらの仲間の剣士、エディズのレジーナとスーザンだ!」
エレノアに匹敵する筋肉女剣士、レジーナがにっこりと笑った。
同じくスーザンも笑顔で挨拶する。
「よろしく!」
そこに遅れてやってきたのが、ジョアンナだった。
彼女は、エディズのアイナと交代で治癒役として参加していた。
「おっす! ジョアンナ!」
「おはよー」
そして、彼女はリラとシルヴィアに目を止めた。
「うん? なんか見たことあるな?」
二人は、おずおずと挨拶する。
「私たち、アコルディアの…」
「あー、あの生意気な魔法士のパーティーの子らか!」
二人は、あわてていった。
「あのときはスイマセン!」
「いいよ、べつに。でも、どういう状況?」
エレノアが、説明する。
「ふ~ん、そうなんだ。二人辞めるの、アコルディア?」
「はい。そう考えてます」
「へえ、もったいないと思うけどなあ…」
エレノアがいった。
「さてと、時間もないし始めようよ。まずは一対一の模擬戦を、ひたすらローテーションで繰り返すんだ! 制限時間はなし! リラの相手は、アタシだよ! 」
エレノアは、目を輝かせた。
リラに木剣を与えると、自分も木剣を構える。
「さあ! かかってきな!」
リラは、新人としては早い身のこなしでエレノアの懐に飛び込み、鋭い斬撃をエレノアの左肩目掛けて放った。
アリーナの『支援職』と見下すような視線に晒され続けた鬱憤を晴らすかのような、渾身の一撃だ。
ガキン!
しかし、エレノアはその一撃を受け止めた。
受け止められた衝撃で、リラの手が痺れる。
「おっ! 悪くないね! けど、その一撃には重さがない! もっと腰を入れて!」
エレノアは、木剣を水平に一閃する。
リラは咄嗟に後方に飛び退いたが、エレノアの木剣が空気を切り裂く音だけで、全身の毛が逆立つ。
「剣士の仕事は、魔法士の陰に隠れてる事じゃない! 目の前の敵をぶち殺すことだ!」
エレノアは一歩踏み出し、リラに肉薄する。
リラは守勢に回り、必死にエレノアの木剣を受け止めようとするが、一撃一撃が重すぎて、体勢が崩れる。
ドガッ!
エレノアの木剣が、リラの腹部に浅くめり込んだ。
リラはうめき声を上げ、数メートル吹っ飛ばされる。
「くそっ!」
リラは歯を食いしばって、立ち上がろうとする。
「リラ、アンタの剣筋は正確だけど、重さが足りない。体重を乗せて、もっと振り切るんだ!」
リラは、いままでの屈辱を全てエレノアに向けるように、渾身の力を込めて、再び斬りかかった。
エレノアは、リラの木剣を受け止めることなく、体をひねって避ける。
リラの木剣は、空を斬った。
「うんうん! いいね! その勢いだ! けど、斬った後の次がない!」
エレノアは、避けきったその瞬間、リラの木剣を持つ手首に木剣を軽く当てた。
その一撃は、まるで全身の力を集中させたかのような正確な打撃で、リラの木剣が手から滑り落ちた。
リラは、悔しさで唇を噛みしめ、落ちた木剣を拾うことすらできなかった。
エレノアの強さは、自分が憧れていたエンビヤージの、まさに象徴だった。
次はシルヴィアの番だった。
彼女の相手は、エレノアと互角の近距離戦をこなすレジーナだ。
「よし、シルヴィア! 弓士の仕事は、ただ遠くから撃つだけじゃない! 弓は間合いだ! その剣士が、あんたの間合いに入れないように、矢の雨を降らせろ!」
エレノアが叫ぶ。
「わ、わかりました」
シルヴィアは、エレノアの言葉に奮い立ち、矢を番える。
もちろん、矢の先はケガをしないように、布で覆っているものだ。
シュッ! シュッ! シュッ!
シルヴィアの放つ矢は正確で、レジーナの足元、肩、そして頭上をすり抜ける。
レジーナは、盾を持たないため、矢を避けながらジグザグにシルヴィアとの間合いを詰めてくる。
「シルヴィア! 矢を撃つタイミングは悪くない! でも、連射力が足りない!」
ブリジットが、的確なアドバイスを送る。
シルヴィアの矢は、レジーナの動きをわずかに遅らせるが、レジーナの足運びは素晴らしく、確実に間合いを詰めてくる。
(まずい! このままじゃ近づかれる!)
シルヴィアは焦りから、つい矢を番える速度が落ちた。
その瞬間、レジーナが地を蹴り、一気にシルヴィアの懐に飛び込んだ。
「もらった!」
レジーナの木剣が、シルヴィアの弓を叩き落とす。
パシッ!
「キャッ!」
弓が地面に落ち、シルヴィアは為す術もなくレジーナの木剣を突きつけられた。
「勝負あり。一瞬の気の緩みが、命取りになる。とくに弓士はね」
レジーナは、優しく微笑んだ。
「くぅ…」
シルヴィアは、自分の力のなさに落ち込む。
その後も、リラはブリジット、レジーナ、スーザンと次々と手合わせを行い、シルヴィアもブリジットやスーザンを相手に、弓での牽制と緊急時の短剣での応戦を試みたが、結果は全て惨敗だった。
エレノアは、リラが倒れるたびに「立て! まだやれる!」と叫び、水を飲ませ、ジョアンナに治癒させて、次の相手の元へ送り出す。
ブリジットはエレノアの無茶な指導を、的確なアドバイスで補完し、レジーナとスーザンは、実力差を理解した上で、リラとシルヴィアの長所を伸ばすように手加減してくれた。
日が完全に昇り、地面が太陽の光に照らされ始めたころ、エレノアが木剣を収めた。
「よし! ここまでだ! みんな、お疲れさん!」
リラとシルヴィアは、全身汗まみれで、地面に大の字になって横たわった。
体中の筋肉が、悲鳴を上げている。
だが、不思議と気分は良かった。
久しぶりに、自分たちの力を全力で出し切った、という満足感があったのだ。
ジョアンナが、最後の治癒を行なった。
エレノアは、満足げに二人の様子を見ていた。
「どう? これが、私たちの朝練だよ! 楽しかった?」
リラは、ゼーゼーと息を吐きながら答えた。
「ちょっと… つらかったです…」
シルヴィアが答えた。
「…でも、新しい課題が見つかりました」
エレノアは、リラとシルヴィアに、腰掛けるようにうながした。
ジョアンナが尋ねた。
「あなたたち、アコルディアを辞めたいの?」
「はい。そう考えてます」
「ちなみに、報酬の配分ってどうしてるの?」
「三等分です」
「え? ゴブリン討伐の報酬って低いわよね? それも三等分なの?」
「はい。そうです」
エレノアたちは、顔を見合わせた。
「で、アンタらは、パーティーを辞めようとしてんの?」
「はい」
「これは… 私たち、アリーナを誤解してない?」
ジョアンナがいった。
「あなたたち、もっと話し合ったら?」
「でも…」
「オマエら、そんな報酬で魔法士がメンバーになんて、なってくれないぞ!」
「そうよ。絶対に後悔するわ!」
「でも、私たち、このままじゃ…」
「わかってる。確かに、オマエらの状況は変えなきゃいけないけど、ちゃんと話し合えよ」
「アリーナは、私たちのいう事なんか聞いてくれませんよ」
「だったら、アリーナ一人じゃ、絶対に勝てない依頼を受けちゃえばいいんじゃないか?」
「はい?」
「考えてみろ。アリーナが、どれだけ魔法力があると言っても、例えば、ドレイクの群れの討伐依頼はどうだ?」
リラとシルヴィアは、驚愕の表情を浮かべた。
「ドレイクの群れ!? そ、それは、新人冒険者じゃ、かなり危険な依頼ですよ!」
エレノアは、冷静に説明した。
「ドレイクは、火魔法などの属性魔法が効きにくい。しかも、群れとなると、その突進力は、生半可な防御じゃ防げない。アリーナ一人では、魔法が効かないドレイクを、どうすることもできないってことだ」
ジョアンナが、エレノアの意図を補足した。
「大切なのは、アリーナに、自分一人では何もできないという事実を突きつけること。そして、そのとき、リラとシルヴィアの存在が、いかに重要かを、彼女の身をもって体験させることね」
リラは、エレノアの提案に、興奮を隠せなかった。
「そ、それって、危険すぎませんか? もし失敗したら…」
「失敗するさ」
エレノアは、あっけらかんといい放った。
「最初はね。でも、オマエらは、その失敗で、アリーナに、剣士と弓士の役割の重要性を、叩き込むんだ」
ジョアンナが、リラとシルヴィアの顔を、真剣に見つめた。
「荒療治だけど、これぐらいのインパクトがなきゃ、改心しないわ」
「オマエらの実力なら、死にはしないだろうから、大丈夫!」
その言葉に、リラとシルヴィアは、強く背中を押された気がした。
リラは、強く拳を握りしめた。
「わかりました。私たち、ドレイクの群れの討伐依頼を受けてみます」
シルヴィアも、決意の表情でうなずいた。
「アリーナを説得して、依頼を受けさせます。そして、あいつの、魔法士最強という考えを、私たち二人の力で、打ち砕いてみせます!」
エレノアは、満足げに笑い、リラとシルヴィアの肩を、力強く叩いた。
「よし!その意気だ!オマエらなら、できる! くれぐれも、無理はするなよ。そして、朝練は、これからも続けて、筋肉をつけていけ!」
その日、リラとシルヴィアは、エレノアたちの支援を背に、アリーナへの挑戦を決意した。




