正しい嘘
一気に話し終えてしまった後、エリシアはアイラの体をぎゅうと抱きしめた。その目は相変わらずアイラを愛おしげに眺めてはいたけれど、もう、微笑んではいなかった。
(言えなくなっちゃったなぁ)
アイラはぼんやりとそんなことを思った。
本当は、自分が転生者であることを伝えようと思っていたのだ。
一生内緒にして生きていくのが普通だとは知っていたが、アイラは、自分がそれを容易に、貫き通せるほどには強くなくて、賢くないことを知っている。
10年単位で子供だと思っていた人が赤の他人だと知るよりは、早めに伝えてしまった方がショックは少ないかもしれない。そう思った。
ただ、
(多分、この人は耐えられない。本当の娘はもう死んでしまったという事実に)
─── 人には『知らない方がいいこと』というものがあると私は思う。
無知は時に幸せを保つために必要不可欠なものとなる。世界の全てを知ってしまったら、そこに残るのは絶望だけ。
知らないから、無知で愚かだから、希望を持てる。幸せでいられる。
みんなそう。私だって、母だって、みんな。きっとそう。
だって、もし、あの時。あの時私を轢いた自動車の運転手が、飲酒運転をしていたと知らなければ。
それを見ていた通行人が通報もせず通り過ぎていなければ、足を失っていなかったかもしれないことを知らなければ。
クラスメイトが私のことをいい気味だと笑ったことを知らなければ。
私は、誰も恨むこともなく学校に通って、就職して。マッチングアプリなんて使わなくても恋愛できて。
死ぬこともなくて。
(だから、母には一生秘密にしないと。何があっても)
だって ─── 娘と同じ容姿の赤の他人を恨むことになってしまうかもしれない。
そしたら、母があまりにも可哀想だ。
「アイラは母が死ぬまでずっと一緒にいるよ」
だから多分、これは正しい嘘だ。
そう言い聞かせて、私は不器用に口角をあげた。