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第1章 2話 閃光、交錯する宙

 第九艦隊の出撃からおおよそ二時間、宇宙空間は依然として静かであった。まさか現在も多くの星の地上において反乱軍と帝国軍の戦闘が繰り広げられているとは知らぬように、ただ宇宙は黒いままで星々とそこに住む人々を見守っている。レグルスはかなりの速度で移動しているが、まだ他の惑星は見えてこない。時折、木星の衛星がレーダーには映るが、ほとんどが無人星ばかりだ。百を超える木星の衛星、そのほとんどは使い道がない。


 それらには自動防衛システムが仕掛けられている。帝国の本土である木星を防衛するため、レーダーにより敵機や巨大なデブリを感知して自動で砲撃を行うはずだがそれらも今回の戦闘では機能していなかった。当たり前だ、本来は治安維持組織であるはずの宇宙警察の大規模な武力蜂起を想定した訓練は行われていない。レーダーは確かに反乱軍の機体を認識していただろうが、砲撃は行われていなかった。


 それは国を守るという名目で設立された帝国軍と、その軍用機も同じである。


「エウロパ戦域からの撤退作戦は完了したとされるけど、各部隊の生存状況および敵対勢力の配置は未だ不明確で、統制は失われたままだ。敵軍の総大将が誰なのかもわからない。宇宙警察が独立して国を建てるというのなら何かしらの連絡はあるだろうが、現状はまだこちらには何も知らされていないな。上層部だけで何かを処理している可能性もあるが、そうなればどうしようもない」


 そう呟いたのはスガリ。そもそも何か声明があったとしても、それらはまず政府、そして軍上層部から下層部へと流れるためナナの艦隊に伝わるのは遅い。だとしても、このままだと宇宙警察による単なる武力蜂起に過ぎない。帝国側もなぜかはわからないが、まだ明確に声明の発表まで行えていない状態ではあるためどちらに正義があるのかなんてものは全ての人がそれぞれで独自に判断している。宇宙に浮かぶ通信衛星の破壊は、それも反乱軍の作戦の一環だったのだろう。


 それぞれの惑星には、帝国によって建設された宇宙港が存在する。特殊なコーティングをほどこされた機体以外は、人工的に作られた成層圏を突破できないため、特定の地点のみその成層圏の圧を弱める場所を作り、そこから宇宙空間へと送り出す。もちろん、その地点は軍事的には戦略的重要地点に認定され、イオ大要塞が聳えるイオの軌道に沿うように主要な宇宙港の入り口が存在する。ここを落とされれば、反乱軍が様々な宇宙港に攻撃する基地を与えることになる。人口成層圏という穴が敵の通り道になってしまう。


「まあ、行方不明の将校クラスだけでも両手両足の指を使っても数えきれないくらいの人数らしいしね。私たちは遠くで見ているだけだったけど、あんなに凄い戦闘は歴史上でも稀よ。あんなに激しい光が、遠くから観測できるなんて。光っては消えて、光っては消えて。そのたびに人の命が次々と失われていく」


「初めての戦争は、怖かったですか?」


 リノがきっと笑いながら聞くけれども、ナナにとってのそれは子ども扱いをされているみたいで不快に感じた。もう成人して初陣も済ませたいい大人なのに、きっとこの先も治らないのだろうと思う。いっそのことお酒やたばこでもやってやろうか。その思考もなんだか子供っぽいと感じてできてはいない。


「別に、いつも通りよ。私たちの戦線は激戦区ではないもの。エウロパに比べればましよ」


 エウロパが強襲を受けた際、ナナ達はエウロパから少し離れた木星防衛の要であるイオ大要塞に駐留していた。目的はエウロパにて不測の事態発生に備えるための対応部隊としての待機であった。要塞とは言えども防衛のみではなく、当然ながら軍用機の倉庫や飛行場などが併設されているため、いわゆる帝国の主力である第二、第三艦隊には漏れたが、それに準ずる戦力を有する部隊が配備されていた。構成員は主力艦隊所属兵士に比して練度が劣る者や、予備役兵が中心であり、ナナもそう見做されていた。それは当然だとナナも思う。


 エウロパは、攻撃能力を極限まで高めることに主眼を置いていたため、防衛システムは限定的だったが、イオ大要塞は全く異なっていた。要塞はその性質上、防御に特化しており、自律式の砲台や迎撃ミサイルシステム、シールド発生装置など、多層的な防衛戦力が多数搭載されていた。


 しかし、反乱軍によるエウロパ急襲と同時刻、イオでも一つの事件が起こった。



 防衛指令室に仕掛けられた爆弾が爆発し、指揮官クラスの人物が一斉に死亡した。これは、宇宙警察による仕業であると断定されていた。帝国軍内部にももちろん非常時には警察権を持てる組織はあるが、暗殺用の爆弾なんかに関しては宇宙警察側のほうが詳しい。この事件は、宇宙警察の大部分が、反乱軍に加担している可能性が極めて高いことと、イオ大要塞の厳重な警戒網を突破し、司令室に爆弾を仕掛けるには、要塞の内部構造や警備体制に精通している人物の協力が不可欠だ。つまり、まだ帝国軍側に身を置いている警察関係者、あるいはそれに協力する人物が存在する可能性が示唆された。


 イオ大要塞の防衛司令室が壊滅したことで指揮系統が麻痺する中、ナナは指令室へと押し入り、木星本土への攻撃をかけようとする反乱軍を、イオに残された軍を指揮して押しとどめていたのがナナであった。その功から准将への出世とアステリオス勲章を授かり、現在はレグルスを指揮する。


「あの時のエウロパでの戦闘の規模では、当時の我々が駆けつけたところでは何もできなかったでしょう。いくらナナの力をもってしても。いや、いまもこんなに小さな戦艦一隻ではきっと。だからこそ、イオの要塞にてそれを守り抜いたことの証明が胸についているそれです。きっと、帝国としては最大限の評価でしょう。勲章なんていくらでも作れますが、軍の地位というのは同じ地位に二人がいてはいけない。新しくナナを昇進させるとなれば、その人物、そしてその人物の家とひと悶着が起きるのを避けたのでしょう。准将は、まあ名誉職ですから」


「戦争で、こっちは命の奪い合いってのに、上層部は権力争いとか呑気なものね」


 リノが今度は母の様な笑顔で話しているとナナは思う。エウロパでの戦闘、月と地球よりも近い距離からナナ達はその戦闘を眺めていた。人類の歴史上、間違いなくこの歴史に刻まれる程の一戦をナナ達はイオを守り抜いた後も見守っていた。宇宙は、あまりにも静かだった。遥か彼方、エウロパの夜に咲く無数の火の花。それが何を意味するかを、誰もが知っていた。


 誰かの命の灯が散るたびに、その炎が燃え盛って暗い宇宙を照らす。けれど、イオの要塞にいるナナたちにできるのは、ただ見届けることだけ。願いも、祈りも、無力だった。要塞にも迫りくる反乱軍よりも、ナナにはエウロパで散る命の方が鮮やかに視界に映っていた。


「はぁ」


 あの時の判断は間違っていない。現に木星本土を防衛するためにイオ大要塞という絶対防衛圏を守り抜いたこと、それに集中したことは正しい。反乱軍による大きな攻勢がないことは、エウロパに帝国軍の戦力が集中するこの千載一遇の好機にほとんどすべての戦力をつぎ込んだことの表れだ。ならばこちらも戦力を立て直し、反乱の鎮圧にいち早く準備するべきだと帝国は考えている。


 そのために、ソフィア幕僚長の解放は必要。この命令の意義を深く理解する。艦隊司令部にて実力を認められているエリート。どんな人間か、ナナは知らないけれども、反乱鎮圧のための再攻勢に軍が必要だと判断して、わずかに戻った戦力で彼女の救援を優先するということはそういうことだ。


 ナナが頭の中で、宙域a-12にて発生するであろう戦闘パターンを演算していた時、通信士官が大声を上げる。


「艦長! 前方にレーダー反応あり。形状から、反乱軍の機体かと思われます!」


 ナナの計算では、敵との接敵はまだ先の話だった。ここはまだ木星の防衛圏内であり、そこに宇宙警察の機体が何機も踏み込んでいるという事実は、帝国軍の状況が非常にまずいことを示していた。


 ナナはすぐさま頭を働かせる。まだ人工の重力から体が逃れて二時間ではなかなか動きも鈍くなっているが、脳は別だ。とにかく、敵の数を把握して考える。帝国の木星防衛に関する情報を少しでも渡さなければ反乱軍が木星本土に攻撃をかけることを少しでも遅らせることができるだろう。


「敵機はおよそ三機、おそらくですが偵察のための部隊だと思われます」


「落ち着いてください、ナナ。まずは迎撃部隊を出しましょう。他の艦もそうするはずですが、念のために連絡は私の方からいれておきます」


 リノの声は、全く動揺を見せず、努めて冷静だった。その落ち着きは、数々の実戦を経験してきた者だけが持つものだ。ナナは、その冷静さに支えられ、呼吸を整え、モニターに映し出される敵影を凝視する。確かに数は少ない。そして、戦闘用とは思えないほど小型の機体だ。しかし、この距離なら敵も既にレグルスの存在に気づいているはず。


 そのまま進んでくるということは、こちらと戦うつもりだろう。こちらは航空軍艦であり、単独の偵察機部隊がいくら改造されていたとしても正面から挑んで勝てる相手ではない。鍛えた人間と拳銃のどちらが強いかなんて比べるまでもない話だ。冷静に対応すればいい。


「敵機の速度が急上昇しています! 偵察ではありません、強襲です!」


 通信士官の悲鳴のような声が響く。おそらく敵は、逃げ切るよりも、一矢報いてからと考えているのだろう。エウロパを陥落させた反乱軍の士気の高さと、帝国への根深い憎しみが、こんな無謀な行動に駆り立てる。生きるか死ぬかの極限状態において、理屈ではなく、心の底に育まれた感情こそが、彼らを突き動かすのだ。


「くそっ、こちらが出撃準備をしていることに気づかれたか。ナナ、俺も行ってくるぞ。リノ、後は頼んだ!」


 通信士官の焦った声が響く。まさにその時、三機の警察機が驚くべき加速でレグルスの砲台の射程圏の端を突破し、ナナたちのいる指令室へと肉薄していた。彼らの機体は、標準的な警察機には見えない。装甲は厚く、武装も強化されているように見える。偵察機のレベルですらここまで改造を施されているのか。ナナは素直に感心する。


「とにかく、スガリに任せましょう。彼なら大丈夫です」


 リノの言葉に、ナナは強く頷く。そして、命令を指令室に放つ。


「二号機、三号機、四号機、スガリに続いて一分後に出撃。主砲は砲撃で敵を出撃部隊に近づけさせるな。通信で他の部隊にこちらの主砲の射線に入らないように指示しておきなさい」


 ナナは即座に命令を下した。心臓がドクドクと鳴る。人工重力から解放されたばかりの身体に、戦闘の熱が電流のように走る。ここが、生と死の狭間だ。一歩の間違いが、ナナ自身とクルーの命を宇宙の火花に変えてしまう。


 戦争を終わらせなければならない。こんな思いを、民間人が当たり前にするべきではない。


「敵、レーザー攻撃開始! 右、八十度に逸れて回避!」


「了解!」


 瞬時に推進器を噴射させ、紙一重でそれを避けた。先ほどまでレグルスがいた空間を、敵機から放たれた閃光が切り裂いていく。くらっても一発で沈むことは無い。だろうが、この先を考えればできるだけ被害は抑えたい。


「敵機、こちらの後ろに回ってきます!」


「とにかく撃ち続けなさい。スガリが出るまで!」


 小型の偵察機は戦闘力は高くない代わりに動きが早く、小回りが利いている。しかし、着実にレグルスから距離は取っていた。戦闘機が出撃する瞬間に開くハッチに攻撃を撃ち込まれれば、艦内が火事になり大きな被害を受ける。それを避けるために、まずは艦砲で戦場に斜線を引いて、自軍の戦闘機が安全に出撃できるコースを確保しなければならない。


「スガリ曹長が出撃しました。続いて、トラベス、ライカ、ペルトローネも出ます」


 四機の戦闘機が出撃した。訓練は済ませているが、なにせこの艦を預かったのも准将に上がってからだから実戦は初めてである。部隊を統率する立場でありながらまだ編成が追いついておらずに仕事は変わらない、肩書だけの准将だが一つの艦を預かるには必要だということで受けた。本来ならもう少し多くの部隊を預けてもらえるはずだが、戦力が不足している帝国にそれは望めない。まずは、スガリを四機が出撃する。


 他にもレグルスには戦闘機を積んでいるが、あまりに多くを出しすぎると他の艦から出撃した機体との連携も複雑になり、最悪の場合は同士討ちも在り得る。それは避けなければいけない。そもそも、スガリがいれば数で勝っている相手に傷をつけられることもないだろう。


「スガリ、聞こえてる?」


「もちろん、さすがは高性能戦闘機だな」


 ナナよりも死に近い場所にいるというのに、スガリは嬉しそうだ。自分の手のように、足のように動いてくれる高性能戦闘機は乗り心地がいいのだろう。ナナにはこの艦の指令室を守る役目があるが、乗ってみたいという気持ちもあった。


 そんな感傷は置いておく。今は、スガリ達への指示が先だ。


「パターンγ! 敵機を取り囲むように広がりなさい!」


 すぐさま全四機のパイロットから返事が来る。それと同時に、レグルスを中心に半円を描くように陣形が生まれた。下手にでずっぱると何があるかわからない。こちらの方が単体の火力は上回っているから、じっくりとやればいい。


 その陣形が完成すると同時に、モニターには重巡用艦の砲撃が一機の偵察機を撃墜したことを示されていた。彼らもこちらと同じように包囲戦術に切り替えたらしい。イオでは大量の兵器と戦闘機がぶつかったとはいえ、こうして二十機近い戦闘機と四艘の軍艦が並ぶさまは圧巻だった。


 続いてトラベスの乗る戦闘機が一機を撃ち落とした。こうなるともう一機も逃げるしかないが、そのスペースは残されていない。そこで、最も戦闘機の展開が少ないこちらに向かって全速力で飛んできた。


「スガリ、羽だけを撃ち落として動きを止めてなんとか敵機を拿捕することはできる?」


 ナナは念のため聞いてみた。しかし、スガリが首を振る音が通信越しに聞こえる。


「いや、あの機体サイズで羽だけを撃ち落とすことは、パイロットの死を意味する。お前が命を大切に思う気持ちもわかるが……」


「じゃあ、仕方ないわ。撃ち落としなさい」


 次の瞬間、大きな火花がナナの目前で激しく散った。

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