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第2章 21話 暴走

 ラズロ=グリフを移送する帝国第九艦隊は、木星を目指して一路に宇宙空間を進んでいた。艦隊における戦力として、近衛兵団を一時的な処置とは言えども指揮下においている艦隊にはさすがに手出しをするものもないだろうから、艦橋は自動走行に任せている。オースティンとの戦いで受けた傷に応急処置を施したスガリは、ナナの様子を見に来ていた。肋骨や足の骨が折れたままのとても万全とは言えない状態ではあるが、ただ浮かんでいればいいおかげで動けなくはない。


「ドクター、ナナの容態は?」


 現在はナナが眠っているようで、静かな病室でスガリは軍医に問いかけた。精神面が暴走した結果の大立ち回りであったが、反乱軍のエースパイロットに続いて近衛兵団のパイロットが操縦する三機と連続で戦ったのだから外傷があったとしてもおかしくないが、少なくともポッドの中で眠っているナナの顔には傷がない。


 彼女が暴走した理由に、間違いなくスガリが傷つけられたということが関係している、そのせいで顔に傷なんてあれば謝っても謝りきれないから、一旦は安堵する。ただ、それを確認してからすぐに視線を切った。その体には様々な機械や拘束具がつけられていることと、さすがに年頃の女性を相手に許可なく裸を見ることはしたくない。


「身体的な損傷は、軽微よ。肋骨にヒビが入っている程度で、あとは打撲と裂傷がいくつか。アンドロマキアのパイロット防衛機能がうまく彼女を守ってくれたみたい。良かったわね、綺麗な体は無事よ」


 ドクターの言葉に、スガリは安堵の息をついた。


「問題は、精神面。今は疲れて眠っているけども、つい一時間ほど前まで暴れていたわ。栄養は機械を通じて摂取させているけれども、一週間もまともな生活ができていない。いったい、どういうことなの?」


 どういうこととは、軍医の言っていることがスガリにはわからなかった。スガリに医学の知識はない。最低限、軍人としての怪我への応急処置ができるくらいだ。目の前にいる相手の方がよっぽど詳しいはずであり、帝国の第九艦隊という今となっては閑職とはいえども士官学校の医学科で成績を残していなければ任されない職だ。


 ただ、そういう知識だけでは理解できないものもあるんだろう。


「俺にもわからない。ただ、一つだけ言えるのはナナの身体の作りは異常らしい。士官学校時代にそこの医者に見てもらった話だから最先端の医療が証明している。彼女の脳は生まれながらに大きすぎる」


 脳波のデータが、モニターに表示されている。軍医はそれを見ながら煙草に火をつけた。未知の発見、いや過去にもあったのかもしれないがこれまでの人生で知らないことを知ることは喜びだった。軍医をやっているのも研究がしやすいから。そして、いつかは新しいものを見つけてみたいという好奇心があった。だけど、純粋にそれを目の前にすると恐ろしいものがあった。知らないことは、怖い。


「いや、それは過去のデータを参照していないんだろう。生まれながらに大きかったと言える証拠はない。彼女が高官の娘であろうとも木星で医療を受けられるわけではないから、正確性には疑問が残る。なら、確かと言えるのは、その時のデータと、目の前にあるデータ。それが示すのは、一つ。ナナ=ルルフェンズの脳は肥大化し続けている」


 脳というのは基本的に二十代前半を迎えるころにはその成長をほとんどわからないほどの速度に低下させる。ドクターの言葉に、スガリは息をのんだ。彼の脳裏には、ナナのアンドロマキアが、近衛兵団の猛攻を華麗にかわしていく映像が浮かんでいた。反応速度や動体視力など身体能力が優れているのはわかっていたが、それ以上に脳が優れている。


「まさに、脳がナナを食い尽くすんじゃないかと怖くなる位だな。しかし、脳は筋肉とかとは違って繊細な器官だ。単純にサイズが大きく成ればいいというわけではない。むしろ、身体的な障害の原因になりかねない中で知能が優れている。ただ、その反動か」


 ドクターが一瞬だけナナのほうを見たのがわかった。


「感情の制御がきかなくなる時があるってことか」


 スガリは過去にナナが暴走するのを見たことがある。木星にいたころ、ナナと街を歩いていた時に悲鳴が聞こえた。その頃はまだ士官学校時代の前半だから、ナナはそこまで身体が成熟したわけでもなく、鍛え上げられたわけでもなかった。それでも、何が起こっているのかもわからずにその悲鳴に向かってナナは飛び込んでいった。


 声が、悲鳴が、泣いているのがわかったから。


「あいつが初めて人を殺したのは、怒りの感情に飲まれた時だ。名前も知らない女の子が、父親らしき人物に殴られていた。もちろん、どういう状況かはわからない。ただの説教だったとしても殴るのはどうかと思うが、そういう教育方針というのもあるだろう」


 スガリの脳裏には、当時の光景が鮮明に蘇る。ナナは、悲鳴が聞こえた方へ、一目散に駆け出した。スガリが追いついた時には、すでに遅かった。ナナは素手で、その男を殴り殺し、それでも飽き足らずに骨を折って、砕いて、人の形をしていないそれを壊し続けていた。


「だけど、それを救うのが正義だと断定してナナはその男を殺したのか。それは恐ろしい話だ」


 恐ろしいなんて、そんな単純な言葉で片付けられるものではない。あの日のナナは、怒りという感情に完全に支配されていた。彼女の瞳は、一瞬にして感情を失い、無機質な光を放った。そして、次の瞬間、ナナは男に襲いかかり、彼を容赦なく打ちのめした。その力は、暴力だった。男は、ナナの圧倒的な力の前に、為す術もなく命を落とした。


「目の前に泣いている女の子がいれば、それを救うのが正しいのだろう。それは誰もが教育によって示されている。親が、教師が、偉い人がみんなそれを言うからな。そして、それを正しいか疑うこともないころから教えられる。ただ、正義というのは怖いよ」


 正義が怖い? そんなこと、考えたこともなかった。いや、考える余裕はなかった。ずっとナナについていくために、頭を動かし続けていたから、そういうものは後回しにしてきた。だから、わからない。


「どういう意味だ?」


 スガリの問いに、ドクターは煙草を指で挟んだまま、静かにナナの眠るポッドに視線を向けた。その瞳は、まるで遠い過去を見つめているかのようだった。


「近衛兵団も一緒だよ。自分の信じる者が正しいというのは、力を振るう理由になる。奴らは、ただ絶対に上の命令に従うことを求められているから、帝国が絶対だとほとんど洗脳の様なことが行われている。ただ、それは私たちも同じだ。人を救うことが正しいと洗脳されている」


 その洗脳という言葉に、マイナスな意味もプラスな意味もないというのはわかっていた。医者が使うただの医学用語だ。だけど、それが否定的に聞こえてしまうのは先入観だろうか。


「じゃあ、どうすればいいんだ?」


 スガリの問いかけに、ドクターは静かに煙草の煙を吐き出した。彼女の表情は、相変わらず感情の読めないものだった。しかし、その瞳の奥には、医療現場で人の生死を見つめてきた者だけが持つ、深い洞察が宿っているように見えた。


「どうすればいいか? それは、君自身が見つけなければならない。私にはわからないよ。両親と死別して、既に養父も亡くなっているナナは家族と呼べる相手がいない。君がそれを支えてあげるしかないよ」


 ドクターの言葉は、スガリの胸に突き刺さった。だが、それを悟られるのも釈だから、部屋を出ることにした。扉に手をかけ、振り返ると、ベッドに横たわるナナの姿が目に入った。彼女は、まるで夢の中にいるかのように穏やかな顔で、すやすやと眠っていた。その顔には、狂気の片鱗は微塵も感じられなかった。ただの、あどけない少女の寝顔だ。



 スガリはそのまま自室に戻り、通信回線を開いた。レグルスに積んである通信とは別の、個人用の通信だった。相手が応答すると既にまとめておいた報告を、感情を一切交えずに淡々と読み上げる。


「以上です」


 それだけ話し終えると、スガリは椅子に背を預けた。宇宙空間だから重力はなく、特にもたれかかることに意味なんてないけれども癖でそうしてしまう。


「ご苦労様です。丁寧な報告をありがとうございました。確かに元帥にお伝えしておきます。しかし、個人回線をつないでまで報告をあげるとは、ナナ准将とは何かあったのでしょうか」


 相手口にいるエンデヴァー元帥の側近は、スガリの意図を測るように、静かに問いかけた。彼の声は穏やかだが、警戒もしているようだった。当然だろう、つい先ほど軍に正規の書式であげた報告書とは若干の内容が異なっている。具体的にはナナ=ルルフェンズの暴走による近衛兵団との会戦。それは裏切り行為と取られてもおかしくない。


「軍にあげた報告書の作成者に名前として私は参加しておりますが、実際は私は関与させていただいておりません。ナナ准将とリノ少尉が二人で作成したものであり、報告をした通りにナナ准将は現在も精神状態が不安定であるために報告書の作成はリノ=セルヴェリオが行いました」


 リノは、帝国軍内でもそこそこ名前が通っている。元々はかなり軍内でも立場が上だったらしいが、現在は少尉としてナナに仕えているのは過去のクーデターに関与していた可能性があるからだ。そして、その事実がリノの信頼を大きく下げている。


 しかし、スガリはレグルスにいる全員とは違いれっきとした木星人である。木星人の両親の下で木星に生まれ、木星で育ってきた。レグルス内に置いては異物ではある。


「なるほど、つまりは軍に対する虚偽の報告を上げられる可能性があったために、あなたは事前に我々との通信を開いてしっかりと報告を上げられるようにしていたのですね。さすがは誇り高き帝国軍人です」


「軍人として、報告を行うのは当然のことです。上官が誤ったことを行えば、その尻を拭うのも下士官の責任です。そして、これは個人的な感情にはなるのですが」


 スガリはここで、ぐっと歯を食いしばった。少しきしむ音がする。


「尊敬していた中将閣下が、ナナ=ルルフェンズのその指示の過ちにより命を落としてしまった。そのことは軍人として仕方のないことであり、名誉の戦士と言えるでしょう。しかし、そのミスについての報告で虚偽の報告書を提出するなどということは許せませんでした」


 スガリの言葉に、エンデヴァー元帥の側近は静かに頷いた。彼の声は、スガリの正直さに感心しているようだった。


「スガリ曹長。あなたの報告は、確かに元帥に伝わるでしょう。そして、あなたの忠誠心も、しかと受け止められました。ナナ准将の暴走は、確かに危険な力です。しかし、その力が制御されれば、帝国にとって、これほど心強いものはない。これはあまり外部には流したくはないのですが、正直に言うと軍の編成に元帥はかなり苦労をされている」


 そのことは当然のことだった。エウロパ戦役における死没者のリストを全て調べると、特に艦隊の指揮を担えるような人材、将来的にはそれを期待されていた将校、将官たちが多く戦死している。イオの要塞でも、爆弾による防衛責任者の死亡以後も、指揮官クラスの人物が通信による連携を立たれた場合は一兵士として戦うしかなく多くの人が死んだ。


「スガリ曹長。今後のナナ=ルルフェンズの監視は、あなたに一任する。いずれ利用価値を無くした彼女は軍法裁判にかけられ、その身を裁かれるだろう。ならば帝国の第九艦隊をスガリ=アナスタシア准将に預けても構わないと、そうなるように根回しをするのもやぶさかではない。エンデヴァー元帥も木星人の若き将校が帝国の第九艦隊を指揮するのを望んでおられるはずです」


 通信の向こうから聞こえるエンデヴァー元帥の側近の声は、静かでありながら、有無を言わせぬ重みがあった。さすがにただ物ではない。


「有難いお言葉です。その言葉に報いるためにも、精進いたします」


 スガリは、通信の向こう側にいるエンデヴァー元帥の側近の言葉を、静かに受け止めた。おそらく、彼の言うとおりに事は運ぶだろう。


「では、これで。失礼致します」

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