第十四章 後輩にいいところを見せよう
青く澄んだ空の下、森を行く三人の少女がいた。
彼女たちは駆け出しの冒険者パーティー、アコルディア。
魔法士のアリーナ、剣士のリラ、そして弓士のシルヴィアという、女子だけの三人組だ。
「リラ、シルヴィア、もっと警戒して。アンタたちの剣と弓は、私が万が一にも対応できない時の、せいぜい補助に過ぎないんだから。足を引っ張らないでよね」
透き通るような白い肌に、燃えるような緋色の髪を持つアリーナは、強い口調で二人に指示を出した。
彼女は魔法士の家に育ち、攻撃魔法と治癒魔法を自在に操る実力ある魔法士だ。
「わ、分かってるわ、アリーナ。気を付けるよ」
剣士のリラと弓士のシルヴィアは、おずおずと答える。
リラは亜麻色のポニーテールを揺らしながら、少し俯き加減だった。
アコルディアは、リラとシルヴィアの戦闘技術も並以上ではあったが、魔法士であるアリーナの力が圧倒的すぎ、パーティーを支配していた。
アリーナは、魔力の強さこそが全てだと信じており、彼女にとって、剣士や弓士は魔法士の支援職でしかなかった。
「まったく、ボアの討伐ですら、アンタたち二人が必要なんて、効率が悪いわ」
「でも、アリーナ。ボアの突進は結構速いし、不意打ちもあるから…」
「シルヴィア。私の攻撃魔法の前では、ボアなんて一瞬で蒸発するわ。アンタたちがすることは、私が魔法を使うための安全な立ち位置を確保することだけよ」
シルヴィアは、口をつぐんだ。
アリーナが、パーティーの中心人物であることは確かだ。
彼女の攻撃魔法は強力で、負傷しても治癒魔法で一瞬で回復してくれる。
だが、その強さが、リラとシルヴィアの自信をじわじわと削いでいく原因でもあった。
(私がいるから、アンタたちみたいな低級な戦力でも、まあ、冒険者として形になっているだけなんだから、感謝しなさいよね)
アリーナの内心が、言葉の端々に、にじみ出る。
リラとシルヴィアは、内心反発しながらも、その圧倒的な魔力と治癒までこなしてしまう万能さに、何もいい返せずにいた。
剣士のリラは、ここ数ヶ月で頭角を現した実力派の四人組パーティーのエンビヤージに憧れていた。
ドラゴン討伐という偉業を成し遂げた彼女たちの存在は、リラにとって、剣士が魔法士の引き立て役ではないことを証明する光だった。
リラは、エンビヤージの剣士たちが、いかに自信を持ってその剣を振るうかを知っていた。
彼女たちには、アリーナのような「魔力こそ全て」という考え方に引け目を感じる要素が一つもない。
(あの剣士たちは、どういう気持ちで剣を振るっているんだろう……)
リラは愛用の剣の柄を握りしめた。
しかし、このパーティーの中で、そんな憧れを口にできるわけがない。
アリーナは、エンビヤージの構成を見て「魔法士と治癒師が二人なんて、三流パーティーね」と一蹴するのが目に見えていたからだ。
今日の依頼は、村の近くに出没するボアの討伐だ。
アリーナは終始、「こんな低級な依頼、私の実力に見合わないわ」とグチをこぼしていた。
森の奥深く、獣道に巨大な猪の姿が見えた。
しかし、それは村人がいっていた普通のボアとは、明らかに異質だった。
体毛は鈍い銀色に輝き、その皮膚の表面には禍々しい文様が浮かび上がっている。
一回り大きく、筋肉の塊のようだ。
「あれはボア? 何だか、ちょっと変じゃない、アリーナ?」
シルヴィアが弓を構えながら、不安げに尋ねた。
「たぶん変異種でしょ。しょせんボアよ。リラとシルヴィアは下がっていて。一瞬で終わらせるわ」
アリーナは鼻で笑うと、一歩前へ出た。
彼女の魔力が一気に高まる。
周囲の空気が熱を帯び、リラの肌をチリチリと刺激した。
「炎よ、焦がし尽くせ、フレイム・バースト!」
彼女の手から出た炎の塊は、巨大なボアの分厚い皮膚に直撃した。
しかし、炎はまるで水面に落ちた油のように、体表を滑り、そのまま霧散してしまった。
ボアはまるで熱さを感じていないかのように、頭を上げて不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「なぜ!?」
アリーナは目を見開いた。
彼女の攻撃魔法が、まるで効かない。
「魔力遮断? まさか、ヘックス・ボア!?」
ヘックス・ボアは、強靭な体躯に加え、その銀色の体毛が対魔法性を持つ特殊な魔物だ。
特に火や風などの属性魔法を完全に弾き、魔力が主体となる魔法士にとっては天敵といえた。
「どうして… どうしてこんな依頼を受けてしまったのよ! 魔法で倒せないなんて屈辱だわ!」
アリーナは、動揺と怒りで顔を真っ赤にする。
彼女の魔法こそが最強というプライドが、目の前の現実に粉々に砕かれそうになっていた。
「ただのボアって聞いていたのに! 依頼を出した村人が、ボアとヘックス・ボアの違いも判らない、魔法を知らないバカなのね」
彼女は、怒りを、ボアではなく、情報提供者の村人に向けて浴びせ始めた。
その瞬間、ブチッ、と何かが切れる音がした。
怒鳴り散らすアリーナに向かって、ヘックス・ボアは強靭な蹄で地面を蹴り、雄叫びを上げて突進してきた。
「アリーナ! 危ない!」
リラが叫ぶ。
突如として、魔法士主力のパーティーは、その自慢の火力を失い、ただの獣の突進を止められない危機に陥ったのだった。
ヘックス・ボアの突進は、あまりに速かった。
「きゃあ! ボアが!」
アリーナはパニックに陥り、治癒魔法を使うどころか、その場から動くこともできない。
「リラ! シルヴィア! な、何とかしなさい!」
アリーナは、危機に瀕して初めて、彼女たちが「支援職」としてではなく、「戦力」として必要なことを思い出したかのようにわめき散らした。
「くっ!」
剣士のリラは、とっさに愛用の剣を抜き、突進の脇腹を目掛けて突く。
しかし、ヘックス・ボアの皮膚は硬く、剣の切っ先は僅かに食い込むだけで、まるで岩を突いたように弾かれてしまった。
ボアは軌道をわずかに変え、リラに向かって牙をむく。
「ハッ!」
絶体絶命。
リラは、死を覚悟した。
そのときだった。
「危ないッ!!」
一瞬の風。
リラの目の前に、剣をにぎる女性の背中が現れた。
彼女の筋肉は、鎧の上からでもわかるほど引き締まり、その立ち姿は岩のように揺るがない。
ドォン!
女性の剣が、ヘックス・ボアの頭部を横から完璧に捉え、巨体を横に吹き飛ばした。
吹き飛ばされたヘックス・ボアは、木々をなぎ倒しながら数メートル転がり、よろめきながらも立ち上がった。
その頑丈さは本物だ。
「エレノア、やるねえ~」
そこにいたのは、女子だけの四人組パーティー、エンビヤージ。
剣を振るったのは、エレノアだった。
彼女は剣を肩に担ぎ、フッと鼻で笑う。
「ブリジット! 見てないで、アンタも働きなよ!」
「ここは、エレノア様に任せようと思って…」
「なにが、エレノア様だよ!」
そして、エレノアはリラに声を掛けた。
「大丈夫?」
リラは、エレノアを見つめた。
(うわぁ、エンビヤージだ…)
リラは、憧れのパーティーとの突然の出会いに、恐怖を忘れて呆然と立ち尽くした。
「あなたたちは新人さん? 気をつけた方が良いわよ。ヘックス・ボアは強いから」
少し遅れてきた治癒師がいった。
「ジョアンナのいうとおりだよ。ボアといっても油断できないよ」
ブリジットがいう。
そのそばに、魔法士ミラベルも立っていた。
彼女は、炎のような真っ赤な髪を揺らして、ヘックス・ボアをにらんでいる。
その光景を見て、ようやく事態を理解したアリーナは、自分たちが助けられたという事実を認められず、すぐさま自分のプライドを修復しようと、声を張り上げた。
「何? アンタたち? よけいなお世話よ!」
アリーナは、自分たちが失敗しているところを見られた屈辱と、憧れであるエンビヤージに助けられたリラの内心を知らず、ただただ怒りに震えていた。
すかさず、リラが彼女に説明した。
「アリーナ! エンビヤージだよ! ドラゴンを討伐したっていう、実力パーティーの!」
アリーナの怒りは、収まらない。
「このパーティーが、エンビヤージ?」
ジロリと四人を見ていう。
「剣士が二人もいて、魔法士と治癒師の二人? ムダだわ!」
ミラベルの顔が、みるみるうちに怒りで歪んでいった。
「ムダ? 魔法士と治癒師の二人いるのが悪いっていうの!? あんたに文句をいわれる筋合いはないわ!」
「あら、吠えるわね。ダメ魔法士ほど、よくしゃべるっていうけど、本当ね。魔法士とは全ての属性を操り、治癒できる者のことをいうのよ! アンタたちみたいな構成で、ドラゴンを倒せるわけがないわ! どうせ、誰かの手柄を横取りしたんでしょ!」
ジョアンナは、アリーナの言葉を聞いて、沈黙した。
自身の魔力の低さを気にしていたからだ。
しかし、エレノアとブリジットは、そんなアリーナの挑発にまったく動じない。
「本当のことは、アタシら自身が知ってるさ」
「よく吠える魔法士は、どっちかね?」
二人は、ヘックス・ボアと距離を取るアリーナたちを見もせずにいった。
「ミラベル、腹が立つのはわかるけど、ケンカしても仕方ないよ。さっさと片付けよう」
「…わかったわ、エレノア」
エレノアは剣を構え、ブリジットも剣を抜いて距離を詰める。
「じゃあ、いくよ!」
エレノアが、再び突進してきたヘックス・ボアに対して、剣で真正面から受け止める。
その衝撃は、地面の土を巻き上げ、リラの顔に土煙がかかるほどだ。
ギチギチギチ!
ヘックス・ボアは、その巨体全てを乗せた突進で、エレノアを押し込む。
しかし、エレノアは冷静な表情で、微動だにしない。
「ブリジット、今!」
エレノアの合図に合わせ、ブリジットの剣が、ヘックス・ボアの首筋の隙間に叩きつけられた。
ザクッ!
深々と剣が食い込む。
ブリジットは、その一撃に自身の肉体的な限界まで魔力を込めていた。
「ぐがッ…!」
ヘックス・ボアが悲鳴にも似た声を上げ、体勢を崩したその瞬間、ブリジットは剣を回転させながら振り抜き、エレノアは剣で再び猪を弾き飛ばした。
「ミラベルッ!」
「おっけー!」
魔法防御が無効化された傷口めがけて、ミラベルの放った火魔法が、一点集中で注ぎ込まれる。
「ファイアーボールッ!!」
それは、螺旋を描いてヘックス・ボアの首元の傷口に穿たれる、炎の槍だ。
対魔法性を持つヘックス・ボアであっても、防御が破られた箇所から焼かれればひとたまりもない。
ヘックス・ボアは、断末魔の叫びを上げることなく、全身を炭化させながら、その場に崩れ落ちた。
わずか数十秒。圧倒的な力量差を見せつけられたアコルディアの三人は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
ヘックス・ボアの討伐は完了。
四人は、まるで散歩でも終えたかのように、自然体で討伐した魔物から素材を採取し始めた。
「ほら。アリーナ…だっけ? これ、討伐証明だよ」
エレノアは、ヘックス・ボアの牙を削り取り、茫然自失としているアリーナに無造作に放り投げた。
「アンタらの報酬になるから、持っていきな。私たちは、いらないからね」
「あ、あ…」
アリーナは何もいえず、エレノアが放り投げた牙を、震える手で受け止めた。
彼女の顔には、先ほどの傲慢さはどこにもなく、ただただ屈辱と混乱が浮かんでいる。
「エレノア、あの娘、まだ何かいいたそうだぞ?」
ブリジットが、エレノアにつぶやいた。
「別にいいさ。アタシらはアタシらの仕事をするだけだよ」
エレノアはそういい残し、ブリジット、ジョアンナと共に、さっさと森の奥へと歩き去っていった。
ミラベルは、アリーナをチラリと見て、その後を追う。
リラは、憧れのエレノアに助けられたにも関わらず、恥ずかしくて何もいえなかった。
ただ、エレノアの戦闘での姿が、脳裏に焼き付いていた。
村に戻る道すがら、リラは意を決して口を開いた。
「アリーナ… 私、エンビヤージに、お礼をいいたかったんだけど…」
「お礼? なんで、そんなことをいわなきゃならないのよ!」
アリーナは突然、神経質に声を荒げた。
「私たちをバカにしたあの女たちに、頭を下げるの? 絶対に嫌よ! 私の魔法が効かなかったのは、ただの情報不足! アンタたちの剣と弓が、私の魔法に匹敵するほどの威力を持っていなかったのが悪いのよ!」
「……」
リラは愕然とした。
アリーナは、あの圧倒的な事実、つまり、ヘックス・ボアという対魔法性の魔物に対して、剣士と魔法士の連携こそが有効だったという事実を、全く認めようとしない。
シルヴィアも、力なくアリーナを見つめた。
「でも、アリーナ。リラと私が、いくら頑張っても、あの二人の剣士には、とうてい敵わないよ…」
「それは、アンタたちの問題でしょ! 魔法士こそが最強。それは絶対的真実よ! 」
リラとシルヴィアは、黙るしかなった。
その日の夜。
アコルディアの三人は、食事のために、村の酒場を訪れていた。
しかし、酒場の喧騒の隅で、楽しげに談笑する一団を見つけ、三人はその場に立ちすくんだ。
エンビヤージだった。
「いやー、今日は依頼の後に、もうひと仕事あって、疲れたねえ~」
「エレノアがカッコつけちゃって、ボアの牙を渡しちゃうから…」
「ちょっとカッコつけすぎたかな~」
エレノアが、頬を赤らめながらビールジョッキを傾けている。
彼女の隣には、ブリジットが、豪快に笑っていた。
ミラベルも笑いながら答えた。
「エレノアは、すぐカッコつけたがるからな~」
「ま、ちょっと調子に乗っちゃったな。今日の酒代はアタシ持ちでいいよ!」
「大丈夫? エレノア。ムリしなくていいのよ? ああ、そうそう、今日助けた新人、アコルディアだっけ?」
ジョアンナがいった。
「…あのパーティー、上手くいってないらしいわよ。ウワサでは、魔法士が強すぎて、他の二人が萎縮しているって」
「へぇ、どんなに魔力が強くても、全員の力が出てないと、パーティーは上手くいかないのにな」
ブリジットが、酒を飲んでポツリといった。
「なんか、あんまり楽しくなさそうだったよな~」
彼女の言葉は、酒場の喧騒に掻き消されることなく、リラとシルヴィアの耳に、深く突き刺さった。
リラは、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
彼女が憧れたエンビヤージは、まさに絆と信頼で成り立っている、最強のパーティーだった。
リラの憧れは、間違いではなかった。
リラとシルヴィアは、ただ黙って、憧れと羨望と、そして深い劣等感を持って、四人の楽しそうな光景を見つめていた。
しかし、その隣で、アリーナは拳を握りしめ、憎々しげにエンビヤージの四人をにらみつけていた。
「バカな女たちね… あんな単純な物理攻撃でヘックス・ボアを倒したからって、それが何になるのよ! 魔法防御を突破できたのは、たまたまに過ぎないわ!」
アリーナは、先ほどの圧倒的な光景を、都合の良いように解釈し始めた。
「私の魔法士としての実力は、あのパーティーの誰よりも上よ! 攻撃と治癒を一人でこなせる万能さこそが、最強の証明だわ。あんな戦法、魔法士を抱えられない弱者の戦略だわ! 魔力こそが全てなのよ!」
彼女の瞳は、酒場の照明の中で、依然として傲慢で、固執した強い光を放っていた。
アコルディアの、いびつな均衡は、まだ崩れそうにはなかった。




