第十六章 失敗から成功を学ぼう
宿屋へ戻った四人の空気は最悪だった。
ジョアンナは自分の失敗に顔を曇らせ、無言のまま床に座っていた。
エレノアは拳を握りしめ、ブリジットは冷たい視線を投げかける。
「ジョアンナ、アンタに魔力のことでコンプレックスがあるのはわかる。でも暴走して仲間を危険にさらすのは許せない」
ブリジットの言葉は容赦ない。
彼女は冷静さを保ちつつ、仲間の命を守るための厳しさを忘れない。
「あなたにはわからないのよ! 私は治癒師としてもっと強くならなきゃ、エンビヤージの冒険者ランクだって上がらないのよ」
ジョアンナが、いい返す。
声には震えがあるが、言葉は鋭い。
彼女の胸には長年の劣等感、そしてミラベルの成長への焦りが入り混じっていた。
「冒険者ランクが、そんなに大事か?」
ブリジットは、珍しく感情を露わにする。
ジョアンナは黙った。
彼女がどれだけ努力しているかは、もちろん知っている。
しかし、これはいわねばならない。
ジョアンナに助け舟を出そうとして、エレノアがおずおずといった。
「強くなるのは、いいことだと思うけど…」
彼女も同じ意見だと思っていたブリジットは、愕然とした。
そして、いった。
「…アンタらが反省しないなら、アタシはこのパーティーを抜ける」
ブリジットは真剣だった。
パーティーにとって結束は何より大事だと、エレノアは思っている。
しかし、今の四人はバラバラだった。
その夜。
ブリジットとジョアンナは、夕食に姿を現さなかった。
エレノアとミラベルは、二人で寂しい食事をとった。
誰もが、胸に釘を刺されたままだった。
その夜。
宿屋でブリジットが部屋で眠れずにいると、ドアにノックの音がした。
「ブリジット… いい?」
ミラベルが、小さな声で入ってくる。
「どうした? こんな夜遅くに… …じゃないか。悪かったな。巻き込んじゃって…」
「いいんだよ。ただ…」
「うん?」
「エレノアとジョアンナは冒険者バカだからさ。ワタシはエレノアについてきただけだし、そんなに冒険者に、思い入れはないんだよね。だから… ブリジットには、いてほしいんだよ。このパーティーに… でないとエンビヤージは、『ガチ冒険者パーティー』になっちゃう。二人を止める壁になってよ…」
「ブリッジ(橋)が壁になるのか… そりゃあ、大変だな…」
「茶化さないでよ…」
「真面目なのは、苦手なんだ…」
「で、どうするの?}
「さあ、なあ… 何も考えてないけど…」
「ブリジット…」
「…でもさ、アンタって、ド直球で人に意見するタイプじゃないじゃん」
「……」
「だからきっと、エレノアにいわれて来たんだ、と思った…」
ミラベルは、顔を赤らめた。
「…図星か!」
「うう… そうなんだけど…」
「アハハ。ミラベルはかわいいな… そうか… エレノアにも、心配かけてるなあ…」
遠くを見つめるブリジット。
「ブリジットは、どうして冒険者になったの?」
ミラベルが、じっとブリジットを見つめる。
素直な問いに、ブリジットは微笑んだ。
「べつに~ ただの軍人くずれだよ~」
「ええッ? ブリジットって、軍人だったの?」
「いってなかったか? 田舎の村で生まれて、魔獣が良く出るから、アタシは村の自警団に入ってたんだ。魔獣の討伐で王国軍が来たとき、筋が良いからってスカウトされてさ」
「へええ それで、王国軍はどうしてやめたの?」
「う~ん… それいわなきゃダメ?」
「いいたくないなら、聞かないけど…」
「隠すほどのことでも、ないかあ…」
ブリジットは、少し目を伏せた。
「王国軍の上官がさ、むっちゃ精神論を振りかざしてきて、『剣士とは、剣に魂を宿すものだ』とか、『命を賭けて国に尽くせ』とか毎日のように説教してきてさ。とにかくめんどくさかったのよ」
「うん」
「それで、ある日の訓練中、上官がアタシに聞いてきたんだ。『ブリジット、お前にとって剣士とは何だ?』って」
「……」
「アタシは金稼ぐために剣士やってるだけだったしさ。『剣を持ってる人じゃないですか?』って、答えたのよ」
「激トガリじゃん!」
「日頃のムカつきもあって、つい、いっちゃったんだよね~」
「それで?」
「上官、めちゃめちゃ怒ってさ~ その後の任務でも、援護を寄こさなかったりするしさ~」
「えぇ!」
「このままじゃ死ぬって思って、軍を辞めたんだよ」
ブリジットは、肩をすくめる。
「いやあ、バカだったわ~」
「…後悔してる?」
「べつに~ どうせ遅かれ早かれ軍は辞めてただろうし、とくに思うところもないよ。ただ…」
「ただ?」
「なんだかんだいって、アタシ、まだトガってんのかな~」
深夜の静けさに、彼女の乾いた笑いがひびく。
「…明日、ジョアンナに謝るわ」
「うん…」
ミラベルは、微笑んだ。
その笑顔は、ほんの少し安堵を含んでいた。
翌日。
宿では、ジョアンナが先に、ブリジットの部屋を訪ねていた。
「ごめんなさい。私が悪かったわ」
声は震えていたが、真剣さは確かだった。
「…いや、わかってくれたらいいんだ」
ブリジットは、ジョアンナを見つめていった。
「アタシも悪かったよ。変に熱くなりすぎたな。ただ、あんまり冒険者ランクとかにこだわりすぎないで欲しいかな。あたし、苦手なんだよ、そういうの…」
「わかったわ」
エレノアが、その背後から現れた。
「いやー、朝からお熱いですなあ」
そばに立つミラベルも、小さく笑う。
ブリジットがいった。
「聞き耳立ててたクセに、よくいうよ。昨日は眠れなかったんじゃないの?」
「ぐっすり寝たもんね~」
「そうですか。じゃあ、その目の下のくまは、まだ眠りが足りないってことで良いのかな?」
「……」
ブリジットは、真面目な顔をしていった。
「…悪かったな。でも、みんな、自分を大事にして欲しいんだ。でないと、楽しくないからさ…」
「ブリジット…」
四人は、ハグし合った。
ジョアンナがいった。
「わかってる。だから、約束する。もう二度とあんなことは起こさない。薬の量を調整して自分の魔力を見極めて使う」
彼女のポケットには、小さな薬瓶が入っており、その中の液体は淡い光を放っている。
ブリジットがいった。
「ジョアンナも、頑固だなあ。薬を使わない、とはいわないんだね~」
「だって、私はこのパーティーを、失いたくないから。あなたたちを守るために必要なのよ」
ジョアンナの言葉は、静かで強い。
彼女は自分の欠点を自覚し、それを埋めるために、この方法を選んだのだ。
ブリジットは、ため息をつく。
「…わかった。ならアタシも、ケガしないようにしないとな。エレノアもだぞ。薬の使用は、ジョアンナ一人の問題じゃない」
ブリジットはいった。
それが、彼女の落としどころだった。
午後。
四人は再び、ワイバーンの山へと向かった。
「…絶対に、みんなを守る」
ジョアンナは薬を一口ずつ、必要なタイミングで服用する。
ミラベルとエレノアは、その間に火力と剣で、ワイバーンに挑む。
戦闘は熾烈を極めたが、四人の連携は前回よりも圧倒的に進化していた。
ワイバーンはしつこく、何度も攻撃してくるが、今回は回復と攻撃が噛み合っていた。
ジョアンナの魔力は確実に強化されていたが、それは暴走ではない。
彼女は自分の呼吸を数え、光を均一に保ちながら仲間の傷を癒していく。
そして、ジョアンナが指示も出した。
「エレノア、右側の翼を狙って。ミラベルは炎で動きを止めたら一気に斬り伏せる」
「おう!」
「ブリジット、左から!」
「了解!」
ブリジットが冷静に剣を振るい、ワイバーンの攻撃を防ぐ。
エレノアも全力で攻め、ミラベルは炎で支える。
「前衛は任せた!」
ブリジットが叫ぶと、エレノアが突撃。
ワイバーンの爪を受け流しながら、逆に腹部に剣を突き立てる。
「ちっ! やっぱり硬い!」
ブリジットの剣が、跳ね返る。
「火球、いくよ!」
ミラベルが杖を振ると、炎が渦を描きながらワイバーンに命中。
ぐわあああっ!
ワイバーンの苦痛の咆哮。
ジョアンナは治癒魔法で、ブリジットの傷を瞬時に回復させる。
「もう、暴走させないように…」
ジョアンナは淡い光で傷を抑え、仲間が崩れないようにする。
戦いは、中盤に入った。
ワイバーンの群れの中心に、巨大な親分格のハイ・ワイバーンが姿を現した。
体躯は大きく、黒い鱗が空を暗くする。
四人は、目くばせをして、戦術を切り替えた。
親分を倒せば群れの士気は下がる。
そこを狙う。
「行くぞ! 集中しろよ!」
エレノアの叫びは、高らかだ。
彼女は己の全てを込めて突進する。
ハイ・ワイバーンが空中に舞い上がり、尾を振り回す。
ブリジットはジャンプで回避しながら、正確に剣を振るう。
「ここが勝負どころだ!」
ミラベルの炎が、ハイ・ワイバーンの翼を焼き、回りのワイバーンを牽制する。
ブリジットが、ハイ・ワーバーンに深い斬撃を入れる。
親分格が咆哮する中、ジョアンナは冷静に次の回復を詠唱する。
光はもう眩しさだけではない。
仲間の体の傷を消し、疲労を軽くする。
「…もう少しで …もっと治癒力が」
心の声が焦る。
特に火球を連発する、ミラベルの疲労は激しかった。
「ジョアンナ、無理しないで!」
エレノアが叫ぶが、ジョアンナはうつむいて魔力を集中させた。
ジョアンナの魔力は、一連の流れの中で均衡を保っていた。
「…大丈夫、これなら!」
彼女は自分の限界を知り、その範囲で最大限を出しているのだ。
最後の一撃は、エレノアが担った。
彼女の筋肉と剣による鋭い一振りが、ハイ・ワイバーンの喉笛を掻っ切った。
ハイ・ワイバーンは、地上に落ちる。
ミラベルが数発の火球を放つと、他のワイバーンの群れは、混乱して逃げ去った。
「やったッ!」
「…みんなのおかげね」
ジョアンナは、静かに微笑んだ。
ミラベルが笑い、火の粉を手で払う。
ブリジットは短く息をつき、剣を鞘に収める。
ジョアンナは立ち尽くし、疲労を押しながらも、目に光を取り戻していた。
「ジョアンナ、今回の回復は完璧だったよ」
ブリジットが、心から褒める。
言葉は短いが、重みがあった。
ジョアンナは、小さく微笑んだ。
「ありがとう。これで少しは自分に自信が持てる」
「…やっぱり、パーティーっていいな」
エレノアが、笑顔でいった。
「無茶はダメだけど、仲間で協力すれば、もっと強くなれるよ」
ブリジットも微笑む。
ミラベルは、小さく頷いた。
「ジョアンナがいてくれて、本当に良かった」
ジョアンナも微笑む。
「私… 強くなりたい。みんなで!」
四人の絆はさらに深まり、冒険者としての成長を実感した。
次の冒険も、きっと楽しく、そして危険に満ちたものになるだろう。
村人たちは、彼女たちを英雄のように迎えた。
依頼は果たされた。
だが何より大きかったのは、四人の間に生まれた信頼だった。
ジョアンナは自分の弱さを受け入れ、計画と努力でそれを補った。
ブリジットは厳しさの中に温かさを滲ませ、エレノアはいつも通り前を向いていた。
「私たち、すごいよね」
ミラベルが、素直にいった。
「強さってのは、剣や魔法だけじゃない。仲間との信頼は、最大の武器だよ」
ブリジットが、静かにいった。
ジョアンナは、胸を張った。
「これからも、私はみんなを守るわ」
エレノアが、豪快に笑った。
「じゃあ次は、もっとデカい依頼を受けようぜ!」
四人は笑い合い、帰り支度を整える。
新たな依頼、新たな敵。
だが確かなのは、彼女たちが互いを必要としていることだった。
エンビヤージは、今日も進む。
四つで一つのチームは、育っていくのだ。
エンビヤージの旅路はまだ続く。
次はどんな騒動が待ち受けているのか、四人はそれを楽しみにしている。




