染狂ってやるっ!
「こうやって布に触れながら魔力を出すと染まるのよ」
「きれい…!」
アイラの目の前にある白い布にエリシアが触れると、一瞬で輝きを放つ宝石のような水色に変化した。
「染めるのが速ければ速いほど、綺麗に輝くの。ちなみに、この布はアルミラージの毛から作られた毛糸を使って作られているのよ」
「アルミラージ?」
「アルミラージっていうのはウサギの魔物のことよ。この国では出現しないけれど、弱い魔物で、白い毛が綺麗だから、よく布に使われるの」
魔物。そう、この世界ではアイラが前世で読んだようなラノベと同じように、通常の動物以外の生物が存在する。
体全体が魔力で覆われているという特徴を持ち、異常に気性が荒く寿命が短い。
体の内部に「魔石」という光を放つ石があることがほとんどで、その石が割と高値で売れるらしい。
でも…
「ウサギさん、ちょっと可哀想」
「私もそう思ってたんだけどね、びっくりするわよ。小さな体なのに、羊とか生きたまま食べるんだから」
「ひ、羊…」
羊を飼育して生計を建ててる人からしたら地獄である。何よりグロすぎる。
「まぁ、とにかく、この布を魔力で染める練習をしましょう。初めのうちは一気に出しすぎると気持ち悪くなっちゃうから空き時間にちょっとずつね」
全然過酷ではなかった。なんだったんだあの本は。昔は火潜りとかやっていたのだろうか。
「うん!」
このときは、
(楽勝じゃーんっ)
とか思ってたアイラは、わずか数分後に気づくことになる。
エリシアのレベルに追いつくのが、いかに難しいのか。
「おぉ、魔力出せる!」
さすがウォーカー家の遺伝を継いでいるだけあり、魔力を放出するのは一発で成功。見学などで、魔力という物質に触れる機会が多かったのもあるだろう。
「すごいわねアイラ」
自分の膝の上ではしゃぐ娘をエリシアは愛おしげに眺めた。
(初めてにしては器用だわね…魔力も多そうだし、伸び代はあるわ)
エリシアはアイラの指先を見て、ウンウンと頷くのであった。
【数分後】
「全然真っ白だ」
魔力を放出し続けていたアイラは手を止めた。目の前にあるのは相変わらず白い布。もちろん1ミリも変色していない。
「なんでだと思う?」
アイラは、助けを求めるようにエリシアの方を振り返った。
「今、アイラは布に魔力を染み込ませることはできていないわ。魔力は空気中に溶け込んでいて、布には何も影響を与えられていないの」
「え、えぇぇぇぇ!?なんで言ってくれなかったの?」
辺りの景色が滲んで、よく見えなくなる。さすが3歳児の涙腺。弱すぎてびっくりした拍子に、涙は引いた。
「そりゃあ、自分で考えながらやった方が上達が早いからね。どうする?糸を染める方法聞きたい?」
「じ、自分で探すもん」
優しい表情で静かに煽られ、アイラの赤く輝く瞳に火が灯った。
(絶対にこの布染め狂ってやるんだから!!)
【10分後】
「ちょっと色ついたぁぁ!」
「すごいわね!アイラ」
エリシアが嬉しそうに息を弾ませ、アイラの頬をふにふにしてくる。
(母の頬ひんやり柔らかくて気持ちいい…)
簡単なことだった。ただ、魔糸1本1本に絡ませるような想像をしながら、魔力を放出するだけ。
空気中に魔力を発し続けていた時、ふと、ラノベの定番である、『水を想像してたら無詠唱で魔法発言させられちゃった!?』現象を思い出し、やってみたのが辿り着けた理由である。
まあ、今回はこの方法が正規ルートであるが。
「最初のうちは、手の平全体を布に当ててやると効率がいいわよ」
「なるほど!」
アイラは布に、クリームパンのような白い手を押し付けた。心做しか、染まるスピードが加速する。
アイラはしばらくそれを眺めていたが、精神3歳児には、じっとしているという選択肢などない。
とは言っても、転生者であるアイラは、『常識』というしがらみにがんじがらめにされているので、魔力放出の練習を放り出して床にゴロゴロする、とかは死んでもできない。
だから、残る選択肢となれば、エリシアとくっちゃべるくらいのもんである。
そして────
それが、裏目に出た。
「そういえば、屋敷にお父さんはいないの?」
ちっちゃい子あるある。
爆弾発言事件発生
部屋の空気が、もう一度凍りついたのは、言うまでもない。
なぜなら……