第一章 エレノア、ミラベル、そしてブリジット
ここは、エルドフェル王国のカプリ―の村。
剣を振るう音が、山にこだました。
「やあああッ!」
木剣を振り下ろすのは、まだ十代前半の少女。
栗色の長い髪を後ろで束ね、目つきは妙に鋭い。
「どう? アタシの剣技!」
胸を張る少女エレノア。
村の子どもたちが木登りをして遊ぶ中、彼女だけは「剣士になる」といって、毎日山で木剣を振り回していた。
「うーん… 強そうには見えるけど…」
「『強そう』じゃないよ! 強いんだって!」
「まあ、それは良いんだけどさ… でもエレノアって剣を振りすぎて、体がムキムキになってきてない?」
隣で杖を抱えた赤毛の少女が、クスッと笑った。
彼女の名はミラベル。
生まれつき魔力値が高く、魔法学校に進めるのではと言われていたが、村の稼ぎでは入学金を払えるはずもなく、独学で魔法を学んできた。
本人は制御が下手で、よく失敗していた。
「む、ムキムキじゃないし! これは『剣豪の証』なのッ!」
「でもさ、この前、村の井戸の桶を持ち上げたとき、おじさんたちより力強かったよね?」
「いいのよ! おじさんたちが鍛えてないだけなんだから!」
エレノアは顔を真っ赤にして反論した。。
確かに、力自慢の農夫より重い荷物を軽々持ち上げてしまったのは事実だ。
「たしかに… モテから遠ざかっている気はする…」
「いいじゃん! へなちょこ男子より、エレノアの方がかっこいいよ!」
「そうかな?」
「そうだよ! ワタシだって、魔力の暴発でよくその辺を焦がして、変人扱いされてるけど…」
ミラベルは独学で魔法を学んだせいで、自分の好きな魔法しか勉強したがらなかった。
その結果、攻撃系の魔法ばかり得意になってしまったのだ。
そんな二人は、村の男子から、異端視されていた。
「こないだは、家を燃やしそうになってたね」
「それは私の魔力が、スゴいからだよ!」
ミラベルは、得意げに杖を振った。
「ほら、見てて! ファイアボ―…」
「やめろお! 山を火事にする気か!」
エレノアは慌てて、彼女の腕を掴んだ。
二人は村の男の子にはモテてなかったが、心の底から信じ合っていた。
エレノアは「冒険者になる」と日々自分を鍛え、ミラベルの魔法の腕を磨いた。
ある日。
そんな娘が心配になった、エレノアの父親はいった。
「おまえはずっと剣の修行を頑張っているようだけど、正式に剣術を習ったわけじゃない。冒険者にはならなくてもいいんじゃないか」
「え?」
次の日。
父親に心配されていると感じた彼女は、ミラベルとともに山に入った。
「どこ行くの?」
「いや、親が冒険者になれるか心配してるみたいなんだ」
「へえ」
「だから、冒険者になれると証明しなきゃと思って…」
話を聞いて、ミラベルはいった。
「確かに!」
二人は森の中を歩き回って、ボアを見つけた。
ボアは二人を見ても、変わらず草を食べ続けた。
二人を脅威と見なさなかったからである。
「やるぞ」
エレノアがいうと、ミラベルもうなづいた。
まずエレノアが、ナイフで襲い掛かる。
「ピギィイイッ!!!」
鳴き声を上げて、歯向かって来た。
「エレノア! 退いて! ファイアーボールを撃つから!」
「ダメだ! アタシが剣でコイツを倒さなきゃ意味がない!」
普通のボアに、何度も何度もナイフを刺し、自身もボロボロになった。
「大丈夫~?」
エレノアはやられそうにはなく、飽きて来たミラベルが聞いた。
「何とか!」
そのときだった。
「グオオオッ!」
茂みの奥から、ひとまわり、いや三まわりぐらい大きなボアが出て来たのだ。
「親?」
ミラベルが、杖を構えて叫んだ。
「ファイアーボール!」
親ボアに当たった。
「グオオオオオオッ!!!!!」
ダメージは与えたが、より怒らせてしまったようだ。
「ファイアーボール! ファイアーボール! ファイアーボール!」
あわてたミラベルが魔法の限り、火球をぶち込む。
二人は何とか、親子ボアを仕留めることが出来た。
村に帰った二人は、胸を張っていった。
「これで冒険者になっても良いでしょ!」
誇らしげな娘の顔を見て、彼女の父親はいった。
「危険だったんじゃないか。…これからは逃げることも、考えながらやるんだぞ」
彼は娘に冒険者になるのをやめさせるのは、ムダだと悟ったのだった。
数年後。
「というわけで! 冒険者ギルドに登録しにきました!」
エレノアは勢いよく扉を開け、冒険者ギルドにミラベルを引きずり込む。
ギルドの中は、既に冒険者たちでごった返していた。
汗臭くて、酒臭くて、ざわざわとした熱気が充満している。
「へええ… ここがねえ…」
「ここから、アタシたちの伝説が始まるのよ!」
「伝説って… 見てよ、周り。すっごい目で見てる…」
周囲の冒険者たちが、クスクスと笑っていた。
「いつもの新人のバカか…」
「何の知識もない…」
「すぐやめるさ…」
その言葉に、エレノアの顔が曇る。
だが、ミラベルがそっとつぶやいた。
「怒っちゃだめだよ…」
「…くそっ …わかってらあ。自分の腕で証明してやるよ」
歯ぎしりしながらも、エレノアは飲み込んだ。
彼女たち二人組のパーティー、エレミアは、小さな依頼から少しずつこなし、笑われながらも結果を出していった。
ただ、二人とも経験が足りていなかった。
簡単な依頼も失敗をして、信用もされない。
二人だけでは、限界が見えていた。
「おい、あんたら」
そんなとき、ギルドで声をかけてきたのが、一人の女剣士だった。
長い金髪を後ろで三つ編みにし、鋭い眼差しを持つ。
「…なによ」
「アンタら、見てて危なっかしいんだよ。魔術師は魔力暴発するし、剣士は突っ込みすぎて怪我するし」
「なんだって!?」
「事実だろ!」
エレノアがむきになったが、ミラベルも苦笑いする。
「うん、否定できない…」
「おいッ! ミラベルッ!?」
金髪の剣士は、小さく息をついた。
「ブリジット。あたしも剣士。一緒に、組んでやってもいい…」
「…ずいぶん上からだなあ」
「経験は上だからね」
「実力は下だけど?」
「やかましいわ! で、どうするんだ?」
二人は顔を見合わせた。
たしかに、このままでは厳しい。
「…じゃあ、組んであげるよ」
「上からだなあ」
「実力は上だからね」
「『自信だけは』の間違いじゃない?」
「何だとぉ!!」
ブリジットはパーティーを組んでいたが、クビを切られたという。
「仲間は男の方が良いんだってさ。能力は変わらないのに…」
試しに組んでみたが、力はエレノアと同等。
そのうえ、経験もあるので、要領よく依頼をこなせる。
二人はブリジットを歓迎した。
女三人組パーティー、エレンブリッジの誕生である。