第十八章 筋肉でドラゴンを倒そう
山脈の頂に、黒い影がうごめいていた。
燃え立つような風と、焦げた岩の匂い。
その中心で、巨大なドラゴンが身をもたげ、赤い瞳をぎらりと光らせた。
エレノアがごくりと唾を飲む。
「…見ろよ。でっけぇな」
その背後で、レジーナが笑う。
「燃えるね」
ブリジットとスーザンも、ドラゴンを見つめた。
エレノアが、剣を抜いた。
刃が朝日にきらめき、風が唸る。
「よしッ! 行くぞッ! 魔法なし、剣士の意地で勝つッ!!」
「おおーっ!!」
山々に響く雄叫び。
だがその声に応えるように、ドラゴンが吠えた。
グォオオオオォォッッ!!
耳をつんざく轟音。風圧で地面が波打つ。
「…やばい、やっぱ近くで見ると迫力すごい!」
「おじけづくなよ、エレノア!」
「おじけづくか! アタシには筋肉がついてるッ!」
エレノアが真っ先に飛び出した。
巨体の下を駆け抜け、脚部を狙って斬りつける。
だが、硬い鱗が剣を弾く。火花が散った。
「なっ… 硬ッ!?」
その瞬間、尾が薙ぎ払われる。
風を切る音と共に、巨木のような尾が迫る。
エレノアが、ギリギリで飛び退く。
地面がえぐれ、岩が飛び散った。
「危なっ… ブリジット!!」
「わかってる!」
ブリジットがすれ違いざまに剣を閃かせる。
狙うは鱗の隙間。
金属音とともに、薄く血が散った。
「やった、入った!」
「小さいけど効果ある!」
続いて、レジーナが突撃。
大剣を振り上げ、空気を裂く。
「おりゃあああッ!!!」
彼女の全身から、オーラのような熱が立ち昇る。
巨竜の肩口に大剣がめり込み、地鳴りが走った。
ドラゴンが吠える。
ギェエエエエエッッ!!
衝撃波が走り、岩が吹き飛ぶ。
スーザンが、すかさず跳んだ。
「あたしも行くぞッ!」
スーザンが軽やかに岩壁を駆け上がり、ドラゴンの首の横へ飛び移る。
「ここなら… …いける!」
刃を突き立てた瞬間、竜が咆哮。
炎が口からあふれ出す。
「っ熱!! うわああ!!」
「スーザン!」
間一髪で、身を引くスーザン。
髪の先が焦げる。
それでも笑っていた。
「危なっ… でも、テンション上がるッ!!」
剣士四人が円陣のように動き、連携してドラゴンの周囲を囲んだ。
「右脚、任せた!」
「了解!」
「尻尾くるぞ、しゃがめ!」
「了解ぃぃ!」
アイナは、安全圏から四人を見ていた。
いつでも、火球を撃てるように。
ドラゴンが、大きく翼を広げた。
風が爆発のように吹き荒れる。
「まずい、くるぞ!」
咆哮と共に、炎の奔流が襲いかかる。
四人が散開。
ブリジットが叫ぶ。
「狙いは喉元だ! 息を吸い込む瞬間、動きが止まる!」
「了解!」
ブリジットが低く構えた。
「…エレノア! 私の合図で飛べ!」
「任せて!」
「三、二、一 ――今だ!」
「ハアアアッ!!」
エレノアが跳躍し、光のような軌跡を描く。
剣が、ドラゴンの首筋を斜めに裂いた。
鱗が飛び、血が弾ける。
ドラゴンが吠え、暴れ回る。
「今だ! レジーナ、スーザン!!」
「任せろッ!!」
二人の剣が、同時に竜の心臓を狙う。
鈍い音と共に、鱗の間から光が爆ぜた。
口の炎が止まり、巨竜の体がよろめく。
そして、次の瞬間――巨体が崩れ落ちた。
地面が揺れ、砂煙が舞い上がる。
静寂。
「…やった、のか?」
レジーナが、息を切らしてつぶやく。
スーザンが剣を肩に担ぎ、笑う。
「剣士だけで、ドラゴン討伐。…やったね!」
「ほんとに… やっちゃったのね」
アイナが、あきれたように微笑む。
エレノアは、空を見上げた。
青い空の下、剣を高く掲げる。
「……勝ったぁぁ!! 筋肉が勝ったぁぁ!!」
彼女たちは勝利の余韻に浸りながら、ふらふらと山を下りていった。
だが、その背後に――“もう一つの炎”が待っていた。
拠点の宿へ戻ると、そこには腕を組んだミラベルとジョアンナが待っていた。
笑っていない。
笑顔が怖い。
完全に説教モードだ。
「…説明、してくれる?」
ジョアンナの声が、静かに響く。
ブリジットが目をそらし、エレノアは冷や汗をかいた。
「え、えっと、その… ちょっと剣士だけで、軽く…」
「軽く!? ドラゴン倒して軽く!?」
「え、いや、倒せたから結果オーライじゃないかな」
ジョアンナが、低くつぶやく。
「無茶するなって、あれほどいってたのに… ねえブリジット?」
「うっ…」
「しかも、エディズまで巻き込んで」
「いや、アイツらもノリノリで…」
「まとめて注意が必要なのかしら」
ブリジットがいった。
「おい!アイツらを、巻き込んでやるなよ!」
「でも!」
ジョアンナが、あきれたような顔をしていった。
「あなたたちのバカが、ここまでとは思わなかったわ」
「ごめん」
ミラベルがいった。
「でもすごいよね。剣士だけでドラゴン退治なんて!」
「だろ! ホント、見せてやりたかったよ!」
ジョアンナが叱る。
「エレノアッ!!」
「ごめん!」
「私は心配なのよ。あまり無茶はしないで」
ブリジットがいった。
「アタシの気持ちがわかった? ジョアンナのときもこんな気持ちだったのよ」
「まさか、わからせるために、こんなことをしたとでも?」
「ごめん」
ミラベルが、大きく息を吐いていった。
「…次からは、ちゃんと相談してよね。知らないところで、やられるって、心配もあるけど、さみしいわ。ジョアンナだって、そうなんでしょ?」
「ええ。もちろん」
「わかった。ごめん」
ミラベルが、重ねて聞いた
「ほんとにわかってる?」
エレノアがいたずらっぽくいう。
「…たぶん」
「『たぶん』っていったね!? 今『たぶん』っていったよね!?」
結局、全員が笑って終わった。
その夜、宿の天井には、エレノアの高らかな笑い声が響いていた。
「へへっ… でもさ、やっぱ最高だなあ! 仲間と剣を振るうの!」
「ほんと、懲りないわね」
ジョアンナがいった。
「剣士の絆ね… わからなくもないけど…」
その夜。
全員で宿の食堂に集まり、打ち上げが開かれた。
テーブルには肉、肉、そして肉。
「筋肉に乾杯~!」
「かんぱーい!!」
エルフのアンナは、高価な月苺を山盛りの皿で食べる。
もちろん、剣士たち四人のおごりだ。
ミラベルとジョアンナも、一緒に卓を囲む。
アンナがエレノアにいう。
「やっぱ、バレたんですね」
「うん」
ジョアンナが、アンナにいった。
「うちの脳筋たちが、迷惑かけたわね」
「わたし的には、収支プラスなんで、全然良いですよ。あんま怒らないでやってくださいね」
「ていうか、アンナも止めてよ!」
「止めたかったんですけど、あんまり楽しそうなんで、いいにくかったんですよね」
「ふ~ん…」
ジョアンナが、ジロリとエレノアを見る。
エレノアが、あせっていう。
「いやいや、やっぱ、ジョアンナやミラベルがいないと、ツマんなかったよ~ なあ、ブリジット」
「ホント、ホント! そのとおり!」
「まあ、そういうことにしときましょうか…」
「怖あ~ッ!!」
笑いが弾け、杯がぶつかる。
誰もが笑っていた。
炎のように熱い友情が、そこにあった。
深夜。
ミラべルとジョアンナが眠ったあと、エレノアは窓の外を見上げた。
月が、柔らかく輝いている。
「…メシ、旨かったな」
ブリジットが答えた。
「勝ったあとのメシは、旨いからな」
「…うん」
「地味な稽古が、ドラゴンを倒す力になるんだよな」
「アタシ、これからも鍛えるよ。ずっと…」
「へええ~ じゃあ、明朝六時も?」
「マジぃ~!?」
二人は笑った。
こうして――
彼女たちの冒険は、まだまだ続くのだった。




