第十五章 みんなでワイバーンを倒そう
四人の冒険者パーティー、エンビヤージは、冒険者ギルドの掲示板に貼られた依頼を眺めていた。
「…ワイバーン討伐か。楽しそうじゃない?」
エレノアは、目を輝かせながらいった。
「楽しそうって… 危険度も高いだろ?」
ブリジットは、眉をひそめて、地図を広げる。
「大丈夫かな?」
ミラベルは、魔法杖を握りしめながら、少し不安げにつぶやく。
「大丈夫。ワイバーン討伐は初めてだけど、きっとうまくいく。私たちなら、できるよ」
ジョアンナは笑った。
こうして、四人は依頼にサインをして、ワイバーンが出没するとされる山岳地帯へと向かった。
山道を進むにつれて、風は冷たい。
谷に吹く風が、血の匂いと鱗粉を運んでくる。
最初のワイバーンの姿が見えたのは、ちょうど谷間を抜けた瞬間だった。
青白い鱗が陽光を反射し、翼を広げたワイバーンが、轟音を立てながら空を舞う。
「むっちゃ飛んでるよ!」
ミラベルが叫ぶ。
「ワイバーンの群れだ… 依頼じゃ、こんなに多くなかったはず」
それでも、エレノアは、握った長剣を振り回しながら、笑みを浮かべていった。
「…でも、アタシらなら、やれるよ!」
ジョアンナも、周囲を見渡しながら回復の準備を整えている。
「ジョアンナ、距離を取って回復を優先してくれ。ワイバーンは突進してくるぞ! まずは引き付けて、連携して倒そう!」
「わかったわ!」
ブリジットが、指示を出す。
「ミラベル! 火球を!」
「ファイヤーボールッ!!」
ミラベルにやられた、ワイバーンが落ちる。
すると、他のワイバーンが襲い掛かって来た。
「行くぞッ!!」
エレノアは剣を抜き、突撃する。
ワイバーンの翼に、斬撃を浴びせた。
一瞬たじろぐが、怒りに震え、鋭い爪を振り下ろす。
「数が多いのは、なんで?」
ミラベルは火球を放ちながら、ブリジットに問う。
「ワイバーンは、群れを作りたがるからな! 集まって来たんだろう!」
エレノアがぴょんと跳ね、剣を構え直す。
筋肉と直感で動く彼女は、数の増加という理屈よりも「何匹斬れるか」を気にしていた。
戦いは、短時間に激化した。
ワイバーンは空から低空で急降下し、鋭い爪と尾で攻撃してくる。
そのひとつひとつが、人の命を軽く脅かす凶器だ。
「ミラベル、前方三体! 真ん中のヤツから狙って!」
ブリジットが、大声で指示を飛ばす。
エレノアが真っ直ぐに突進し、斬撃を叩き込む。
ミラベルの炎が空間で炸裂し、鱗を焦がしてワイバーンの動きを止める。
「ジョアンナ、回復お願い!」
エレノアが叫ぶと、ジョアンナは両手を広げ、治癒魔法を放つ。
光がエレノアの傷口を覆い、瞬時に血が止まった。
傷に淡い光が差し込み、血肉が再生されていく。
だが、ワイバーンの数は想像以上に多い。
空から、岩陰から、思わぬ角度から次々と群れが集まり始め、空は黒い翼で埋まった。
「…ちょっと、やばくない?」
「増えすぎだ! 引くぞ、撤退!」
ブリジットが、決断を下した。
チームの生存を優先させるべき、と判断したのだ。
撤退は、混乱の中で行われた。
羽ばたきと咆哮、火球と剣戟が入り乱れる。
ジョアンナは必死で癒しを送るが、回復が追いつかない。
エレノアが仲間を庇って受けた一撃が深く、ミラベルがあせって、火球の命中精度が落ちる。
四人は命を落とさずに、やっとのことで退却した。
「くやしいっ…!」
エレノアは、拳を握る。
「無理に突っ込むと全滅してたな。まさか、あんなに多いとは…」
ブリジットも、心の中で悔しさを噛みしめていた。
四人は、沈黙に包まれていた。
みな悔しさと疲労に、顔を歪める。
「依頼失敗、報酬なし」
エレノアは、不満げに床を蹴る。
力があるだけに、悔しさも単純明快だ。
「私の回復が間に合わなかったわ。もっと力が必要ね」
ジョアンナの声は普段よりも柔らかく、しかし決然としていた。
「そんなことないよ。アタシも判断をミスった」
ブリジットがいった。
「でも、治癒がもっとうまくできてれば、ここまで追い込まれなかったわ」
「そんなことないよ!」
「あれは私のミスだわ!」
「それは違う。ジョアンナ? どうしたんだよ?」
「あなたには、わからないわ」
ジョアンナの強い口調に、ブリジットは言葉を飲み込んだ。
彼女の魔力量が低く、それが足かせになっていることはある。
今日、彼女を治癒に専念させ、ブリジットが指揮を執ったのは、そのためだった。
でもそれは、彼女にはどうにもならないことで、彼女の責任ではない。
しかし、ジョアンナ自身は、そう思ってはいないようだった。
治癒力の向上。
彼女たちの課題の一つだった。
山から戻った四人は、魔法のことなら詳しいかもしれないと、エルフのノーラに相談してみた。
「そうだ、魔法店に行ってみては、どうでしょう? 何か解決策があるかもしれませんよ。テレサっていうんですけど、知り合いが魔法店をやっているんです。いろんな魔道具がありますよ」
ノーラの言葉を受けて四人は、町の端にある小さな魔法店『テレサの光と闇の店』へ足を運んだ。
「光と… 闇?」
「光魔法と闇魔法って、ことかな…」
ノーラが、説明する。
「魔法には、光と闇がある、ということで…」
「哲学?」
「すいません。ちょっと、テレサは色々こじらせてるのかも…」
店の中に入る。
香草と薬草の匂いがする。
「いらっしゃい~」
奥から出て来たのは、白銀の髪のエルフの女性。
長い耳をピンと立てて、お辞儀する。
ノーラに気づくと、微笑んで歩み寄って来た。
「ノーラ! 元気?」
「元気だよ。今日は知り合いを、連れて来たんだ」
四人にあいさつする。
「…テレサと申します」
エレノアたちの自己紹介が済むと、二人は近況を話し合っていた。
店の中は、見たことのない魔道具であふれている。
「わあ、これ、全部欲しい…」
エレノアは目を輝かせ、手当たり次第に触ろうとする。
棚には、色とりどりの瓶詰めの液体、変な形の魔石、剣、マント、鎧、ブレスレット、そしてカバンが並んでいた。
テレサに剣を指さして聞く。
「これは?」
「炎の剣です。魔力に呼応して、剣に炎が宿ります」
「どういう効果があるの?」
「見た目がカッコいいです」
「だけ?」
「だけ、です」
「……」
今度はミラベルが、隣のマントを指さして聞く。
「これは?」
「透明マントです。これを着て魔法を唱えると見えなくなります」
「すごいじゃん!」
「魔獣は匂いで敵の場所を知るので、対人以外では、あまり効果ありませんけど」
「……」
ブリジットが、隣の鎧を指さして聞く。
「これは?」
「防御付加の鎧です。防御魔法が付加されているので、痛みを軽減してくれます」
「欲しいなあ」
「金貨10枚です」
「高ッ!」
再び、エレノア。
テーブルの上のブレスレットを指さして聞く。
「これは?」
「幸運のブレスレットです。自身の幸運度が上がるので、戦いが有利になります」
「で?」
「付けてないときは、めちゃくちゃ不幸になります」
「……」
エレノアが、今度は棚のカバンを指さす。
「アイテムボックスです。値段によって入れられる容量がかわりますが、別の次元に収納ができます」
「どーせ、高いんだろ~」
「最低サイズでも、金貨100枚です」
「はい! 光と闇ーッ! 魔法の、光と闇ーッ!!」
それでも、魔道具は気になる。
ミラベルは手を伸ばしては、テレサに質問する。
エレノアは剣を見ていたが、確認する程度で元に戻す。
ブリジットが聞く。
「ポーションって、いくら?」
「効果によって、値段も変わります。良いのは、金貨1枚」
「高ッ!! 報酬を越えてるよッ!」
そして、ジョアンナは、じっと棚にある小瓶を見つめていた。
「…これ、魔力増強薬?」
「そう。適量を使えば、一時的に魔力が増します。でも、使いすぎると危険です」
テレサは、苦笑いしながら説明する。
小瓶の中の液体は妖しく光り、喉の奥に呑み込みたい衝動を引き起こすようだった。
「値段も、ポーションほどじゃないし…」
ジョアンナは少し戸惑ったが、すぐに小瓶を手に取った。
彼女の中の焦りが、理性を上回ったのだ。
「これで、みんなを守る力がつくなら…」
ジョアンナは、小さな声で囁いた。
それを聞き逃さなかった、ミラベルがいった。
「…無理はしないでね」
ジョアンナは短くうなずくだけだったが、その目には厳しい光が宿っていた。
誰もがそれぞれの思惑を抱え、薬屋を後にする。
翌日。
再び山岳地帯に、四人は向かった。
ブリジットが配置を決める。
ジョアンナは魔法増強薬を慎重に取り出し、薬瓶の蓋を少し開けた。
だがその手つきはわずかに震えている。
「ちゃんと調整して飲むから…」
ジョアンナは、言い訳のようにつぶやいた。
エレノアは、嬉々として飛び出す。
「さあ、今度こそワイバーンを倒すぜ!」
戦闘は、前回以上に激しかった。
ワイバーンは群れを成し、空中戦と地上の突進を巧みに組み合わせてくる。
ミラベルの火球は的確に翼の付け根を焼き、エレノアの一振りは首筋に深い傷を残す。
ブリジットは戦況を見極め、カウンターの刃を浴びせる。
ジョアンナは最初、薬をほんの一口だけ飲んだ。
体内に魔力の波が流れ込み、掌に暖かい光が集まる感覚があった。
彼女の回復は一段と鋭くなり、仲間の傷を即座に塞いだ。
「いい感じよ!」
ミラベルが、歓声を上げる。
だが油断はできない。
ワイバーンの数は、まだ多い。
戦いの中盤、ジョアンナは自分の魔力がもっと必要だと感じ、もう一瓶に手を伸ばす。
「これで、もっと確実に守れる」
思考は単純だ。
だが、薬は一度に多量に摂れば効果が大きいが、代償も強いのだ。
「ちょっと、また飲むの? 危ないわよ!」
ブリジットが声をかけた瞬間、ジョアンナは二瓶目のフタをあけ、口へ流し込んでしまった。
光が指先から暴発し、周囲を一瞬にして白い光が覆った。
「まぶしいっ!」
「見えない…」
エレノアの剣先が光を反射して虹色に踊る。
ワイバーンの視界も一瞬崩れ、混乱が生じたはずだった。
しかし、不運は不運を呼ぶ。
ジョアンナの魔法は、暴走した。
回復の光は制御を失い、その眩しさで見えなくなってしまう。
さらに光は、ワイバーンの傷を癒やしてしまう。
燃えたはずの翼が、燃え尽きる前に肉が再生される。
「何やってんの!」
ミラベルの火球も、光に吸い込まれて消える。
さらに、ジョアンナもその魔力の反動で気を失ってしまった。
「ジョアンナッ!」
彼女の体は制御を失い、地面に倒れた。
残りの三人は、呆然と立ち尽くす。
一瞬の静寂の後、ワイバーンは回復した仲間とともに再度襲いかかってきた。
光はその場を眩惑させ、戦況は完全に逆転した。
「ファイアーボールッ!!」
ミラベルが、火球を連打する。
火球にひるむワイバーン。
「撤退だッ!!」
ブリジットの声が、ようやく届く。
ジョアンナを抱え、退却することができた。
勝利には、ほど遠い…




