邪神モーロックの都 その50
ムスカルとの戦いを終えて、水晶の塔から出てきたシュナン少年に向かって、彼の仲間たちは、一斉に駆け寄ります。
そして少年の側まで来ると、彼を取り囲んで抱きついたり、肩を組んだり、頭を撫でたりして、その身体をもみくちゃにしていました。
それは仲間たちの、シュナンに対する、友情と愛情の気持ちの表れでした。
仲間たちにもみくちゃにされているシュナンは、当惑しながらも、自分の腕にしがみついているメデューサの方に、その目隠しで覆われた顔を向けて言いました。
「ただいま」
シュナンの腕に頬ずりしながら、蛇の前髪の下から覗く口元を、にっこりと微笑ませるメデューサ。
「おかえり」
そんな風に、ちょっと甘い雰囲気を漂わせる、二人の会話をぶった切るように、レダが口を挟んできます。
「あのムスカルを、倒したのね、シュナン!凄いわっ!!」
レダは、メデューサとは反対側の方向から、シュナンの杖を持っている方の腕にしがみつき、自分の胸をギュッと押し付けています。
しかしシュナンは、レダの言葉に、首を振って答えます。
「いや、結局、取り逃がしたよ。刺し違えてでも、彼を倒すつもりだったんだが・・・。向こうの方が、一枚上手だった」
すると、彼が手に持っている師匠の杖が、その先端の円板についている大きな目を光らせ、弟子のシュナンに対して言いました。
「いや、シュナンよ。あのムスカルを、敗走させただけでも大したものだ。ワシとて、あいつとまともに戦えば、勝てたかどうか判らん」
そして今度は、シュナンの正面に立つボボンゴが、魔法使いの少年の頭に、その大きな手を乗せて、髪の毛を、ワシャワシャとかき混ぜるように撫でました。
「シュナン、良くやった。それに、シュナン生きてる。これが何より、一番大事。シュナンの命、一番大事」
メデューサやレダも、ボボンゴのその言葉に、大きくうなずきます。
ムスカルを倒す事より、シュナンの命の方が仲間たちにとっては、比べ物にならないほど大切でした。
そんな仲間たちの気持ちを知ってか知らずか、シュナン少年は、ボボンゴの手で頭をクシャクシャにされながら、何だか照れ臭そうにしていました。
「ちょっ・・・やめてくれよ、ボボンゴ。子供じゃないんだから・・・」
彼の持つ師匠の杖が、再び呆れたように、声を発します。
「まぁ、確かに頭、を撫でられて喜ぶような、歳ではないな」
その師匠の言葉を聞いた、他の旅の仲間たちは、互いに顔を見合わせると、楽しげな声で、一斉に笑いました。
こうして再会を喜びあっていた、シュナン一行ですが、そんな彼らの耳に、何やら遠くの方から、市民たちが上げる、大きな歓声が聞こえて来ました。
シュナンたちが驚いて、声のした方に振り向くと、広場にひしめく大勢の市民たちが、モーロック神殿の建っている方角を見つめたり、指差したりしながら、大きな歓声を上げています。
シュナンたちも、何事かと思い、神殿のある方角に、それぞれの視線を向けました。
するとー。
そこにはなんと、テトラに引き連れられ、モーロック神殿の中から、おずおずと外に出て来る、生贄になるはずだったはずの、大勢の子供たちの姿があったのです。
白い生贄用の服を身にまとった子供たちは、神殿内で彼らの側に付き添っていた、酒場の若女将テトラの先導で、神殿の長い階段を、おぼつかない足取りで、一生懸命に降りています。
そうですー。
今まで、神殿の建物の中に身を潜めていた子供たちが、王宮内の戦いが終息した事に安堵したテトラによって、外に連れ出され、彼らを救う為に立ち上がった多くの人々の前に、とうとうその姿を現したのです。
王宮内の広場にひしめいて立っていた大勢の市民たちは、神殿から出て、長い石造りの階段をこちらに向かって降りてくる、白い服を着た子供たちを見て、大歓声を上げます。
そして市民たちの中で、その子供たちの中に、自分の子供の姿を見つけた者たちは、我が子の名前を叫びながら、神殿の階段を降りる彼らに向かって、一斉に駆け出して行きます。
両手を前に突き出し、泣き叫びながら、我が子を求めて、神殿の階段に向かって走り寄る、大勢の市民たち。
愛する我が子の名前を叫ぶ父と母たちは、大きな人の波となり、神殿の巨大な石造りの階段に向かって、押し寄せます。
「UMA」のコンサートが開かれていた、広場の舞台の周りからも、そこにいた人々が、子供たちが現れた神殿の方に、一斉に移動したために、潮が引くように、すっかり人がいなくなってしまいます。
その光景を見た、舞台の上のペガサス族の少女たちは、歌うのをやめると、顔を見合わせて、苦笑しました。
そして、その神殿から出て来た、子供たちに向かって駆けて行く市民たちの中に、テトラの夫であるジムの姿もありました。
彼は子供たちを引率しながら、我が子と手を繋いで神殿の階段を降りる、テトラに向かって駆け寄ると、両方の腕で、妻と子を同時に抱きしめます。
「ラオ・・・。無事で良かった。テトラも・・・」
妻子に再会し、感無量のジム。
テトラと息子のラオも、ジムの身体にしがみつき、むせび泣いています。
やっと再会できた親子三人は、神殿の階段の上にうずくまり、互いに抱き合って一つの影となり、しばし感情の赴くまま、泣き続けていました。
他の親たちも、次々と我が子に駆け寄り、その小さな身体を階段の上で抱きしめて、無事に再会できた事を、家族で喜び合っています。
もちろん、遠くの村から連れてこられたり、親に売られたりして、自分の親に再会できず、神殿の階段の途中で、所在無げにしている子供たちも、大勢いました。
しかし、そんな子供たちにも、心ある市民たちが次々と駆け寄り、安心させるように、ギュッと抱きしめます。
全ての子供が、神殿の階段上で、親たちに抱きしめられると、その子供たちは、一斉に声を合わせて、泣き始めます。
モーロック神殿の巨大な石造りの階段に、大人たちにしっかりと抱きしめられた生贄の子供たちの、堰を切ったような泣き声が、響き渡ります。
それは両親と引き離されて、神殿内の牢獄に閉じ込められ、もう少しで邪神の生贄にされようとしていた子供たちの、その重苦しく悲惨な運命から解放された事に対する、心からの安堵の叫びなのでした。
一方、久々に全員が揃ったシュナン一行は、市民たちが、神殿から現れた子供たちの方へ一斉に移動した為に、閑散となった、王宮内の広場に立って、そこから事の成り行きを、じっと見守っていました。
神殿を見つめる彼らの目に、全ての生贄の子供たちが、大人たちにしっかりと抱きしめられている光景が、まぶしく映ります。
そしてシュナンと、彼の旅の仲間たちは、互いの顔を見つめると、笑顔でうなずき合いました。
すると、その時でしたー。
広場に残っていた市民のうち、シュナンたちの近くにいた誰かが、大きな声で叫びました。
「見ろっ!!水晶塔が崩れるっ!!」
シュナンたちは、その声に驚き、自分たちの立っている広場からは、ちょうど正面にあたる場所に立つ、ムスカルの本拠地であった、水晶の塔の方を見上げました。
すると、その箱型の土台の上に立つ高い塔が、てっべんの方から、徐々に崩れ落ちてゆく姿が見えました。
最上階にある水晶魔宮は、青い光を発して、分解を始めており、そこから無数のひび割れが、塔全体を覆っています。
今や、水晶塔を中心とした、王宮内の広場の周辺にいる者たちは、一斉に、その崩壊しつつある、ムスカル王の牙城の姿を、見上げていました。
シュナン一行と、オロ元村長やクズタフ隊長など、反ムスカル派の、市民たちや兵士たち。
それに、シュナンたちを助ける為に、この地にやって来た、異種族の仲間である、ペガサス族とボンゴ族。
さらには、市民たちに保護された生贄の子供たちや、今は降伏した、ジュドー将軍やカムラン市長率いる魔牛兵など、ムスカル王の側で、戦っていた者たち。
後から王宮に攻め寄せた、大勢の一般市民を含め、王宮内にいる、全ての人々が見つめる中で、その水晶の塔は、上部から徐々に分解し、崩壊して行きます。
そして、ムスカル王の権威と力の象徴だった、その水晶で造られた高い塔は、人々の眼前で、背後の青空に溶け込むように無数の破片に砕け散り、やがて、跡形もなく、崩れ落ちて行きました。
[続く]




