表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

第1章 6話 大局観

「とりあえず、ここでおとなしくしていてください。食事は一日に三回、帝国軍の捕虜規則に従って同じ時間にお渡しします。他の方は少尉のように個室を与えられるほどに私たちの艦に余裕があるわけではありませんが、今のところは体調不良なども特にないようです」


 リノはとりあえず、手錠をかけてリリィを独房に放り込んでおいた。ナナに捕虜の扱いを一任されたからだ。まさかレグルスに戻ってきてから最初の仕事がこれだとは思っていなかったけれども、当分の間はゆっくりできそうで気持ちが休まる。いくらリノでも、単独行動で戦場を渡るのはかなり精神的な疲労が来ている。


「おい」


 独房から出て自室に戻ろうとしたところを、リノは呼び止められた。声の主は一人だけしかいない、リリィだ。


「一つだけ頼みがある。お前たちの大将、ナナ=ルルフェンズに会わせてくれ。話がしたい」


 ぎろりとこちらを睨んでくる目には確かに軍人らしい威圧感があったが、手を後ろで拘束されている状態では怖くも何ともない。そもそも、リノは自分のほうが銃を携帯しようとしていなかろうと勝てる自信があるから気にならない。ナナの言うとおりに丁重に扱う必要はあるが、リノは自分がナナほど優しいとは微塵も思っていない。


「なんでしょうか。要件なら私が伺います。准将という立場はあなたの想像しているよりも忙しいですから」


「違う、お前じゃあ足りない。大将の自らの話が聞きたい。あんなこと、どうすれば思いつくんだ」


 なるほど、そういうことかとリノは察する。これはきっと指揮官の性なのだろう。リノもその気持ちは少しだけわかる。ある程度、長い時間を共にして戦場という濃い場所で暮らしてきた。だけど、今回の作戦はあまりにもスムーズに動いていた。相手の動きまで完璧に読み切ったのだ。


 それをナナの口から説明されるところをリノも隣で聞いてみたかったけれども、それはやめておいた。


「あなたたちの敗因は、偵察機を惜しんで木星圏より後に私たちの艦隊を目視で確認しなかったこと。政治的理由があるとは言えども防衛軍の主力を宇宙に出したこと。そして、ナナを見くびったことの三つです」


 それだけ言うと、リノは他のドアと同じはずなのに少しだけ冷たく感じる独房の自動ドアを閉める。


 まず、ナナは木星から出港した時点で敵の偵察機とぶつかることを狙っていた。どうせ帝国の上層部ならばレグルスの位置など完璧に把握されているだろうから、ナナ達の情報を完璧に隠すにはお互いを騙すしかない。ただ、帝国軍上層部は未だに動きを見せていないわけで、つまりは反乱軍からの信頼を十分に得られていない可能性がある。


 ナナ達の位置と艦隊編成を完璧に知らせるためにも偵察機とぶつかるのは必須だった。さすがに早期の会敵は予想していなかったが、これを無傷で破ったことでリソースに余裕がないであろう反乱軍では偵察機を少なくともレグルスの航路上には下手に飛ばしてこない。仮に飛んできたとしてももう遅いのだ。


 巨大人型戦闘機アンドロマキア。それはその名前の通りに主に艦隊決戦で使われる人型の兵器である。戦艦への攻撃力を上げるために人型になり様々な武器を搭載、また機動力をあげるために航行距離などを犠牲にした。この兵器の登場によってオルディアスは大きな発展を遂げたのだ。しかし、ナナはメカニック班を総動員、偵察機との会戦でも多少の被害を負った他の戦闘機にもメカニックを回さずに改造を急いだ。


 航行距離を伸ばすためにブースターをつけ、武器は手持ちのレーザー砲の一つのみに絞ったことで、偵察機との会戦からすぐに出撃したリノはナナ達の通る航路を月から見て反対側に通り抜けて唯一、帝国が今も勢力を保っている宇宙港から侵入して回り込んだ。ジャミングももちろん、全てリノの乗るアンドロマキアに注いだ。


 頭の中で整理してみれば、簡単な作戦だ。相手が情報を持っているという前提で進めたことで、敵の動きには自然と油断が生まれ、その隙をついて裏側から侵入した奇襲作戦。ナナは基本的に奇襲作戦を好む。理由は、敵も味方も共に死傷者が少なく済むからだ。そして、今回の死傷者は宇宙でのわずかな戦闘で生まれた百人にも満たない数。


 ただ、それでもナナからすれば満足はしていないだろう。やはりあの子は優しすぎる上に強すぎる。


「失礼しますね」


 休む前にもう一つだけ、仕事があった。スガリがやるべきだとは思うが、彼は艦長代理として今はこの船を動かしている。


「また後悔をしていたんですか。いい加減にその心は捨てたほうがいいですよ。優しいのは人によっては美徳ですが、戦時中ではそれが何の役にも立たない。いつか、それがあなた自身を殺すかもしれない」


 ナナの部屋には電気がついていなかった。ただ宇宙の中にあるわずかな光が部屋の中に小窓から差し込んで彼女の苦しんでいる、今にも泣きそうな顔を照らしている。さっきまでのあまりにも卓越された指揮や作戦立案。それと比べると二十二歳の少女、青年。そのどちらというのにもなんだか違和感のある彼女の年齢に見合った感情の動きとも思える。


「リノ?」


「やっぱりここでしたか」


 こちらの返事が何であったか、いやここに訪れたのが誰であろうともナナはその質問をするつもりだったのだろう。


「私が出ていれば、みんなを完璧に信じてレグルスを空ける判断ができれば死傷者は出なくて済んだのかな」


「それは傲慢ですよ。例えあなただとしても」


 ナナの言いたいことは、まあわかる。リノが乗っていたアンドロマキア、それは機体名をフェノメノウという。名前の意味は知らないけれども、軍の中にある主に研究開発を行う部署でそのまま決められたものを試作機として出してもらった。その交渉をしたのはリノだったから雑談のちょっと合間に聞いても良かったけど、あまり戦争の道具に愛着を抱くのも変だと思ったから由来は聞かないで置いた。そして、そちらとは別にもう一機のアンドロマキアを第九艦隊は持っている。


 ナナは、自分自身がそれに搭乗して敵と戦うべきだった。そうすれば、少なくともうちの部隊に被害は出なかっただろうということだろう。彼女は艦橋にいなければならない指揮官という存在ながら、スガリを上回る実力を持つパイロット技術も持っているというのは、恐ろしくもあるが人間の不完全さを表しているようでとても可哀そうだ。


 もしもパイロット技術がなければ、ここで悩むことなんてなかったのに。


「だけど、それをできない私にはどんな」


「それでも、指揮官として、あなたの判断は正しかった」


 リノはナナがその言葉を言い終える前にあえて被せた。マナーとしては良くないだろうけれども、そうするしかなかった。


「あの時、あなたが下した判断は、この艦隊と、木星本土を守るための唯一の正解でした。あなた自身が出撃していれば、レグルスは誰が指揮していたのですか? あなたが出撃したことで指揮系統が混乱することも考えられる。敵に寝返るものが出ていたのかもしれない。もしそうなれば、あなたは責任を問われ、この作戦は失敗し、あなたを失った帝国軍では木星本土は危険に晒されていたでしょう」


 リノの言葉は、ナナの心の弱さを責めているわけではなかった。むしろ、彼女が背負うべき重圧と、その中で下した判断の正当性を冷静に説いているかのようだった。彼女は自分で評価しているよりもよっぽど価値がある。人に価値なんて言葉を使うのはさすがに心の中だけだ。だが、彼女は平和の象徴にならなければならない。それがリノの思い描く未来だった。


「あなたが生き残り、指揮官としてここにいることこそが、最も重要なんです。あなたが生きている限り、ナナ=ルルフェンズという理想は潰えない。死んだパイロットたちが望むのは、あなたの自己満足のための犠牲ではなく、あなたが生き残り、この戦いを終わらせてくれることです。そのために彼ら彼女らは宇宙に命を散らしたんです」


 ナナは、何も言わずにリノの言葉を聞いていた。彼女の瞳から、一筋の涙が頬を伝った。それは、失われた命への哀悼と、リノの言葉に救われた安堵の涙だった。


「あなたは、自分が強すぎるから悲劇が生まれると考えているのかもしれません。でも、それは違います。あなたは優しいからこそ、その強さを活かそうとする。それが、あなたの力なんです」


 リノは、そっとナナの肩に手を置いた。彼女は、ナナの孤独と、その心の優しさを誰よりも理解していた。


「私たちは、あなたと共に戦うためにここにいる。あなたの代わりに死んでくれる人も、生きてくれる人もいる。だから、あなたはその強さと優しさで、ただ前を向いていてください。この戦いを、終わらせるために」


 ナナはゆっくりと頷いた。彼女の顔に、先ほどまでの苦悶は消え、決意を秘めた、いつもの冷静な表情が戻っていた。

 リノはそうなることを予想して言葉を紡いだ。その技術でここまで登って来たと自覚するが、人間らしくないと感じる。


「ありがとう、リノ。私一人で戦っていたわけじゃないと、改めて思い出したわ」


「ええ。それに、あなたもたまには、私たちを頼ってください。それが指揮官の仕事でしょう?」


 リノは、悪戯っぽく微笑んだ。ナナもまた、わずかに口元を緩める。


「それで、なにか報告は? まさか私を慰めるためだけに来たわけではないでしょ?」


 リノは本当にそれが目的でそのためだけに来たつもりだったが、ちょうど連絡が入ってきた。それは意外なことではなかった。月という場所は特殊な場所だ。現在の警察の勢力圏に存在する衛星の中ではまずまずの大きさがあり、それを簡単に失うわけにはいかないはずだが、さすがに防衛戦力が薄い。倍の戦力を打ち倒したナナ。攻撃には敵の三倍の兵力がいるという常識に照らし合わせてみれば十分な戦果だが、戦力よりも指揮官が弱い。リリィはまだ若く、指揮官としての経験も少ないのだろう。だからこそナナの作戦にも簡単にひっかかった。戦力はどうにもならなくても、人はどうにかなるんじゃないか。


 その違和感が報告によって晴れた。まあ、我々にとっては朗報なのかもしれないとリノは考える。


「二つの報告が帝国軍から流れています。まず一つ目は、エウロパ戦役を始めとした開戦以後の半月で行方不明になっていた将校や士官が全て死亡扱いになり、そのリストが公開されました。まあ、これは後で確認していただくとして、もう一つは帝国軍の第六艦隊が火星上陸に失敗したそうです」


 警察側の守りが薄かったのには理由があった。より重要な拠点、火星を守るためだ。火星は古来より工業惑星として帝国の技術研究の主に実験場などとして利用されてきた場所がある。もちろん、その研究は木星本土で行われているわけだが、実験場でもある火星には多くのデータが残されている上に、開発途中のアンドロマキアも存在する。すぐにそれらが知識のない警察側の戦力増強につながるかと言われればそうはならないが、重要拠点であるのは間違いない。


「そう、それで?」


「次の戦場は火星になるんじゃないですかね」


 その先にリノが言いたげな事はわかる。そのための作戦を今から考えておくべきだということだろう。やることが尽きない、ナナの考えでは火星までは帝国の勢力圏として保っておいたほうがいい気がする。水星、地球、金星が警察側でそれ以外が帝国側。その状況で停戦交渉を始める。帝国だって一枚岩ではない。人口成層圏上では帝国が反乱軍の徹底的な弾圧を示唆したけれども、帝国議会や最高評議会にもいわゆる恒星自治主義を唱える人も存在する。それらの人々が動けば穏便にこの戦争を終えられるという希望がナナにはあった。


「うん、そうね。私の読みだと次は火星か地球への攻撃に参加することになると思う。そして、それもきっと厳しい戦いになるはず。だからこそ、もう少しだけ戦力が欲しい。今回の戦闘でこちら側に素直に投降した数人はうちの艦に上手く隠しておいて。もしかしたら彼らや彼女らの存在がやがて役に立つかもしれない。そのうえで少しでも情報を集めるためにはリリィを篭絡しなければならない」


 実際に下士官同士の中には、レグルスの乗員と宇宙警察側に繋がりがあり捕虜という立場ながら友好的な関係を築けているということはナナも聞いていた。ただ、それでも重要な情報はリリィしか知らないだろう。情報管理の徹底も警察側のほうが上手いはずだ。


「戦力は次の火星戦闘で回収する。とにかく情報を集めるためにもリリィに会うわよ」


 ナナはすぐさま立ち直り、リリィ=アマサワの捕らえられている独房へと向かう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ