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邪神モーロックの都 その54

 さて、そんな風に「家獣」に乗って、新たに旅をスタートさせたシュナン一行ですが、そんな彼らが驚くある出来事が、その「家獣」で移動している最中に起こります。

それはモーロックの都の姿が、「家獣」の背中に立つ彼らの視界から消えて、しばらく経ってからの事でした。

相変わらずメデューサとレダは、「家獣」の背中の上を柵で囲ったベランダのような場所でいがみ合っており、そんな二人を、周りにいるシュナンとボボンゴが戸惑いながらも、何とかなだめようとしていました。

すると突然彼らの耳に、どこからか、扉をガチャリと開ける音が聞こえてきたのです。

彼らが驚いて音のした方を振り向くと、中には誰もいないはずの、「家獣」の背中に建っている木造家屋の扉が、どうした事か開いており、なんとそこから一人の男が、大あくびをしながら出てきたのです。


「ふわぁーっ。よく寝れました。ところでみなさん、そろそろ昼飯にしませんか?」


移動する魔獣の背中に建つ家の中から飄々と出て来た、その男の姿を見て、家の外側のベランダみたいな場所にいるシュナン一行は、全員びっくりして、一瞬言葉を失います。

言い争っていたメデューサとレダも、目を丸くして彼を見つめています。


「デ、デイス・・・」


そう、家の中から出て来た、その男は、シュナンたちがモーロックの都で最初に出会い、共にムスカル王と戦った、謎の吟遊詩人デイスだったのです。

王宮内の戦いの後に、いつの間にか姿を消していた彼は、どうやったのか「家獣」の背中に建つ家の中に、こっそりもぐり込み、シュナンたちについて来たのでした。

白いゆったりとした吟遊詩人の服を着た彼は、片手に古い竪琴を持っており、ゆっくりと家の中から、魔物の背中を柵で区切ったベランダのような場所に歩み出ると、やがて真顔で、そこに立つシュナンたちの前にひざまずきます。


「シュナンさん、あっしも、あなた方の旅に同行させて下さい。必ず、お役に立ちますぜ」


移動する魔物の背の上で、そこに建っているベランダ付きの家の前に居並ぶシュナン一行は、デイスのその言葉を聞いて、一斉に困惑の表情を浮かべます。

彼らを代表して、師匠の杖を持つシュナン少年が言いました。


「うーん。でも、僕たちには、吟遊詩人を雇う余裕なんてないよ。それに、お金もないしね。悪いけど・・・」


しかし彼の前にひざまずくデイスは、いやいやと顔の前で手を振ると、笑顔を浮かべながら言いました。


「金なんか要りませんよ、シュナンの旦那。旅に同行させてもらうだけで、充分ですぜ。あっしは、あなた方の冒険を、すぐ側で見届けて、それを元にして吟遊詩を作るつもりなんです。永く人々の間に語り継がれる、素晴らしい物語をね」


魔獣の背に揺られながら旅を続ける一行の前に、突然姿を現したデイスに対して、シュナン少年はもちろん、彼の傍らに寄り添うメデューサとレダも、思わず首をかしげます。


「あなた本当に、詩なんか作れるの?」


「そうよね。街にいた時は、全く聴く機会が無かったものね」


少し離れて、魔獣の背中をぐるりと囲む木の柵の付近で、腕組みして立つ巨人ボボンゴも、何やら疑いの目で、ひざまずくデイスの姿を見ています。


「なんか、怪しい」


しかし、デイスは、さらに手を、自分の顔の前で激しく振ると、ひざまずいていた足を崩して、あぐらの姿勢で、彼らの前に坐り直しました。

そして持っていた古い竪琴を、身体の前で構えます。


「そんな事、言わないで下さいよ。詩の最初の部分はできてるんですぜ。聴いてくださいー」


そう言うとデイスは、シュナンたちの前であぐらをかいて座りながら、手に持つ竪琴を弾き鳴らします。


「む~かしむかし~四羽の小鳥が~♪」


長い長い4本足で地上を闊歩する、「家獣」の背中から、場違いなハープの音が、周囲に響き渡りました。

魔獣の背の上の、ベランダのように柵で仕切られた場所で、自分たちの足もとに座る、デイスの竪琴の演奏に、耳を傾けていたシュナン一行ですが、やがてシュナンの持つ師匠の杖が言いました。


「悪いが・・・あまり上手いとは言えんな。まぁ、一生懸命弾いてるのは、わかるんだが・・・」


その手厳しい評価を聞いたデイスは、竪琴を弾くのを中断して、少し拗ねた口調で声を発します。


「そんな事、言わねえで下さい。あっしは作者と一緒でナーバスだから、傷つきますぜ。あっしは、ほめられて伸びる子なんですぜ!」


すると、あぐらをかいて座る彼の正面に立つシュナン少年が、その目隠しをした顔に苦笑いを浮かべると、フゥッとため息をついて、あきらめたかのようにうなずきました。


「わかったよ、吟遊詩人デイス。あなたは陽気で楽しい人のようだ。人里離れた山道をこれから旅する我々には、君の音楽と語りは、大きな慰めになるだろう。もちろん安全の保証は出来ないが、もしあなたがそれでもいいのなら、僕たちの旅の仲間になってくれ」


シュナンの周りにいる、他の仲間たちも、それぞれ同意したようにうなずきます。

シュナンの旅の仲間に加わる事を、許可されたデイスは、座っていた場所からパッと立ち上がると、側にいるシュナンたちに、深々と一礼をしました。


「感謝しやすぜっ!シュナンの旦那!!それに他の皆さんっ!皆さんの旅の行く末は、この吟遊詩人デイスが、しっかりと見届けますぜ!!」


そんな彼に対して、シュナンの持つ師匠の杖が、声をかけました。


「君の演奏の腕は確かに今ひとつだが、そのハープの音色には、どこか人を惹きつける魅力があるな。何だか郷愁を誘うようなー。シュナンたちの君に対する判断にも、影響があったみたいだし。もしかして、思考操作ができる、魔法のハープなのかね?」


謎の吟遊詩人デイスは、師匠の杖のその言葉を聞くとニヤリと笑い、もう一度手に持つ竪琴を、軽くポロンと弾きました。


「それは、企業秘密ですぜ。レプカールの旦那」


こうしてシュナン一行は、新たに吟遊詩人デイスを、その仲間に加え、モーロックの都の人々からもらった「家獣」の背中に乗って、探索の旅を再開したのでした。

メデューサの祖先の故郷の地である、東の旧都パロ・メデューサ。

現在では「夢見る蛇の都」と呼ばれる、その場所を目指して。

人々を飢餓と戦争から救うという、「黄金の種子」を手に入れる為にー。

シュナンたち5人は、背中に家がついた不思議な生き物「家獣」の上に乗って、旧モーロックの都の周囲に拡がる、人間族が多く住む地域を通り抜けると、やがて深い森と険しい山々の丘陵が連なる山岳地帯へと、その足を踏み入れました。

そこから先に広がる森林や山々を踏破する道は、メデューサ族の故郷へと向かう為の、最短ルートでした。

しかしまたその辺りは、かつてメデューサの一族と覇権を争った、美と狩猟の女神アルテミスが支配する地域でもありました。

はるか昔、この辺り一帯の自然開発をを巡って、メデューサの祖先は、神であるアルテミスと鋭く対立し、結果的に、女神の神託を受けた英雄王ペルセウスによって、メデューサ族の王国は滅び、生き残りの王族は、この地から追放されたのです。

生きた蛇の髪と、見つめた相手を石に変える魔眼を持つ、おぞましい怪物の姿に、その身を変えられてー。

ちなみにその英雄王ペルセウスこそ、シュナン少年とレプカール師匠が宮廷魔術師として仕える、現国王の祖先であり、西の都を中心に栄えている広大な王国の創設者だったのです。

シュナンたちを乗せた「家獣」は、目の前に広がる鬱蒼とした森の入り口に立つと、その長い長いキリンみたいな脚で、高く繁った木々を軽々と踏み越えます。

そしてシュナンと旅の仲間たちは、「家獣」の背中に乗って、そのどこまでも続くかに見える、神々が支配するという古き森の奥深くへと、分け入っていったのでした。



………………………………………



むかしむかし、邪神に支配された街に、四羽の小鳥がやって来た。

赤い小鳥は言いました。

わたしは、剣を振るいましょう。

悪魔をこの街から、追い出すために。

緑の小鳥は言いました。

わたしは、盾をかざしましょう。

降りかかる災いから、仲間たちを守るため。

青い小鳥は言いました。

わたしは、果樹を植えましょう。

子供たちが、お腹いっぱい食べれるように。

黒い小鳥は言いました。

わたしは、歌を唄いましょう。

みんなが仲良く出来るよう。

四羽の小鳥は、彼らに勇気づけられた街の人々と協力し、邪神をこの地から追い払った。

そのあと小鳥たちは、再び吹いた風に乗って、街から去っていった。

それから長い年月が流れ、人の世は移り変わった。

けれどこの街の人々は、朝な夕なに、鳥の飛び去った東の空を眺めて祈る。

いつか鳥たちが舞い戻り、青い小鳥が残した、広い果樹園の木々の上に、止まる日が来ることを。

彼らの歌がもう一度、この街に、夜明けの刻を告げる日をー。


ーギリシャ地方の、古い都市国家に伝わる、ある無名の吟遊詩人の詩ー


[続く]


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