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追放された令嬢の逆転

作者: 月見山 しん

## 第一章 婚約破棄の宣告


アリシア・ローゼンベルク侯爵令嬢は、王宮の謁見の間で膝を震わせていた。金髪に青い瞳を持つ美しい令嬢だったが、今の彼女の顔は青ざめていた。


「アリシア・ローゼンベルク、お前を第三王子リオンとの婚約を破棄し、王国から追放することを宣告する」


王座に座る国王の冷徹な声が、大理石の間に響き渡った。周囲に居並ぶ貴族たちは、まるで劇場の観客のようにアリシアを見つめている。


「な、何故でございますか!」


アリシアは必死に声を振り絞った。しかし、国王の隣に立つ第三王子リオンは、彼女を見ることすらしなかった。


「お前が平民の娘エリーゼを虐めていたことが発覚した。王族の婚約者として相応しくない品性だ」


リオンがようやく口を開いた時、アリシアは愕然とした。エリーゼ・ミラー――元々は平民だったが、稀少な光魔法の才能を持つことで王立学院に特待生として入学した少女。確かにアリシアは彼女を快く思っていなかった。しかし、虐めなど行った覚えはない。


「殿下、それは誤解です!私はエリーゼ様を」


「証拠もある」


リオンは冷たく遮った。そして、彼の後ろから現れたのは、涙を浮かべたエリーゼだった。茶色の髪に緑の瞳を持つ可憐な少女が、震える声で証言を始める。


「アリシア様は私を階段から突き落とそうとしたり、魔法の練習を邪魔したり…とても怖い思いをしました」


嘘だ、とアリシアは心の中で叫んだ。確かに冷たい態度を取ったことはあったが、暴力など振るったことは一度もない。むしろエリーゼが転んだ時に手を差し伸べたことさえあったのに。


しかし、誰もアリシアの言葉に耳を傾けようとしなかった。


「アリシア・ローゼンベルク、明日の朝までに王都を出よ。二度と戻ることを禁ず」


国王の最終宣告と共に、アリシアの人生は終わった。


## 第二章 森の小屋での出会い


王都から馬車で三日間。アリシアは辺境の森にある小さな小屋に辿り着いた。ここは亡き祖母が隠居生活を送っていた場所で、今は誰も住んでいない。


小屋は古いが清潔で、最低限の生活用品は揃っていた。アリシアは持参した僅かな荷物を置くと、窓辺に腰を下ろした。


「私の人生、これで終わりなのね…」


涙がこぼれそうになった時、小屋の扉が静かに開いた。


「失礼、人がいるとは思わなくて」


振り返ると、そこには見知らぬ男性が立っていた。黒髪に深い藍色の瞳、整った顔立ちをしているが、質素な旅人の服装をしている。


「あ、あなたは?」


「俺はカイという。この辺りを旅している者だ。ここは空き家だと聞いていたが…」


「私、アリシア・ローゼンベルクと申します。この小屋は祖母の家で…事情があって住むことになりました」


カイは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。


「それなら俺が出て行こう。すまなかった」


「い、いえ!もしよろしければ…この小屋は広いですし、しばらくお泊まりになっても」


自分でも驚くほど、アリシアは咄嗟にそう言っていた。一人でいると、追放された現実と向き合わなければならない。この男性といれば、少しでも気が紛れるかもしれない。


カイは少し考えてから、頷いた。


「それなら、お言葉に甘えさせてもらおう。家事は得意だから、居候代わりに手伝わせてくれ」


## 第三章 新しい日々


カイと共に過ごす日々は、アリシアにとって新鮮だった。朝は彼が作る朝食で始まり、昼は二人で森を散歩し、夜は暖炉の前で他愛ない会話を交わす。


「カイ、あなたは何をしている方なの?」


ある夜、アリシアは好奇心に駆られて尋ねた。


「特別な職業じゃないよ。強いて言うなら…問題を解決する仕事かな」


曖昧な答えだったが、アリシアはそれ以上追求しなかった。彼女自身も、自分が追放された元侯爵令嬢だということを詳しくは話していなかった。


日が経つにつれ、アリシアはカイに惹かれていく自分に気づいた。彼は優しく、聡明で、何より自分を一人の人間として見てくれた。王都にいた頃のような、地位や財産で判断されることがない。


「アリシア、君は本当はどんな人なんだ?」


ある日の散歩中、カイが突然そう尋ねた。


「え?」


「最初に会った時から思っていたが、君は普通の平民じゃない。立ち居振る舞い、話し方…明らかに上流階級の教育を受けている」


アリシアは立ち止まった。もう隠しきれないと悟った彼女は、ゆっくりと口を開いた。


「私は…元侯爵令嬢です。王都から追放されて、ここに来ました」


そして、婚約破棄の経緯、エリーゼの嘘、全てを話した。カイは黙って聞いていたが、時折憤りを込めた表情を見せた。


「ひどい話だ。君は何も悪くないのに」


「でも、結果的には良かったのかもしれません。あの生活は…本当の私ではありませんでした」


アリシアは微笑んだ。確かに追放は辛かったが、カイと出会えたことを考えると、運命だったのかもしれない。


## 第四章 カイの正体


平穏な日々は一か月ほど続いた。しかし、ある朝、小屋の前に馬車が止まった。中から出てきたのは、王室の紋章を身に着けた騎士たちだった。


「失礼いたします。こちらにカイ様はいらっしゃいますでしょうか」


アリシアは困惑しながらも、カイを呼んだ。現れた彼を見て、騎士たちは深々と頭を下げた。


「陛下がお呼びです。早急に王都へお戻りください」


「陛下?」アリシアは混乱した。


カイは複雑な表情を浮かべながら、アリシアの方を向いた。


「アリシア、実は俺には話していないことがある」


「何?」


「俺は…第一王子カイ・アルトリウス・ヴェルディアだ」


アリシアは耳を疑った。第一王子――王位継承権第一位の、あの伝説的な王子が、なぜここに?


「嘘…でしょう?」


「本当だ。俺は王宮の生活に疲れて、正体を隠して旅に出ていた。そしてここで君と出会った」


騎士の一人が口を開いた。


「殿下、第三王子リオン殿下の婚約者エリーゼ・ミラー嬢の件で、重大な発覚がございました」


## 第五章 真実の露見


王都に戻ったカイ(第一王子)とアリシアは、王宮で衝撃的な事実を知ることになった。


エリーゼ・ミラーが、アリシアを陥れるために偽の証拠を捏造していたのだ。さらに、彼女は隣国のスパイでもあった。光魔法の才能を隠れ蓑に、王国の機密情報を盗んでいたのである。


「な、なんということだ…」


国王は青ざめていた。隣には、同じく驚愕しているリオンの姿があった。


「兄上、これは一体…」


「エリーゼは既に逃亡を図りましたが、国境で捕えられました」王室魔導師が報告した。「彼女の部屋から、隣国への書簡と、アリシア様を陥れるための工作の証拠が見つかっています」


証拠の品々が並べられた。アリシアの筆跡を真似た脅迫文、彼女が暴力を振るったという偽の証言を集めるために賄賂として使われた金貨、そして隣国の印章が押された密書。


「アリシア様…申し訳ありませんでした」


リオンが深々と頭を下げた。しかし、アリシアの心はもう彼には向いていなかった。


「殿下、お気になさらないでください。真実が明らかになっただけで十分です」


## 第六章 ザマァの瞬間


エリーゼ・ミラーは王宮の地下牢に収監された。かつて光魔法の天才ともてはやされた少女は、今や見る影もなかった。


「アリシア様…どうか、どうかお許しください」


鉄格子の向こうで、エリーゼは泣きながら懇願した。


「私は…私はただ、愛されたかっただけなんです。リオン様に愛されたくて…」


「愛のために他人を陥れるなど、言語道断です」


アリシアは冷静に言い放った。


「あなたがしたことの重大さを、理解していますか?私だけでなく、王国全体を危険に晒したのです」


「でも、でも私だって辛かったんです!平民として生まれて、いつも見下されて…」


「それは私とて同じです」アリシアは遮った。「しかし、だからといって他人を傷つける理由にはなりません」


エリーゼは言葉を失った。その時、彼女の目に浮かんだのは、ただの後悔ではなく、アリシアへの嫉妬と憎悪だった。


「あなたは…あなたは何もかも持っていたじゃない!美貌も、地位も、財産も!」


「そして、それら全てを失いました」アリシアは静かに答えた。「しかし、失ったからこそ得られたものもあります」


アリシアは振り返ることなく、地下牢を後にした。復讐の快感ではなく、ただ一つの章が終わったという安堵感があった。


## 第七章 新たな始まり


謁見の間で、国王は正式にアリシアの無実を宣言し、追放処分を取り消した。また、多額の賠償金と、侯爵家の爵位回復も申し出られた。


「アリシア・ローゼンベルク、王国は君に多大な迷惑をかけた。どんな償いでも行う」


しかし、アリシアの答えは意外なものだった。


「陛下のお気持ちは有り難く存じますが、爵位の回復はお断りいたします」


「何?」国王は驚いた。


「私は、もう貴族としての生活を望みません。一人の人間として、自分の選んだ道を歩みたいのです」


その時、カイが前に出た。


「父上、俺からもお願いがあります」


「何だ、カイ」


「俺は王位継承権を放棄し、アリシアと結婚したい」


会場がざわめいた。第一王子の王位継承権放棄は、王国にとって重大事だった。


「カイ…」アリシアは驚いて彼を見つめた。


「アリシア、君と過ごした一か月は、俺の人生で最も幸せな時間だった。君となら、どんな困難も乗り越えられる」


カイは膝をついてアリシアの手を取った。


「俺と一緒に、新しい人生を始めてくれないか」


アリシアの目に涙が溢れた。それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。


「はい…喜んで」


## エピローグ 一年後


辺境の森にある小さな村で、カイとアリシアは結婚式を挙げた。カイは王位継承権を放棄した後、この村の領主となり、アリシアと共に村の発展に尽くしていた。


式には王都からリオンも駆けつけた。彼はエリーゼ事件の後、深く反省し、真の意味での王子らしい人物に成長していた。


「兄上、アリシア様、お幸せに」


「ありがとう、リオン。君も良い伴侶を見つけなさい」


カイが弟の肩を叩いた。


結婚式の後、夫婦となった二人は森の小屋を改装した新居で、静かな夜を過ごしていた。


「カイ、後悔はありませんか?王位を捨てて」


「全くない」カイは即答した。「権力や地位よりも大切なものを、君が教えてくれた」


「私もです。追放されたあの日は絶望でしたが、今思えば運命の分岐点だったのですね」


二人は暖炉の炎を見つめながら、静かに微笑んだ。


王都では、エリーゼが隣国への国家機密漏洩とアリシア陥れの罪で、終身刑を宣告されていた。かつて王子の婚約者として君臨していた彼女は、今や誰からも忘れ去られた存在だった。


一方、アリシアとカイの村は、二人の尽力により商業と農業が発達し、辺境でありながら豊かな土地となっていた。村人たちは、気取ったところのない二人の領主を心から慕っていた。


「アリシア、君と出会えて本当に良かった」


「私もです、カイ」


星空の下、二人は手を取り合って歩いていた。追放された令嬢と正体を隠した王子の恋は、最も美しい形で実を結んだのだった。


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