第十章 修行でレベルを上げよう
依頼の報告を終えた夜。
ギルドで、ミラベルはひとり、明かりの火を見つめていた。
風でゆらゆらと、炎が揺れる。
それを見ていると、どうしてもあのときの光景が頭に浮かぶ。
――火球を放った瞬間、レイヴンに怒鳴られた。
――そして、あの人がダイアウルフを一撃で倒した。
自身の火球は、誰も守れなかった。
「ミラベル?」
ジョアンナの声がした。
白い外套を着た治癒師は、ミラベルに歩み寄った。
「思い出していたの?」
「うん。『使えない』だって…」
「ちょっと、厳しかったね。でも悔しいって思えるのは、いいことよ。あまり落ち込まないで…」
「落ち込んでないし…」
そして、火を見ながら、いった。
「でも、どうしたらいいのかも、わからない…」
ジョアンナは、ミラベルを見つめて、きっぱりいった。
「練習しかないでしょ。明日から、私が見てあげる」
「えっ、ジョアンナが?」
「治癒魔法は、精度が必要なの。だから、何か教えられると思うわ…」
「でも、ジョアンナ厳しそう…」
「やってみる前から、そんなこといわないの。一緒に頑張りましょう」
その言葉に、ミラベルは小さくうなずいた。
翌朝。
まだ朝霧が立ちこめる中、ジョアンナとミラベルが向かい合っていた。
ここは町中から少し離れた場所。
「じゃあ始めるわよ。まず、呼吸を整えて」
「呼吸?」
「魔法は、心のありようと呼応するの。乱れた心で撃つ魔法は、乱れた弾道になるわ」
ミラベルは、深呼吸する。
だが、胸の奥のモヤモヤは消えない。
「慎重に狙って」
ジョアンナがいう。
ミラベルは、標的の岩をじっと見つめて、叫ぶ。
「ファイアーボールッ!」
そして、杖を振り下ろした。
――ボフッ。
火球は、岩のすぐ手前で爆発。
煙だけが上がる。
「…ダメ?」
「はい、ダメ」
ジョアンナの判定は、即答だった。
「火力を落とさないで。そんなヘロヘロ火球、実戦じゃ役に立たないわ」
ミラベルは何度か試みるが、上手くいかない。
「術式は?」
「えーと、勘でやってるから…」
「それじゃあ、範囲も威力も定まらないわ」
「でも、覚えられないよ」
「また、そうやって逃げるの?」
ジョアンナの声が、少しだけ強くなる。
「自分と向き合わないと成長しないわ。エレノアを助けたいんでしょ?」
ミラベルは、唇を噛んだ。
「…うん」
「じゃあ、やるわよ! 何度でも!」
ジョアンナは、真っ直ぐにいい切る。
その瞳には、炎とは違う、確かな熱があった。
何度も、何度も失敗した。
爆発。
煙。
焦げた地面。
ミラベルは息を切らしながらも、杖を離さなかった。
「…もう無理だよ」
「まだ一回も、成功してないじゃない」
「ジョアンナと私じゃ違うの! 私、不器用なんだよ!」
「う~ん…」
ジョアンナは、目を閉じて考え込んだ。
そして、ふっと表情を和らげた。
「じゃあ、アプローチを変えましょう」
「?」
「あなた、恋人が欲しいんでしょ?」
「な、なに、その話の飛び方?」
「恋愛も魔法も同じ。自分をコントロールできれば、うまくいくわ」
「えっ? ジョアンナって、そんなに恋愛上手だっけ?」
「私はしないだけ。『しない』と『できない』は違うわ」
「…思い込みが、ヤバい」
その瞬間、ミラベルの脳裏にひらめきが走った。
「思い込み…」
「え?」
「そうだよ! 思い込み!」
「ん?」
「ジョアンナとワタシの違いは、『思い込み』なんだよ!」
「うん?」
「ワタシは出来る女…! ワタシは恋も魔法も完璧な女…!」
ミラベルの目が輝く。
「ちょ、ちょっと、何のスイッチが入ったの!?」
手の中に、火の球が灯った。
その光は、これまでよりもずっと小さく、しかし密度が高い。
「――ファイアーボールッ!!」
ドンッッッッ!!
眩い閃光と爆音。
火球が一直線に飛び、標的の岩を正確に撃ち抜いた。
「…え、ウソ」
ジョアンナが、目を見開く。
「や、やったあああっ!!!」
ミラベルが、飛び跳ねる。
「見た!? 今の!?」
「ええ、見たわ… ていうか、爆風で前髪が焦げたわ」
「ごめん!」
「でも…」
ジョアンナは、小さく笑った。
「本当に、やったじゃない」
「うんっ!」
その日から、ミラベルの火球は明らかに変わった。
正確で、威力があり、人には決して当たらない。
そして―― なぜか撃つ前に、ジョアンナをチラッと見るクセがついた。
まるで『あの思い込みの強い人になったつもりで』とでもいうように。
「…あの子、なんか誤解してない?」
ジョアンナは、ため息をついた。
数日後。
ギルドの扉をくぐったとき、聞き覚えのある気だるい声が響いた
「おお~ 爆裂っ娘ちゃん、どうしてる~?」
振り向くと、立っていたのはレイヴンだった。
ミラベルの、顔が固まる。
「レイヴン・ソーン…」
「元気~?」
「火球、ちゃんと撃てるようになりました」
ミラベルが、胸を張る。
「ワタシ、やればデキる人なんで」
レイヴンは一瞬驚き、それから笑った。
「ふふふ、いい顔だね~ じゃ、また戦お~」
その笑みには、あの日の戦場で見せた冷たさではなく、少し温かさがあった。




