第十七章 朝練で筋肉をつけよう
エンビヤージの様子が、ちょっと変わってきた。
爆裂魔法のミラベルが魔法制御を覚え、治癒師ジョアンナも魔力を上げ、二人はパーティーの頼れる後衛として、どんどん成長していた。
「うわー、二人ともマジすごいな…」
エレノアは、野営地の焚き火の前で腕を組んだ。
筋肉質な腕が、炎でキラリと光る。
隣のブリジットは、静かに剣を研いでいる。
金色の髪が光り、淡々とした表情の中に、わずかな緊張が見えた。
「焦る?」
「うん… ちょっと置いていかれてる感あるじゃん?」
「そうだな…」
「でも、ミラベルたちがどんどん強くなってくの見てると、私もなんか燃えてくるんだ。」
勢いよくエレノアが立ち上がる。
「ってことで、ブリジット! 一緒に特訓しようよ! 二人が寝てるうちに、アタシたちで、こっそり体を鍛える」
「筋肉は一日にしてならず、だもんな!」
「よっしゃ! じゃあ、明日の朝からやるぞ!」
翌朝。
ブリジットが、エレノアの部屋に来る。
「おい! 起きろよ、エレノア!」
「なに? なんか用?」
「特訓だよ! するんだろ?」
「眠いよ… 明日からで、良くない?」
「アンタ… ダメだよ。そんなんで自分の筋肉に、顔向けできんの?」
「筋肉… 筋肉か…」
「そうだよ! 筋肉は正直だよ!」
「わかった… やる!」
宿から、町はずれの森に移動する。
「眠い…」
「体は起きてるけど、きっと筋肉が寝てるんだ。体を動かせよ」
準備運動を行なう。
体を動かしているうちに、エレノアもだんだん目が冴えてくる。
「よーし。燃えてきた!」
木剣を構え、二人は正面に立つ。
「いくぞ、ブリジット!」
「来い、エレノア!」
朝焼けの光が、二人の汗を照らした。
最初はぎこちなかったが、次第に息が合っていく。
二人は朝靄の中、何度も剣を交わした。
風が、心地よい。
「オラあっ!」
「踏み込みが甘いよ!」
「うっ、ぐぬぬぬ!」
エレノアの全身の筋肉を使った突進。
速さよりも重い。
ブリジットはそれを最小限の動きでいなし、なめらかにカウンターを狙う。
斬撃が、空気を裂く。
「くうっ…! やるじゃん!」
「そっちこそ! 力だけは本当に一級品だね!」
「褒めてる? それ?」
「半分ね~」
踏み込みで、砂埃が舞い上がる。
何度も剣を交えるうちに、二人の呼吸が荒くなる。
朝靄の中で、木剣がリズムを刻む。
「はぁ、はぁ… これ、めっちゃ楽しいな!」
「筋肉が喜んでる!」
「わかるわー!」
剣士の特訓は地味だが、二人は互いに刺激し合い、楽しみながら成長していくのを感じていた。
そして、ある日。
冒険者ギルドで、エディズ・パーティーのレジーナたちと会った。
「おー ひさしぶりじゃん! ジーナ! スー!」
「よう! バカ筋肉コンビ!」
ブリジットがいう。
「エレノアはそうだけど、あたしは頭脳派だよ」
「どこがッ?!」
「アハハ!」
エレノアは、そばにいる魔法士のアイナにも声をかける。
「元気にしてる?」
「おかげさまで」
「また、酒飲んでんじゃないの?」
「飲んでますけど、なにか?」
「アハハ!」
レジーナが、二人を見ていう。
「おまえら、しばらく見ないうちに、筋肉付けてない?」
「わかるう?」
自慢げに、腕の筋肉を見せるエレノア。
「アタシら、いま朝練しててさー」
「へえー 地味なことやってんな~」
「いや~ やっぱ、筋肉ウソつかないわー めっちゃ体動くし!」
「ホントか? じゃあ、うちらも混ぜてよ!」
「もちろん!」
こうして、剣士四人による朝の筋肉女子会が誕生した。
「3対1、ヤバい!!」
「ほらほら、エレノア! 手が止まってるぞ!」
「スーザン、速いってば!」
「ははっ、筋肉は裏切らないんだよ!」
「甘いよ、エレノア! 筋肉だけじゃ防げない!」
「くっそぉ! でも、楽しい!」
「いい顔してるね、エレノア!」
「スーザン、油断するなよ! あいつは一撃が重い!」
「わかってるって!」
剣と剣が交錯する。
力のエレノア、技のブリジット、速度のレジーナ、そして根性のスーザン。
木剣がぶつかり合い、互いに笑いながら汗を流す。
次は、二人対二人のタッグマッチ。
エレノア&レジーナ vs ブリジット&スーザン。
レジーナが前衛、エレノアが後衛。
レジーナが盾代わりになり、エレノアが隙間から突進。
「パワーコンビ、行くぜ!」
ブリジットはスーザンと連携し、ブリジットの細剣が牽制、スーザンの双剣が連撃。
「連携完璧! ブリジット!」
「当然! 計算済み!」
四本の木剣が火花を散らし、朝露が飛び散る。
エレノアが横から割り込み、スーザンを弾き飛ばす。
「普段あんまり連携って、考えてなかったな~」
「こうなると、わかるよね」
その戦いはまるで、筋肉で語る詩のようだった。
地味だけど熱く、愚直だけど美しい。
「…なんか、剣技がつくの楽しいな!」
「うん、実感できるのが一番だね」
「筋肉、裏切らんし!」
「アンタ、どんどん脳筋化してない?」
四人は地面に座り込み、息を荒げて笑い合った。
ある日、レジーナが弓を取り出した。
「ねえ、ついでに弓も練習しない? 遠距離もやっとこうよ!」
「いいけど… 筋肉付くか?」
「いいじゃん! 魔術以外の技、ぜんぶ極めたい!」
こうして弓の稽古も追加された。
「おりゃーっ! あっ、的外した!」
「エレノア、腕の筋肉を使いすぎだよ。指先のコントロールだ」
「む、むずいな!」
「でも楽しいね! あたし弓、結構好きかも!」
みんなで弓を引き、的を射る。
「エレノア、顔がこわい」
「集中してるんだって!」
「その顔、集中してる顔じゃないだろ!」
レジーナとスーザンが、腹を抱えて笑う。
朝から、笑い声と筋肉の音が響く平和な時間。
「的を外したら、腕立て百回にしようよ。そうしたら、筋肉も鍛えられるよ」
「マジか~」
回りにはやし立てられながらの腕立て伏せ。
苦しいながらも、楽しくやれた。
ある日。
依頼の後の居酒屋で、ミラベルとジョアンナは、いつものように食べながら、同じテーブルの向こう側で筋肉を光らせているエレノアとブリジットを、じーっと見ていた。
「ねえジョアンナ …やっぱ、思わない?」
「なにを?」
「エレノアとブリジットってさ… なんか、ムキムキ度が増してない?」
ジョアンナはスプーンを止めて、じろりとエレノアたちを観察した。
確かに。
エレノアの上腕は以前よりひと回り太く、肩のあたりに明らかに、力こぶが浮き上がっている。
ブリジットに至っては、細身のままなのに、無駄のない締まったラインに妙な迫力があった。
エレノアが、あわてていう。
「そ、そんなことないよ!」
ブリジットも続けていった
「気のせいじゃない?」
ミラベルは、首をかしげながらいった。
「気のせいじゃない、と思うけど…」
エレノアがいう。
「仕事で剣をブン回してるからじゃないかな?」
ブリジットもいう。
「そう! 絶対にそう!」
ミラベルの目が、細くなる。
「あやしいな~」
エレノアは視線をそらす。
ブリジットも、居心地悪そうに肩をすくめた。
ジョアンナがいった。
「まあ、悪いことじゃないから、いいんじゃない?」
「うん、うん! そうだよね!」
「まあ、いいけどさ~」
ミラベルも、なんとか納得したようだ。
しかし、ある日。
いつものように模擬戦をしていたエレノアが、剣を振り抜いた瞬間、足をすべらせて、ブリジットの頭を木剣で強く叩いてしまった。
「わっ!」
ブリジットは倒れて、動かない。
頭に深い切り傷。
地面に血が滴る。
レジーナとスーザンが、あわてて駆け寄る。
「おいッ! ブリジットッ!」
「うわ… これは、ヤバい…」
レジーナが、叫んだ。
「アイナを呼んでくる!」
宿に走って行き、急いでパーティー仲間のエルフ魔法士アイナを連れて来た。
アイナは、冷静に手をかざす。
「大丈夫か?」
心配そうにエレノアが聞くと、アイナはいった。
「大したことないよ」
光が集まり、キズが瞬く間に癒えていく。
エレノアは感動のあまり、涙目でアイナに抱きついた。
「ありがとー! アイナ様!」
「離れて、汗がつくから」
冷静なアイナ。
四人を見ていった。
「特訓はいいけど、剣士だけでやるの、危険だよ?」
その後、エレノアたちはバレたついでに、特訓に付き合ってもらうことにした。
アイナが、ため息をつきながらいう。
「べつにいいんだけど、これって『エルフ搾取』じゃないかな?」
「ポーションですませたいけど、高いしさ~」
「あたしって、無料ポーションなのかあ…」
「わかったよ~ メシ奢るから、許して~」
「だったら、けっこう高めじゃないと!」
「アタシの財布と相談して~」
そして今日も、筋肉女子会は続く。
木剣がぶつかる音、笑い声、そして筋肉の輝きーー
ある日。
エレノアがブリジットにいった。
「ねえブリジット、今度さ、剣士だけでドラゴン討伐、やってみない?」
「…は?」
「いや、ほら! 最近すごく調子いいし! レジーナたちとも息合ってきたし! 純剣士パーティーって、ちょっとロマンじゃない!?」
ブリジットは一瞬、呆気にとられたように目を瞬かせ、そして、ふっと笑った。
「…面白そうだな」
「でしょ!?」
「でも… ミラベルとジョアンナにいいにくいな。仲間外れにするみたいだし、こないだ『無茶するな』って、ジョアンナに大説教したばっかだし…」
「そうだったねえ…」
二人の間に、微妙な沈黙。
ブリジットが頭をかく。
「レジーナたちの依頼に助っ人で参加って形にすれば、バレずにいけるかもな」
「それだよ!」
「ホントは、アウトだけど」
「バレなきゃセーフ!」
エレノアの目は、真剣だった。
剣士としての矜持が、彼女の中に燃えていた。
「魔法がダメってわけじゃない。だけど… 剣だけで、ドラゴンを倒したいんだよ。私たち、剣士がどこまでやれるのか、見てみたい」
その言葉に、ブリジットの瞳が鋭く光る。
「…いいね。剣士だけのドラゴン討伐… 面白くなってきたな!」
「やった!!」
エレノアが両手を挙げる。
こうして、二人は秘密裏に準備を進める。
剣の研磨、装備の強化、体力錬成。
そして、レジーナたちに協力を頼む。
「剣士だけで、ドラゴン討伐? やるやる! 燃えるな!」
「筋肉がうずくね!」
「アイナは、大丈夫かな?」
相談すると、あっさり承諾してくれた。
「いいですよ」
「良かった~」
「ただ、報酬はそれなりにいただいても?」
「もちろん! ずっと特訓に付き合ってもらってるし、等分で良いよ!」
「ええ? 等分ッ? けっこうな額ですよ?」
「口止め料込みだよ」
「仕事しないで、お金もらえる~ 特訓に付き合ってて良かった~」
「アハハ」
「でも気をつけてくださいね! 剣士だけでムリだったら、速攻介入するんで!」
「おっけー! バックアップ、よろしく!」
出発の朝。
ブリジットとエレノアは、ミラベルとジョアンナに見つからないよう、こっそり宿を抜け出した。
夜明け前の草原。
待ち合わせ場所では、すでにレジーナ、スーザン、そしてエルフのアイナが準備を整えていた。
「おっ、来たね!」
四人の剣士が立つ。
空はまだ青く、吐く息が白い。
剣を握る手の中に、確かな覚悟があった。
ここでしてきた特訓が頭に浮かんだ。
苦しいが、楽しい日々だった。
「よし、行くか。剣士だけの戦いだ」
「筋肉は、裏切らない!」
「おおおッ!」
そして彼女たちは、レジーナのパーティーの依頼として、ドラゴン討伐へと向かう。
グレイフォード山脈へ――




