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第1章 5話 月影の決戦

「敵襲、サルトリアから複数の敵機と敵艦が出撃、目標はおそらく我々です!」


 通信士の緊迫した声が、レグルスの艦橋に響き渡った。メインモニターには、月の地平線から、おびただしい数の光点が昇ってくるのが映し出されている。それは紛れもなく、反乱軍の戦闘機と艦艇だった。


「サルトリア付近にいるのは私たちだけでしょ。なら、間違いなくこっちよ」


 ナナはその様子を冷静に見ていた。元より、戦力が足りない。月面に存在する九つの宇宙港。その中で今もなお帝国軍がその利用をできるのは最も太陽に近い一点のみである。そこはソフィア幕僚長の部隊が影響を及ぼしていることと、警察側としては木星本土からの増援が来てもその他に木星からの航路に近い場所から撃滅部隊を出せば済むということだ。事実、ナナの艦隊はほとんど無視をされている。


 ナナは、新たに月面のサルトリアを制圧しなければならない。だが、そこは勿論だが反乱軍の防衛戦は厚いと予想される。少なくともナナが預けられた戦力は不十分だ。軍の上層部の考え方としては、ナナがこの戦力で作戦を成功させれば儲けもの、失敗しても反乱分子の可能性がある金星人を木星本土から遠ざけることができればそれでいいという安易な考えだろう。


 しかし、そのおかげでここで力を見せることで更なる発言力の強化が見込める。かなり無理のある作戦だが、味方の兵士、及び敵兵士の損耗を少しでも減らすためにはこの作戦しかない。ならば、まずは身内の掌握だ。重巡、軽巡を合わせて四隻の巡洋艦の艦長はさすがに金星人には任せられなかった。おそらく血統を重視する軍上層部の人間の反対だろう。リノが呼び出された際にナナは発言を指示したが、完璧には上手くいかなかった形だ。


 その時、リノは軍上層部を前にして、淀みない口調でこう述べた。


『奴ら金星人は今もまだ帝国軍に残り、反抗の機会をうかがっている可能性があります。そのため、この月に対する攻撃作戦にナナ=ルルフェンズ及び帝国軍内部の金星人をつけるべきです。仮に月で彼ら彼女らが討ち死にすればそれはナナ=ルルフェンズの作戦失敗、成功すればそれは帝国への忠誠とみるべきです。その監視には私が付きましょう。私はれっきとした帝国軍人であり、木星本土の生まれでございます』


 この意見が具体的に言えば半分は通った形となる。ナナの味方を募るためには金星人、及び被差別層の軍人を自らの艦に集めるしかなかった。また、戦艦を与えられるためにも将という立場が必要だということで、反対に自らに艦隊を預けさせるためにも軍は准将という立場を与えるしかなかった。ここまではナナの思い通り。だが、与えられた戦力は想定よりも少なく、また巡洋艦の艦長は木星出身である。


 ただ、彼らも何もなしに金星人の下につけられることを納得するとは思わない。


 やはり、差別主義や血統主義は脆いな。


 ナナは心の中で冷徹に呟いた。全てが、彼女のシナリオ通りだった。彼女は、与えられた情報と状況を最大限に利用し、この時点で既に何手も先を読んでいたのだ。


「ジガルシアやりなさい」


 ナナの短い命令が、艦橋に響く。その声には、一切の迷いがなかった。次の瞬間、ジガルシアは手に持ったデータパッドを操作し、艦隊内の各艦長へと一斉に通信を始めた。


「各艦長、現在貴官らの不正行為に関する詳細な証拠データを送信中です。横領、規定違反、私的流用、職務怠慢……これら全てのデータは、すでに憲兵隊と軍法会議に提出済みであり、貴官らの指揮権は今この瞬間より剥奪されます。直ちに艦の指揮を副艦長に委譲し、艦橋を離れるよう命じます」


 ジガルシアの無機質な声が、各艦の艦長たちのコックピットに響き渡った。その声は、一分の隙もなく、揺らぎもない。彼らは青ざめた顔でモニターに表示されたデータを見た。そこには、まさに彼らが行ってきた数々の不正行為が、日付と時間、金額、関係者の名前と共に詳細に記録されていたのだ。何か暗いものを抱えていない限り、金星出身者の下につくわけにはいかない。だが、それを知ることができれば正々堂々と大義名分を持って彼らを拘束し、こちらの意のままの人物を指揮官に据えることができる。


 彼らは、まさかナナがここまで手の内を読み、周到な準備を進めているとは夢にも思わなかっただろう。軍上層部が金星人を警戒し、木星出身の艦長を配置したその裏で、ナナは彼らの足元を確実に掬い取っていたのだ。血統主義による油断と、金星人への偏見が、彼ら自身の首を絞める結果となった。


 一瞬の混乱の後、各艦の艦長たちは指示に従わざるを得なかった。目の前の敵よりも、自らの保身と軍法会議での処罰の方がはるかに恐ろしいからだ。艦橋を離れる彼らの顔には、絶望と、そして何よりも理解できない困惑が浮かんでいた。


 これにより、ナナの艦隊は名実ともに彼女の指揮下に入り、真の結束を得ることになった。あとは作戦通りに動けば、数時間後には帝国軍の旗がサルトリアの風に靡いているだろう。そんなことを考えているうちに、敵機がついにレグルスの砲台、その射程圏内に入った。宇宙港を通り抜けてきた高速戦闘機警察モデルⅡの編隊だった。それらを全て追い切れるわけではない、追う必要もないだろう。ナナの視線は、メインモニターに映し出された敵機の編隊に固定されていた。彼女の脳裏には、既に勝利への道筋が明確に描かれている。


「スガリ、すぐに一号機で出撃。出られる戦闘機からどんどん出して。敵の注意をそちらに引きつけなさい。艦載機はレグルス周囲の防衛に徹し、各艦は私の指示に従い、散開しなさい。目標はあくまで、サルトリアの制圧よ! 宇宙港のわずかな一点を突破して敵本土に迫る」


 そこからモニターを操作して、ナナはそれぞれの艦の動きを細かく指示する。それらは3Dモデルとしてより正確なナナの頭の中にあるイメージを他の艦長の視界に表示させる。他の艦で副艦長を務めるナナが将校になる前から付き合いのある人物たちは、その通りに艦を散開させる。目的は敵の航空戦艦によるビーム砲で一発で複数の艦が被害を受けることを避けるため、そしてそれぞれの射程圏限界まで広がることでより大きな戦域をカバーすることが目的だ。そのタイミングでスガリ達も出撃していった。


「ナナ准将閣下、自分にはどうして敵がわざわざ宇宙に出てきたのかが理解できません」


 ジガルシアの声が隣から聞こえる。彼女はまだ二十歳になったばかりの若い軍人だ。階級は曹長。だが、優秀な頭脳を持っているために少しでも成長してもらって、いずれは一隻の戦艦を任せたいとナナはひそかに思っていた。だから、まだ敵の本隊が登場していないタイミングでその疑問に答えてあげることにした。


「まず、敵は月を制圧したばかりでまだ統治体制が確立していない。そして、月面では今もソフィア幕僚長が戦闘を継続しているため、民衆の心はどちらに従うべきかを測りかねている。もちろん、月の基地で防衛線を張るほうが月面の砲台などからの援護も得られて戦闘自体は楽だろうけど、つい数日前に占領した地域の上空に敵とみなした戦艦が現れれば民衆は間違いなく命の危機を感じて不安に思うでしょう」


 端的な説明にした。それは余裕があるようには見せないため。指揮官の余裕は下士官にも油断を生む可能性がある。


「なるほど、わかりました。ありがとうございます」


「おい、無駄話をしてるなよ。ついに敵艦が来たぞ」


 人口の成層圏、そこを普通の戦艦や戦闘機、あるいは航空機は突破をできない。だからこそ、わずかな部分だけ成層圏の力を弱める部分を意図的に作っている。もちろん、それは木星にも金星にも存在する。今回の戦闘は、その地点を越えられるかどうかだ。だが、それは正しい認識ではない。


「敵戦艦に向かって砲撃用意! 十分にひきつけてから相手の砲台に向かって撃ちなさい!」


「主砲、方位3-4-0、仰角1-5、目標敵主力艦! ロックオン後、斉射用意!」


 スガリが出撃したことで代理の副艦長となったジガルシアの声が、各艦、各砲塔へと伝達される。レグルスの巨大な主砲が、ゆっくりとその砲身を敵艦隊の方向へと向け始めた。砲塔の旋回音と、内部でエネルギーが充填される低いうなりが、艦全体に響き渡る。敵戦艦を沈めるべきではないが、こちらに被害が及びそうならば撃ち落とすまで。


 メインモニターには、月の地平線から、反乱軍の主力艦隊が姿を現しつつあった。偵察機や高速戦闘機警察モデルⅡの編隊に続いて、中型射ら大型の艦影が複数確認できる。おそらくほとんどの戦力が出撃してきた。


「第一射、撃て!」


 ナナの声と共に、複数のレーザー砲が敵の旗艦に向かって放たれる。もちろん、その砲撃をよける速度は出せないために直撃する。レグルスが帝国の超大型戦艦クラスならばその砲撃で一撃でもすれば大抵の戦艦は轟沈するのだが、そうはいかない。複数の砲台は破壊できたものの、まだ航行を続けてじわじわと近づいている。複数の戦闘機がレグルスを中心とした艦隊の射程圏を出入りしながらこちらへと攻撃をかけるところをなんとかスガリ達がヒットアンドアウェイを繰り返して被害を抑えながら防いでいる。


「各艦、第二射用意! 照準は敵艦のエンジンブロック! 敵の動きを鈍らせる!」


 ナナの声が再び艦橋に響き渡る。初撃で敵旗艦の砲台をいくつか沈めたものの、完全に戦闘能力を奪うには至らなかった。敵艦は依然としてこちらに向かって接近してくる。だが、ナナの目は、敵艦の全体像ではなく、その推進機関に集中していた。


「ジガルシア、各艦のエネルギー配分を確認。対空防御を維持しつつ、主砲へのエネルギー充填を最大まで行え。スガリからの戦況報告は?」


「は、スガリ機より入電! 敵戦闘機部隊は数を減らしつつありますが、依然として散発的な攻撃を継続しています! こちらに接近する敵艦艇を牽制してくれています!」


 ジガルシアは慌ただしく各艦のデータを確認し、的確に状況を報告する。彼女の若いながらも冷静な行動力が、今のレグルスには不可欠だった。メインモニターでは、スガリの乗る戦闘機が、敵戦闘機の間を縫い、次々と撃墜していく様子が映し出されている。彼の操縦技術は目を見張るものがあり、明らかに敵のパイロットたちを翻弄している。しかし、敵の数は依然として多く、時間の経過と共に徐々に消耗しているのも事実だった。


「敵旗艦、なおもこちらへ接近中! このままでは近距離での砲撃戦に突入します!」


 ジガルシアの焦りの色が濃くなる。敵旗艦の巨体が、モニターの中でその威圧感を増していく。


「心配はいらないわ。もうそろそろ到着するころよ」


 そう言った次の瞬間、ナナの下に待ち望んだ通信が届いた。これは軍のシステムを利用したものではなく、あくまでナナが個人で使用している通信だ。そしてそれを利用できるのは、今のところはスガリと、リノだけである。


「その指令室で見ていなさい。閃光弾を装填、準備でき次第、発射!」


 青い色をした閃光弾が、爆発する。ナナを始めしたレグルスに乗る乗員たちはなんとか対応できたものの、それ以外の艦にいる者は敵、味方を問わずにほとんどが一瞬だけ視界を奪われた。それは月面の指令室から状況を映像で見守っていたリリィも同じで、目の前の巨大なモニターに表示される映像が一瞬で真っ白になった。あまりの衝撃に現地でレーザー光線をその目で見ているよりもよっぽど目が光への対応を遅らせる。


「すぐに状況を報告しろ! 停戦要求か?」


 最後に見えた青白い光。その閃光弾は帝国軍では停戦信号と同義だ。そもそも、閃光弾なんて基本的には撤退戦で使うもので、継戦の意志が無い弱腰な行動として大きく士気を下げかねない。ただ、リリィも戦いは望んでいない。向こうから停戦を申し出てくれば、条件次第ではそれを飲むつもりでいた。


 結局、月面指令室で真っ先に視界が晴れたのはリリィだった。誰からも声がしなかったのがその証拠だ。すぐに目を何度かしばたかせて、モニターを見る。しかし、そこには映像は表示されていなかった。通信が途切れているのだ。代わりにそこには、外の景色がそのままに広がっている。その先にいたのは、こちらに向かって小型ビーム砲をつきつけている帝国軍巨大人型戦闘機。通称、アンドロマキアだった。


『ナナ、こちらは作戦を完了しました。お電話をつなぎますね』


 そう言いながら、リリィの見たことが無い黒いアンドロマキアが映像を表示させる。そこに写し出されたのは、話に聞いていたよりもよっぽど幼く、子供らしい顔をした。だけれども凛々しい少女、いや一人の軍人だった。


『初めまして、私は帝国軍准将ナナ=ルルフェンズと申します』


 さすがにこうも丁寧に名乗られてしまえばこちらも答えざるを得ない。


「こちらはサルトリア防衛責任者、元帝国軍少尉のリリィ=アマサワ。話を聞こう」


『ありがとうございます。こちらの要求としては、貴官ら全員の武装解除と、速やかな投降です。これ以上の抵抗は、貴官らの命を無駄にするだけでなく、サルトリアの民間人に不必要な危険を及ぼすことになります。私たちは無益な破壊を望みません。貴女方に武器を向けるのは本意ではありません。私は貴女に、一つの選択肢を提示するために、この通信回線を開きました』


 リリィは無意識のうちに奥歯をすりつぶしていた、気が付かないうちに。ナナは更に続ける。


『私たちは、投降した兵士に対し、帝国軍規に基づく適切な処遇を約束します。 負傷者には治療を、捕虜には帝国軍の制度に則った扱いを保証します。しかし、このままでは情勢を理解した後詰の軍に身柄が渡されてしまいます。そうなれば私たちは介入ができず、命を保障できません』


 それは本当の話だ。当然、この戦闘が終わってナナの勝利を帝国軍に知らせれば月面の維持や整備を行うために後詰の軍団が、おもに帝国陸軍がやってくるだろう。それらの人々は特に差別的だからリリィを始めとした金星人に味方する軍人をどうするかわからない。


「わかりました。しかし、我々も私の一存で決められるような状態ではない」


『時間は残り少ない。貴官の賢明な判断を期待しています、リリィ=アマサワ元少尉』

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