邪神モーロックの都 その51
さて、ムスカル王の王宮内での激しい戰いが起こった日から、三日後の朝の事です。
その朝、モーロックの都を取り囲む城壁の正門前には、戰いの疲れを完全に癒し、再び探索の旅へと出立しようとする、シュナン少年と、その仲間たちの姿がありました。
彼ら四人は旅支度を整え、それぞれ自分の身体のサイズに合わせた荷物を持ち、モーロックの都の城門の前に立っていました。
メデューサは、再びフード付きのマントを身につけて、生きた蛇の髪や魔眼が、外側からは見えないようにしています。
そして、彼女を含むシュナン一行は、自分たちを見送るために城門付近に集まった、オロやテトラを初めとする大勢の市民たちの前に立ち、彼等と向かい合っていました。
シュナン一行を見送るために、城門前に居並んだ市民たちを代表して、彼らの真ん中に立つオロが、一歩前に出て、シュナンたちに別れの挨拶をします。
「本当に、ありがとうこざいました。あなた方の助けで、この街は新たなスタートを切ることが出来ました。すべては、これからですがー」
オロ元村長ー。
今は市民たちに、新たに市長に選ばれた彼は、シュナンとメデューサの方にあらためて向き合うと、彼らに対して、先日から何度もしている提案を、再びしてきました。
「シュナン君、それにメデューサさん、良ければ、この街に残って、私たちと一緒に暮らしませんか?族長である、レダさんやボボンゴさんとは違って、あなた方は自由な立場のはず。どうか、この街に残って下さい。そして、新しい街を共に作りましょう」
オロ市長の隣で、シュナン一行と向き合う、ジムとテトラの夫妻も、横から口を挟んできます。
ちなみに今日は、夫妻の子供であり、先日助け出されたラオ少年も、この場に来ており、ジムの背中に隠れて、恥ずかしそうにシュナンたちを見ています。
「そうです。シュナン君、メデューサちゃん、どうか街に残って!あなた達が、わたし達の為に、懸命に戦ってくれた事は、みんな知ってます。誰も、メデューサちゃんを、差別したりはしません」
「テトラの言う通りですっ!メデューサちゃんを差別する奴がいたら、俺は決して、そいつを許しません。だから、どうか、この街で、俺たちと一緒に暮らして下さい」
ジム夫妻の言葉を受けて、城門に居並ぶ大勢の市民たちの列からも、次々と賛同の言葉が発せられます。
シュナンは師匠の杖を通して、そんな市民たちの様子をぐるりと見回し、彼らの熱意とその友愛の心に、深くうたれました。
そして、この一事だけでも、身をていして戦った甲斐があったと思いました。
しかし、やがてシュナン少年は、目隠しをした顔を上げて、オロたちの方に向けると、軽く首を振って言いました。
「ありがとう、オロ市長、それにみなさん。でもやっぱり俺は、旅を続けます。「黄金の種子」を探すという大切な目的を、放棄するわけにはいきませんから。それに、やっぱり我々は、この街にとっては異邦人です。たまたま、この土地に吹いた、一陣の風に過ぎません。岩を砕き、砂塵を巻き上げたら、風は去っていくものです」
シュナンの隣に立つメデューサも、自分を受け入れてくれたこの街の人々に感謝し、マントのフードに包まれた頭を、ペコリと彼らに向かって下げてから、言います。
「ありがとう、皆さん。ご厚意は、決して忘れません。けれど、わたしは、シュナンと一緒に旅を続けます。この旅の先に、きっと、わたしの知りたかった自分の運命についての答えが、ある気がするんです」
オロ市長は二人の答えを聞くと、残念そうに、首を振ります。
「そうですかー。お二人の決意は、固いようですね。仕方がありません」
ジム夫妻や他の市民たちも、落胆した表情を顔に浮かべて、その場に立ち尽くしています。
そんなちょっと重い沈黙を破るように、オロ市長の近くに立っていたクズタフ隊長が、シュナンたちに話しかけます。
「まぁ、お前にも、色々と事情があるだろうしな。でも目的を果たしたら、またこの街に立ち寄ってくれよ。その時に、もしもその気になったのなら、ここに住めばいい。それなら、いいだろ」
クズタフ隊長の言葉に、今度はしっかりと頷いて、その提案を受け入れるシュナン。
「わかったよ、隊長。旅から無事に戻れたら、必ずまた、この街に立ち寄るよ。約束する」
その返事に納得したのか、強面の顔をニヤリとさせながら、シュナン少年にうなずき返す、クズタフ隊長。
オロ市長やテトラやジム、それに城門の前に集まった大勢の市民たちも、少し安堵したように、その顔をほころばせます。
すると今度は、クズタフ隊長の隣に立つジュドー将軍が、シュナンの隣で手を後ろで組んでるレダに対して、声をかけました。
市民たちに降参した彼女は、オロ市長の命令で、引き続き軍司令官として、この街の治安維持に協力していました。
今は黄金の鎧ではなく、貴族風の女性用軍服を、その身にまとっています。
「君やボボンゴも、この街に、是非、また来てくれよ。新しく生まれ変わった、この街を、君たちに見て欲しい」
レダは自分と死闘を繰り返した、その長い黒髪の女将軍の顔を真っ直ぐに見つめ、口元に笑みを浮かべます。
「わかったわ、ジュドー。あなたなら必ず、オロを助けて、この国の大きな柱になれるでしょう。頑張ってね」
レダの隣で、一番大きな旅の荷物を背負って立つボボンゴも、その野太い声で、ジュドー将軍を激励します。
「子供、大事にな。自分の子供も、他人の子供も」
二人の励ましの言葉を聞いたジュドーは、感極まった様な表情を浮かべて、顔をうつ向かせました。
そんな風に城門の前で、しばし語り合い、別れを惜しんでいた、シュナン一行と旧モーロックの都の市民たちですが、そんな彼らに近づく、一つの巨大な影がありました。
シュナンたちが何事かと振り返ると、なんとそこに見えたのは、自分たちに向かって、地響きと共に近づいて来る、巨大な怪物の姿でした。
それは一見すると、とてつもない長さのキリンの脚を持つ、大きな灰色の象のような姿をしていました。
奇怪な姿をしたその魔獣は、象によく似た巨体から伸びた、木の枝みたいな四本の細長い脚で地面を踏みしめて、シュナンたちがいる城門付近へと、ゆっくりと近づいて来ます。
見上げる程の高さのある、細長い脚に胴体を支えられた、その巨大な生き物の背丈は、5階建ての建物くらいあり、しかもその背中に、ベランダの付いた小さな家を乗せています。
そして、その極端に足の長い奇妙な巨獣を、シュナンたちの方へ誘導しているのは、なんと先日の戦いに敗れ投降した、カムラン元市長でした。
彼は部下数人と共に、巨獣の足元の地面を走り、併走しながら合図を送り合って、その巨獣を追い立てる様に、シュナンたちの元へ誘導しています。
カムランたちによって誘導された、その巨獣が、土煙りを立てながら、自分たちの目前に近づいてくる事に気付いたシュナン一行は、一斉に身構えました。
しかし、側に立っているオロ市長の言葉で、すぐにその警戒を解きます。
「ああ、やっと来た。カムラン、遅いじゃないか?何をグズグズしていた?」
巨獣を誘導しながら、こちらに接近して来たカムランは、城門の前に到着すると、そこにいるオロ市長やシュナン少年に対し、ペコペコと頭を下げます。
そして、自分がここまで誘導し、今は城門前の地面に静止して立っている、その巨大な生き物を、指で指し示しながら言いました。
「いやぁ、すいません。調整に、手間取りましてね。でも、見てください。人間に従順な、この背中に家を付けた生き物「家獣」があれば、シュナンさん達の旅が、快適で安全なものになる事は疑い無しです」
[続く]




