第2章 19話 平和的解決のために
一方で戦地から少し離れたレインレールの研究施設。ライカと、ペルトローネは、火星の地表へと静かに降下した。周囲は、近衛兵団と反乱軍の戦闘の余波で、破壊された機体の残骸や、燃え盛る建物の瓦礫が散乱していた。まさに赤い地表も相まって燃え盛る炎の色に交じり、書物の中で見た地獄のように見える。そんなことを気にしている暇もなく、二人はその混乱に乗じて、誰にも気づかれることなく目的の場所へと向かう。火星防衛の戦力はほとんどが撤退をしていったおかげで、こちらにはほとんど人がいなかった。
彼女らの任務は、火星に存在する帝国の秘匿兵器を回収することだった。その兵器の詳細は聞いてはいないが、リノからの指示によるとどうやらアンドロマキアや戦闘機などの武器があるだろうという予想はできるが、どのように回収するかは言われていない。とりあえず発見して、それを報告するのが差し当たりのライカの任務となる。スガリ曹長が大怪我を負っているのが心配だったが、今は目の前のことに集中するべきだ。
「ペルトローネ、そっちは?」
「いや、なにも」
派手にソーントンがレインレール地帯を破壊したせいで、かなり探しづらい。かわりに通信網が破壊されているおかげでセキュリティが作動せず、アナログなカギに二発ほど弾を打ち込めば、すぐにドアは開く。数分ほど捜索を続けると、二人は崩れた建物の下にある、隠された地下施設へと続く入り口を発見した。それは、周囲の瓦礫に紛れており、注意深く探さなければ見つけられないものだった。重たい扉を何度か軍靴で蹴りつけると、爆発の衝撃で緩んでいたドアは地下へと落ちていった。その落下したドアが地面にぶつかるまでにかなりの時間があったことか、地下に巨大な空間が広がっていることが予想できる。
「こちら、ライカ=ミアリテ。巨大な地下空間を発見した。これより潜入します」
それだけ通信に残して、ライカは地下へと飛び込んだ。備え付けられていた梯子を手袋をつけたまま滑り降りる。どうせ、重力もそこまで強くはないのだから、多少の高さを飛び降りても問題はないだろうけれども無駄な怪我のリスクを背負うほどに状況は切迫しているわけでもない。どうせこの戦場は我々の勝利なのだから。そんなことを考えていると、ようやく足が地面についた。
ライカの視界は、一瞬にして光に満たされた。埃まみれの電球が、次々と点灯し、地下空間の全貌を明らかにする。彼女の予想通り、そこには広大な格納庫が広がっていた。しかし、その光景は、彼女の想像を遥かに超えるものだった。
格納庫の奥には、一台の巨大な人型兵器が、まるで神像のように静かに佇んでいた。その機体は、帝国の最新鋭機であるアンドロマキアとは全く異なる、無骨で威圧的なシルエットを持っていた。しかし、その装甲には、見覚えのある紋様が刻まれている。それは、帝国の紋章だった。しかし、これまでにこんな機体をライカは見たことはない。イオの要塞防衛戦では、様々な帝国のアンドロマキアと反乱軍のアンドロマキアが入り乱れて戦っていた。基本的にはアンドロマキアは攻撃力、防御力、機動力のそれぞれに特化した基礎モデルを改良して製造されている。
しかし、目の前にあるアンドロマキアはそのどれとも似通っていなかった。よく見ればその他にも三機のアンドロマキアが格納されているがそれらは帝国の基礎モデルによく似ている。ライカは、思わず息をのんだ。目の前の光景は、彼女の常識を覆すものだった。巨大な人型兵器は、まるで古代の彫像のように、その圧倒的な存在感を放っている。それは、帝国の紋章を掲げながらも、これまでのどの機体にも当てはまらない、異質な存在だった。
「ライカ、どうしましたか?」
地上で安全確認をしているペルトローネからの通信が入る。
「ペルトローネ……すぐに降りてきて。とんでもないものを見つけてしまったかもしれない」
ライカの声は、緊張で震えていた。彼女は、目の前の光景から目を離すことができない。格納庫の奥に佇む異形のアンドロマキア。それは、攻撃力、防御力、機動力、そのどれにも特化しているように見えた。いや、その全てを凌駕している。それは、もはや兵器というより、一つの生命体のように見えた。ペルトローネは、ライカの切羽詰まった声に、すぐに梯子を滑り降りてきた。普段から冷静で、基本的に感情を表に見せない彼女は、その異形のアンドロマキアを一瞥したのちに、すぐさま通信を開く。相手はただ一人だった。
「こちらペルトローネ」
ペルトローネは、静かにリノ=セルヴェリオへと通信を繋いだ。彼の言葉には、一切の感情が乗せられていない。冷静で事務的な報告は、極めて正確な情報をリノへと伝えた。
リノ=セルヴェリオは、レインレールの上空に停泊するレグルスの艦橋にいた。彼女の目の前には、戦場の全体像を映し出すホログラムモニターが浮かんでいる。ラズロたちの部隊が近衛兵団と交戦を始め、混乱が広がっていく様を、彼女は一切の感情を顔に出さずに眺めていた。まあ、戦場はどうなろうと関係はない。ただ、レグルスがあまりにも不審な動きを見せると、何かを感づかれるのも面倒だ。こちらはあくまでソーントンの墜落により破壊されたという体のアンドロマキアを独自に回収するつもりなのだから。
その時、プライベート回線が開き、ペルトローネからの通信が入る。
「こちらペルトローネ。目的の格納庫を発見。現在、地下に降りています。ナナ准将が探しておられたアンドロマキアも発見しました。ただし、予想外の機体が三機、その周囲を固めています。こちらの回収は行いますか?」
リノは、モニターに送られてきた画像データに目を向けた。格納庫の奥に鎮座する、異形のアンドロマキア。そのシルエットは、彼女が知るどの機体とも異なっていた。おそらく、目的のものはこれだ。カミル=デリヴァーからの情報は間違っていなかった。ただ、その他に格納されているアンドロマキアももちろん戦力としては欲しいが、回収する方法を考えなければならない。しかし、アンドロマキアを扱える人間が少ない。
「そうですか。では、こちらはジガルシアに任せて私はそのアンドロマキアの回収に向かいます。ライカ、ペルトローネがそれぞれ適当なアンドロマキアを回収して地下から脱出しなさい。もう一機は、二人で回収できるのならばそのままレグルスに収容。できないのであれば破壊しなさい」
一つのアンドロマキアを爆発させておけば、充分にソーントンの墜落によりアンドロマキアが行方不明ということにも説得力が生まれる。
「畏まりました。では、後ほど」
そこからリノはジガルシアに対して最低限の指示を出してから、レグルスを降りた。スガリはもう治療室に入っている上にナナは現在も錯乱状態であるためにジガルシアにレグルスを任せるしかない。事前にジャミングは起動しておいたために肉眼でアンドロマキアの移動を見られなければ大丈夫だ。リノは、戦闘機のコックピットに乗り込んだ。そして静かにスロットルを押し込む。彼女の視界には、ラズロたちの部隊と近衛兵団が激戦を繰り広げている戦場が映る。
リノは、ライカとペルトローネを優秀な人材として信頼している。だが、まだすべての情報を明かすのは危険だと考えていた。ナナの計画の全容を知る者は、リノとスガリ、そしてナナ自身の三人だけだ。ライカとペルトローネは、あくまでまだ一戦士に過ぎない。もし彼らが計画の真実を知れば、その感情が思わぬ行動を引き起こす可能性があった。
リノが火星の地表へと降下したのは、ライカとペルトローネが三機のアンドロマキアの回収に成功したタイミングを見計らってのことだった。地表には、激しい戦闘の余波で舞い上がった砂埃が充満していた。その視界を遮る砂嵐に乗じて、彼女の戦闘機は音もなく地底へと潜入した。リノの戦闘機は、地下へと続く入り口に静かに着陸した。彼女は機体を降りると、ライカたちとは別の、より深くへと続く通路を見つけた。それは、帝国の紋章が刻まれた、厳重な扉だった。彼女は、カミルから受け取った電子キーで扉を開け、中へと入る。
その通路の先には、巨大な格納庫が広がっていた。そこには、ライカたちが発見した異形のアンドロマキアが、まるで神像のように静かに佇んでいた。
「これがNumberシリーズか」
リノは、静かに呟いた。その機体は、帝国の最新鋭機であるアンドロマキアとは全く異なる、無骨で威圧的なシルエットを持っていた。しかし、その装甲には、見覚えのある紋様が刻まれている。それは、帝国の紋章だった。カミル=デリヴァーからの情報で、その存在は知っていたが、実際に目にすると、その圧倒的な存在感に息をのんだ。この格納庫は、帝国が長年にわたって秘匿してきた研究施設だ。しかし、この機体が開発された経緯は皇室によって完全に隠されている。それを研究し、更なる兵器開発の進展のために使用するべきだという考えの下で火星に運ばれていた。リノは、ナンバーシリーズの周囲を注意深く観察した。彼女が知る限り、この機体を満足に動かせるパイロット技術を持つのはナナだけだ。しかし、ナナは現在レグルスの治療室で錯乱状態にある。ならば、この機体を自分自身が操縦するしかない。戦闘機を乗り捨ててコックピットに乗り込んでみる。
「これは、難しい」
そもそもの作りが違う。同じく戦うことを目的としていても、操縦が直感的に理解しやすい帝国の量産機とは違う。そもそも、現在のアンドロマキアのベース機は工業用、惑星の開発用に使われていたものを兵器に改良したものだ。しかし、それはどのような兵士でも扱いやすいようにという設計を、工業技術者たちが使用していたシステムをほとんどそのまま流用しているために、並大抵のパイロットならば充分に動かすくらいのことはできる。ただ、そのようなものとは全く違う。いわば、兵器として戦うためのアンドロマキア。言葉にすればそれは当然であるはずなのに、それでも戦いのためだけに作られたこの兵器にあのナナ=ルルフェンズが乗るということは味方ながらどこまでも恐ろしい事だった。
「でも、そうでなければ理想は実現できない」
リノは、Numberシリーズのコックピットの中で、静かに目を閉じた。ナナ=ルルフェンズは異常だ。あの才能が自然から生まれてきたというのが、人類の突然変異であると言われてもそれを信じるほどだ。しかし、現代の最新の医療でも彼女は少しだけ人よりも脳が発達しているというのは常識の範囲内だった。先ほどジガルシアに伝えた駒という存在。それはリノ自身の解釈とは少し違っていた。リノは自分自身が駒であると信じている。スガリも、ジガルシアも、近衛兵団も、反乱軍もすべて。いやその全てを形作っていた過去とこれからの未来でさえも、全ては神のオルガンに合わせて踊っているだけにすぎない。ただ、ナナ=ルルフェンズという存在がこの最強のアンドロマキアであるNumberシリーズの九号機、Number9に搭乗すれば、彼女はその神のオルガンの奏者になれるのかもしれない。
Number9のコックピットは、リノがこれまでに知るどの操縦席とも異なっていた。それは、操縦桿やレバーといった物理的な操作系が極限まで削ぎ落とされ、代わりに、パイロットの思考を直接読み取るためのシステムが張り巡らされていた。まるで、パイロットの脳と機体を直接接続するための、巨大な義体のようだった。リノは、そのシステムに自らの思考を同期させた。すると、Number9から放たれる圧倒的なエネルギーと、その機体の情報が、洪水のように彼女の脳内へと流れ込んできた。
「ナナ=ルルフェンズ……あなたには、神のオルガンの奏者にふさわしい舞台を用意して差し上げます」
リノの頭の中には、既に最終戦争の構想が描かれていた。




