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第2章 18話 暴力

 その先の戦闘は圧巻だった。ただただ近衛兵団がナナの、いやリノの命令通りに火星の兵士たちを無傷で拘束していく様をラズロは見ているしかなかった。


 ラズロは、自身の機体であるジグロットを、壊滅した防衛線の残骸の陰に潜ませていた。来るべきタイミングで、近衛兵団とナナ=ルルフェンズの衝突の決着がついたタイミングで動き出すためだ。このレインレールにおいて、自身は反乱軍の二番手のパイロット技術を持っていると確信しているラズロは、敵の戦力を完璧に把握するまで動くことはできなかった。それでも、近衛兵団を相手に部下たちは良く戦っていると思っていた。


「馬鹿な」


 先ほどまで猛烈な攻撃を仕掛けていた火星の反乱軍兵士たちが、まるで手品にでもかかったかのように次々と動きを止められていく。彼らの機体は、装甲を破壊されることなく、かといって完璧に無傷というわけでもない。メインスラスターや関節部といった機動に不可欠な部位だけを、ピンポイントで無力化されていた。それは、長年培われた近衛兵団の卓越した技量と、常軌を逸した集中力がなければ不可能な芸当だった。こんなものは戦いとも、戦闘とも呼べないような代物で、ただただ戦士としてのプライドが傷つけられていくものだった。


 部下たちは必死に抵抗している。ビームライフルを撃ち、ミサイルを放っている。だが、近衛兵団のアンドロマキアは、その攻撃をまるで存在しないかのように躱し、流れるような動きで敵機に肉薄する。そして、閃光が走ると同時に、アンドロマキアは身動きが取れなくなり、地表の的と化した。後はそれが拘束され、強制的にコックピットからパイロットが次々と回収されていく。


「くそっ、どうすればいい」


 ラズロは、固唾を飲んでモニターに映る映像を凝視していた。たった数分の間に、彼の部隊の三割が行動不能に陥った。しかも、彼らは皆、生きたまま捕らえられている。通常の戦闘であれば、味方の撃墜という悲劇は、戦意喪失につながる。しかし、この場合は、撃墜されたわけではない。戦闘不能にされただけなのだ。そのことが、ラズロの心をさらに深く抉った。


 これは、彼らが訓練してきた戦術とは全く異なるものだった。彼らの戦術は、相手の弱点を突き、一撃で仕留めることだった。それは、戦場における効率と、自らの身を守るための唯一の道だった。しかし、近衛兵団は、その常識を嘲笑うかのように、敵を殺さずに制圧している。どうにかしてそれを止めなければならない。そもそも、火星防衛すらままならない状態だ。だが、今の自分ではとてもではないが太刀打ちできないのも事実である。


「もう、取れる選択肢は多くはない。決める!」


 ラズロは覚悟を決めた。


「第六インターナショナルの全機に告ぐ。私に続く者のみ、私に続け。他の者は、このまま撤退し、ダッカニアへと帰還せよ」


 ラズロの決断は、冷静な状況判断から生まれたものではなかった。それは、戦士としての最後の矜持、そして胸中に渦巻く屈辱と怒りから絞り出された、無謀な一撃だった。彼は、このまま部下たちが一人残らず生きたまま捕らえられ、反乱軍の抵抗が人道的という名のもとに完全に無力化されることを、どうしても許容できなかった。ナナ=ルルフェンズとリノ=セルヴェリオが仕掛けたこの巧妙な命令は、物理的な破壊を超え、精神を根底から打ち砕こうとしていたのだ。ただ、それを黙って受け入れるわけにもいかない。


「すぐさまダッカニアの防衛指揮をとっているルビア=ロスカに連絡を入れろ。俺の名前を出せば無下にはしないはずだ。ここは俺がやる」


 ラズロは、自嘲気味に呟いた。彼は、自らが囮となり、近衛兵団の注意を引きつけることで、部下たちの撤退時間を稼ぐことを意図していた。それは、戦場における最上級の自己犠牲であり、同時に、彼のパイロットとしての卓越した技量を、最大限に活用する唯一の道でもあった。


 ジグロットのメインスラスターが、静かに、しかし力強く火を噴いた。目の前に展開するアンドロマキアは五機、その全てに帝国の科学力が惜しみなく注ぎ込まれ、一対一ですらパイロット技能でもアンドロマキアの性能でも敵わない。しかし、奴らは敵のヨワルテポストリを相手に確かに苦戦していた。状況は見ていたが、あの時とは違い、こちらを下手に殺すわけにもいかないために攻撃の手は弱まるだろう。一機を落とせば話は別だろうが、それでも近衛兵団の一機を相手に討ちあい出来れば、それは十分な戦果だと思う。指揮官としては明らかにこの戦場で負けたが、まだパイロットとしては負けてはいない。


 ラズロ=グリフ。その名は、かつて帝国の栄光と千年の繁栄を信じた一人の若き木星人を指していた。彼もまた、父も母も木星の出身者であり、中等部までの教育を何不自由なく過ごした、典型的な木星人だった。彼の人生は、誰もが羨むような、輝かしい未来を約束されていたはずだった。


 しかし、その運命は、父の不正が発覚したことで、唐突に暗転する。父親は母と離婚し、ラズロは母に引き取られることとなった。だが、家族の崩壊は、苦難の始まりに過ぎなかった。父がその不正を理由に、罰として遠く離れた火星へと送られたのだ。


 この出来事が、ラズロの人生に決定的な烙印を押した。木星人しかいなかった中等部のクラスで、彼は突如として異物と見なされるようになった。父親が不正を働いたこと、両親が別れて経済的な差が生まれたこと、それらは些細な問題に過ぎなかった。最も大きな差別の要因は、ただ一つ。火星の関係者が身内にいるという、彼の意志とは無関係な事実だった。


 彼は、あたかも被差別民のような扱いを受けた。冷ややかな視線、ひそひそ話、そして聞こえないふりをしても耳に届く陰口。ラズロは、そんなくだらない差別は、彼自身が実績を積み重ねていけば、いずれは消えるものだと信じていた。より良い高等部に進学し、優秀な成績を収めれば、周囲の見方も変わるだろうと。しかし、彼の淡い期待は、残酷なまでに裏切られる。彼は、軍に入隊してもなお、その扱いが変わることはなかった。どれだけ実力を示しても、彼の背後には常に父親が火星にという汚名がつきまとっていた。それは、彼の努力を無に帰す、逃れようのない呪いだった。差別の歴史についても学んではいた。出身地、性別、思想、宗教、肌の色。様々な理由で過去の人類は差別を繰り返してきた。しかし、それらは基本的には生まれながらに根付いたものが多くあり、単純にそれらの被差別層が途絶えにくいというものから政治的にも、また民衆の心の安寧にもつながるためであったからだとラズロは解釈している。


 いわば、生まれながらに得たもので差別をすれば、常に差別層から見れば被差別層が存在するということだ。ただ、ラズロは違う。ただ、父親が火星へと飛ばされたのみだ。それを罵られるのならまだわかるが、まるでラズロ自身までもが火星人として見られたのは、悔しいとか悲しいよりも恐ろしかった。そこまで人は、木星の人々は差別を当たり前に思い、それを肯定することで虚栄心を保っているのかと。


 だから、ドクトリンからの誘いを受けた。そして、わずかな期間でありながらも部下を持って仕事を任され、それらを共に成し遂げた時のことは嬉しかった。常に不当な評価を受け続けてきたラズロにとって、そんなことは初めてだったけれども、それが幸せだった。別に木星の人々や皇帝に対しての恨みはなく、ただただエウロパを攻撃した際も、自分に与えられた使命を果たす事と、それが成功した後に部下たちと飲む酒のことだけを考えていた。


 ラズロは、自らの内に秘めていた感情を再確認するように、深く息を吐いた。後ろには、二機のアンドロマキアがついてきている。どうやら他のアンドロマキアは徐々に戦線を離脱しているみたいだ。それを追う近衛兵団の奴らもいるが、そこまでは気にかけていられない。とにかく、今は目の前にいる相手に集中するのみ。後の事はルビアにでも任せればいい。あいつなら上手くやるだろう。


「ちっ」


 アンドロマキアのビームが、ジグロットの装甲を掠める。ラズロは、その閃光を冷静に躱し、すぐさま敵の射線から逃れる。彼の心は、奇妙なほどに穏やかだった。相手がこちらを殺すつもりがないとわかっていようとも、それでも攻撃されれば怖いものだと思っていたが、冷静に対処できた。


 ラズロは、自らのジグロットを囮に、敵の注意を引きつける。彼は、まるで舞うように火星の表面上を飛び回り、敵の攻撃を紙一重でかわしていく。アンドロマキアのビームが、彼の機体のすぐそばを通り過ぎ、虚空に消えていく。その度に、彼に続く二機のアンドロマキアが、敵の死角から反撃を試みた。しかし、近衛兵団は、一筋縄ではいかなかった。彼らは、ラズロの動きを正確に読み、まるで網を張るように彼らを囲い込んでいく。彼らの連携は、完璧だった。一機がラズロの動きを封じようとすれば、残りの四機がその援護に回る。彼らは、個人の技量だけでなく、チームとしての完成度も、圧倒的にラズロたちを上回っていた。個の力だけでなく、チームとしての完成度も高いのかと嫌になりそうになる。そんなことを考える余裕があった。


 「ちっ、思ったより厄介だ」


 ラズロは、敵の連携の前に、思うように攻撃を仕掛けることができない。彼は、敵の包囲網を突破しようと、一気に加速した。一度は敵の陣形をかき乱して一対一を、あるいはこちら側の数的優位を部分的にも時間的にも作らなければさすがに落とせない。だが、その動きを読んでいた一機のアンドロマキアが、彼の前に立ちはだかる。その機体には、近衛兵団の指揮官、ハクライ=カムイミンタラのパーソナルマークが刻まれていた。神々しい光を放つ白い機体。


 ラズロのジグロットが、白いアンドロマキアと対峙する。その機体は、まるで神話に登場する戦士の鎧のように、宇宙空間の光を反射して輝いていた。一対一の状況は、ラズロが最も望んでいたものだ。彼は、これまでの戦場で培ってきた全ての経験と技術を、この一瞬に賭けるつもりだった。


 「ハクライ……お前が相手か」


 ラズロは、心の中で呟いた。彼の操縦桿を握る手は、微塵も震えていなかった。最悪の場合には、ジグロットを自壊させて相手を巻き込めればいいと考えてもいたラズロにとって、ハクライを巻き込めればより大きな戦果だから、ある意味では幸運だった。さすがに自分が真っ先に散れば、今も自分に付き従ってくれている部下たちも戦場のバランスが崩れて、いずれ拘束されるだろう。プライドは傷つくだろうし、この場所で死ななかったことを後悔する日がくるかもしれないが、それでもラズロはみんなに生きていて欲しかった。ただ、その一方で第六インターナショナルの勝利のためにはここで近衛兵団を一機でも潰したい。


 白いアンドロマキアが、静かに動く。その動きは、無駄なエネルギー消費を一切感じさせない、流れるようなものだった。ハクライは、ラズロを殺すつもりがない。ただ、彼を無力化し、捕獲することだけを考えている。それならいい。どこかのタイミングで近づいてくるはずだ。


「来い!」


 ラズロが叫ぶと同時に、ハクライのアンドロマキアが、一気に加速する。しかし、その動きは、ラズロの予測通りだった。ラズロは、ビームを放つと見せかけ、寸前でジグロットを旋回させ、ハクライの機体の死角へと回り込んだ。ハクライは、一瞬の判断の遅れをラズロに突かれ、彼女の機体は致命的な一撃を喰らう。だが、その一撃は、アンドロマキアの装甲を貫くには至らなかった。ラズロは、歯を食いしばる。彼の機体の性能では、ハクライのアンドロマキアを破壊することは不可能だった。だから、こうするしかない。自爆のスイッチには、既に手を置いていた。後はこれを押すだけだ。


 歯を食いしばり、目をつぶり、スイッチに手をかける。走馬灯は巡らなかった。ただ眩しいほどに白い光が強く点滅し、そして消えていった。

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