児童車
車を運転するには運転免許が必要。
子どもを育てるのにも免許が必要なのだ。
田中さんちはゴールド免許で、この時代『養育免許』がゴールドというのは非常に珍しい。無論、一切の手を施さなければ必然ゴールドとなるのだが、なまじっか放置したばっかりに不具合を起こすなんてのはザラである。
子どもはとても便利だ。彼ら彼女らの殊勲は養育者の称号となる。名誉となる。
佐藤さんも鈴木さんも高橋さんも、いかにして子どもの実績を上げるかという議題に、日々躍起になっていた。
「いけ! おれのポカチュー!」
「ぐあああ! やられた!」
「すげえよ〜、さっすがマサル」
得意げに「ヘッヘーン」と鼻を擦るマサル。
緑公園の山型滑り台はここのところ終日貸し切り状態で、クラスメイト三人が集って遊ぶにはもってこいの場だ。
野外でもブランコ、滑り台等で遊ぶでもなく携帯ゲーム機を駆使するなど、さすがは最近の小学生である。ナウいね。
「おいマサル、鳴ってるぞ」
「やっべ。あの人だ」
ガキ大将のポケットから流れるは着信ミュージック。
「出なくていいの?」
「めんどくせえ」
少年はマナーモードにするのをすっかり忘れていた。常に監視されるのなんてまっぴらごめんだ。
またぞろGPSを探られるのも嫌なので、電源を切った。
「第二ラウンドだ」
にやりと笑ったマサルは友人たちとの戦闘を再開した。
家に帰ると、マサルはしこたま叱られた。
やれ塾に行っていないだの、また携帯の電源を切っただの。
聞く子どもの辟易顔は養育者の怒りをさらにエスカレートさせる。
「なんだ、その顔は」
しまった、とマサルは思った。今日は火曜日だから『もう一人』もいたのか。
「母さん。私にも説明してくれ」
ネクタイを緩めつつ尋ねる夫。「ただいま」すら言わずに居間に入ってきた。永遠に残業していればいいものを。
妻はつり上がった眉のまま、難解な政治問題を取り扱うみたいに答える。
「そうか。ちゃんと整備に出したのか?」
「はい、こないだ……」
「ならばドライバーが悪い。怠慢だな」
「……何よ! あんたの給料じゃこの型でいっぱいいっぱいだった癖に! 田中さんちはね、トータ製のいい子どもで、」
「仕事から帰ってきた人間にその口の利き方はなんだ!」
ほらね。いつもこうやって晩ご飯が遅くなる。もう今日は食わなくていいや。
マサルは宛てがわれた狭苦しい子ども部屋に逃げ込んだ。明日、学校に行く時間まで閉じこもるのだ。
背後から「待ちなさい、マサル!」と声が聞こえたが、無視した。
部屋の鍵を閉めると、何かの防衛機制だろうか、訪れた眠気とともに布団へと沈む肉体。
「返品しようにも、保証期間が」
「やはり女の子がよかったかも」
「学校の問題行動、反社会意識」
「このままでは免停もありうる」
緑公園の山型滑り台は終日貸し切り状態で、ついに自分一人のみとなったマサルはいつものゲームをやっている。
「よくやるな、マサル」
皮肉めいた表情は、公園に来た友人の最後の言葉だった。
友人たちは塾へ行った。ドライバーには逆らえないのだと。それが車の生きる道なのだと。
大人たちは誰だってゴールド免許を取りたいのだ。車が社会に安全に運用されるための法律。性能の良い車を持つことは、所有者のステータスで。
受験勉強も本格化するシーズン、今や公園に子どもたちはいない。遊具もいずれ撤去されるだろう。そのうち駐車場にでもなるかもな。
「あら、お気の毒……」
遊具のてっぺんに寝転ぶマサルの耳に聞こえてきた近所のおばちゃんの声。
見ると、一台のレッカー車が市街に停車していた。
「田中さんちよ。いい車だったのにねえ」
「エッ! あの、可愛くて成績優秀の?」
「なんでも、自殺だって……」
「「「エエーーーーッ」」」
口を押さえて目を丸くするおばちゃんたち。
レッカー車に積み込まれたのは、ナンバープレートを外された中学生くらいの女の子だった。
顔をどこかで見たことがある。近所で有名な才女──いわば、ここいらで神童扱いされているっぽい娘だ。
去年だか一昨年だかまで一緒の小学校だったが、家でも外でもネタに上がるだけで、本人と会話を交わしたことはついぞなかったけれど。
「整備不良?」
「さあ……不具合なことは確かよね」
「トータ製でも、そんなことがあるんだぁ」
「あっ、でも保証期間は20年あったんだって」
「あら! それじゃ、取り替えてもらえるかしら!」
「よかった、よかった」
おばちゃんたちはホッと頬を弛緩させる。そのまま井戸端的にペチャクチャ喋くり、夕飯時になるにつれ三々五々帰路についた。
──田中さんちはゴールド免許を剥奪されるだろうか。
マサルはかぶりを振り、ゲームをセーブし終えると、自宅への道を歩き出した。錆びたように重い足を引きずりながら。
中学に上がる頃には、友人たちもすっかり利口になっていた。
彼らは気づいたのだ。自分が将来優秀なドライバーとなるために、今は優秀な車となることに徹するべきだと。現在優秀なドライバーも、かつては優秀な車だったのだと。
マサルの成績が相対的にグングンと劣悪になっていくのに、一学期分の時間もかからなかった。
いつからか、きっかけは些細なことだったろう。あるいは積もり積もった複合的な理由か。
マサルはひきこもりになった。
「〜〜、〜〜 〜、〜〜 、〜、〜!」
ドアをぶっ叩く音声に布団を被る少年。パソコンとエアコンとポカチューのフィギュアほどしかない部屋に、兵糧などなく。
あとは大体テンプレだ。不登校を取り戻せる期間は流れるように過ぎた。外の世界に自分の居場所を作るには、誰の期待も援護も足りなかった。
なぜ自分がかようにどうしようもなくなったのか、その予兆はあったのか。集合写真の真ん中に陣取り笑顔でピースする自分を、幼稚園のアルバムごと切り刻んでいる深夜。
何年か経った。外で大きな音がしたので、窓の目張りを解く。家の前に、見覚えのある車両が。
部屋のドアを開けると、廊下にいつもの燃料はなかった。燃料がないと車は動けない。否、もう動く必要もないのだと悟る。
「、〜 、、、 、〜、 、〜」
両親が何を言ったのか耳が聞き逃してしまったが、剥がされた己のナンバープレートにも、展開はとうに自明だった。抵抗虚しく複数の作業員に拘束され、停車していたレッカー車に載せられ、スクラップ工場へ。
(おれはポカチューだったんだな)
車はグチャグチャに粉砕され、その面影を消し去った。
Happy Birthday to You
Happy Birthday to You……
「お誕生日おめでとう〜、ヒナちゃん!」
「ヒナも大きくなったなあ」
「えへへー」
「やっぱ女の子よね、女の子。パパ、ヒナにメロメロよ」
「いや……」
「ほら、照れてる」
「てれてるーぅ」
「なんだよ、お前ら」
「「あははははは!」」
「……ったく」
「よかったわね、ヒナ。パパがいっぱいお仕事頑張ってくれたおかげで、あなたが生まれたのよ」
「今度は延長保証もちゃんと付けたからな」
「ちょっと」
「……ああ、すまん」
「えんちょーほしょうってなーに?」
「ほら、母さん」
「ええ、私? うーんと……いつまでも愛してあげるってことよ」




