間章 ペルセウス王の親征
「フムッ、予定より随分、旅のメンバーが増えたな。まぁ、行程自体は順調だし、致し方ないな・・・」
その男は、部屋中に奇妙な機械や道具が置いてある、研究室のような場所にいました。
彼は漆黒の貴族風の服の上に、同じく黒マントをまとった、全身黒ずくめの格好をしており、部屋の中央部にある大きな機械の前で、豪奢な椅子に座っていました。
機械にはガラス状の四角い窓がついており、そこに映っている映像に、椅子に座った男は見入っています。
そして驚く事に、その窓には、「家獣」に乗って旅をする、シュナンたちの姿が映っていたのです。
そのガラス窓に映る映像の視点は、シュナン少年が持つ師匠の杖の、先端部分の位置から見たものでした。
つまり、その映像装置の前に座る人物は、シュナンの持つ杖を通じて、彼らの旅の様子を、遠隔地からつぶさに観察していたのです。
そう、この人こそ、シュナン少年の魔法の師匠であり、ペルセウス王の王国に仕える、大魔術師レプカールだったのです。
彼は盲目の弟子の為に、周囲の状況を直接映像として脳に送り込む、不思議な魔法の杖を、彼に与えました。
また、その杖についた大きな眼を通じて、旅の様子を把握すると共に、杖の発する音声を使って、シュナン少年に細かい指示を送り、弟子である彼を、陰から操っていたのです。
ちょうど今、彼がその前に座る機械の画面には、「家獣」の上で、吟遊詩人デイスが、シュナンたちの仲間に加わろうとしている光景が、映し出されていました。
レプカールは、ビロード張りの椅子に身体をうずめながら、その画面に映る光景を見て、首をひねります。
「どうも、このデイスという男、正体がつかめんな・・・。さっきは竪琴の魔力で、シュナンたちが自分に好感を持つように、誘導してたみたいだし。まぁ、しばらく様子を見るか」
そう言うとレプカールは、機械のスイッチひねり、ガラスの画面に映る映像を切って、一旦、シュナンが持つ杖との通信を断ちました。
そして暗くなった機械の画面を一べつすると、椅子から立ち上がり、その大きな通信用の魔法機械に背を向けて、部屋の出口へと向かいます。
彼は、様々な魔法の道具や機械が並んだ部屋を通り抜けると、扉口のドアから外に出ました。
すると、そこはいくつもの部屋の扉が並んだ、広い通路でした。
彼が今までいた部屋は、その内の一室であり、彼が今いる場所は、この国の王宮の広大な敷地内にある、重臣たちが集う、建物の一角だったのです。
宮廷魔術師であり軍師でもあるレプカールは、いつでも王に助言できるよう、王宮内の王の執務室にも近い場所に部屋を与えられ、日々、政務と魔法技術の研究にいそしんでいたのです。
そして今、彼は、己の主人である王に面会するために、自分の部屋を出ると、そこから多数の扉が居並ぶ通路を抜けて、王のいる執務室へ向かって、広大な王宮の中を貫く、ピロードが敷かれた吹き抜けの長い道を、急ぎ足で歩いていました。
それは最近、彼が、弟子であるシュナンに命じて推し進めている、ある計画について、王に経過を報告する為でした。
通路を歩いているレプカールに対して、彼とすれ違った兵士や官女は、深々と挨拶をします。
レプカールは、彼等に対する返礼の挨拶もそこそこに、足早に王宮の長い通路を歩きます。
やがて彼は、兵士が左右を守る、大きな両開きの扉の前に、たどり着きます。
彼がその豪奢な扉の前に立つと、左右にいた兵士が軽く扉をノックしてから、その両開きの扉を内側に開いて、レプカールを部屋の中に通しました。
兵士たちが両側に控える、その間をすり抜けるように、扉の中に入るレプカール。
そこは、この国の支配者である国王が、家臣とともに政務を行う執務室でした。
国王がさまざまな陳情を受ける場所でもあり、レプカールが、その広い立派な部屋に入ると、大勢の家臣が、ひしめくように壁際に並んでいました。
そして部屋の中央部分は、台座のように一段高く床からせり出しており、その上には、玉座に座った王の姿がありました。
王を取り囲んで立っている群臣の注目を浴びながら、その周りの床より一段高いスペースに置かれた、玉座に座る王の前にひざまずく、宮廷魔術師レプカール。
そんな自分の前に平伏するレプカールに対して、玉座に座る国王は、椅子の肘掛に肩ひじを置き、頬杖をつきながら声をかけます。
「顔を上げよ、レプカール。シュナンドリックのー。例の、お前の弟子の、旅の様子はどうだ。順調かな?」
そうです、その玉座に座った豪奢な服をまとった、長いあごひげが特徴的な白髪の老人こそ、この国の国王である、パルテバーン・ペルセウス13世だったのです。
彼は、メデューサの先祖を倒して名声と勢力を得た、英雄、初代ペルセウス王の子孫であり、地中海沿岸の広大な地域を支配する、一大王国の支配者でした。
自らが仕える強大な王の前に平伏していた、家臣である魔術師レプカールは、その顔を上げると、ひざまずいた姿勢のまま、主人の質問に答えます。
「はい、今のところは、順調です。モーロックの都で足止めを食った時は、どうなるかと思いましたがー。メデューサ族の本拠地だった、「夢見る蛇の都」があるはずの場所に、目と鼻の先の地点にまで迫っています。王も、そろそろ動かれた方がよろしいかと」
レプカールの言葉を聞いたペルセウス王は、玉座に座りながら、大きくうなずきます。
それから、周りに立つ側近たちに向けて、鋭い声で指示を飛ばします。
「皆の者、出陣の準備だ。各地の王子に、伝令を送れ。レプカールの弟子の後を追って、軍勢を出動させるのだ。メデューサ族の旧都に眠る遺産を、我が物とする為に」
そしてペルセウス王は、再び、自分の前にひざまずくレプカールの方に目を戻すと、射抜くような視線で、臣下である彼を見つめました。
「しかし、お前も、ひどい悪人よな。純真な弟子を利用して、メデューサ族の秘宝を探させたあげくに、それを横から奪い去ろうとするとはー」
しかし、王の眼前にひざまずくレプカールは、主人の皮肉にも動じる事なく、飄々とした態度で、答えを返します。
「いやいや、もちろんシュナンには、「黄金の種子」を、手に入れてもらうつもりですよ。あれがあれば、我が国の食料問題は解決しますし、それに他国に対しても有利に立てるでしょう。ただついでに、他のお宝も手に入れようというだけの話ですよ。メデューサ族が使っていた、巨大な飛行機械とか、気象を操る超兵器とかをね。我々の王国が、全世界を支配する、大帝国へと成長する為にー」
広い部屋の真ん中で、床からせり出た四角い台座の上に置かれた黄金色の玉座に座るペルセウス王は、臣下である魔術師レプカールの言葉にうなずきながらも、少し呆れた口調で彼をたしなめます。
「まったく、お前の弟子のあの少年の事が、気の毒になるよ。あの者の両親を殺し、彼から視力を奪った張本人は、お前だと言うのにー」
王の、その言葉を聞いたレプカールは、軽く肩をすくめます。
そしてペルセウス王や、周囲に立つ群臣たちの、恐れと軽蔑が複雑に入り混じった視線を一身に浴びながら、ひざまずいた姿勢のままで、低い声を出しました。
「フフフ、元はと言えば、あの両親が悪いんですよ。せっかく、シュナンを、弟子にしてやると言っているのに、わしが邪悪な魔法使いだから嫌だと、断ってきたんです。まったく、村の呪い師( まじないし )風情が、生意気なー。おかげでシュナンも、余計な苦労をしょいこむ事になった。まさしく、親の因果が子に報いと、いったところですかな。本当に可哀想な奴ですよ。クークックック」
レプカール師匠の邪悪な笑い声が、ペルセウス王の執務室の中に、響き渡りました。
[ 第2部( 激闘編 )へ続く ]




