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邪神モーロックの都 その48

 それから、しばらく後の事です。

モーロックの都の北側に広がる砂漠地帯を、一人で飄々と歩く、旅人の姿がありました。

それは先ほどまで、モーロックの都の王宮内で、シュナンと死闘を繰り広げていた、ムスカル王でした。

シュナン少年との戦いでボロボロになった、貴族風の服やマントは脱ぎ捨てて、今はどこからか調達した、質素な旅人の服を着ています。

砂漠を旅して、モーロックの都から遠ざかって行く彼は、一度だけ後ろを振り返って、今は地平線の彼方に霞んで見える、その城壁に囲まれた姿を見つめます。

一瞬、彼の横顔に、感傷めいた表情が浮かびました。

しかしすぐに、その気持ちを振り払うかのように肩をすくめると、前を向いて、再び砂漠の砂の上を歩き始めます。

思えば20年以上前に彼は、この砂漠の彼方から、まだ人口300人くらいの小さな村があるだけの、この場所へとやって来たのでした。

そして、自身の能力と、悪魔モーロックの力を借りる事によって、この地の指導者となり、ひなびた村を大きな都へと、発展させたのでした。

今、すべてが水泡となり、王としての地位を失った彼ですが、決して、前途を悲観している訳ではありませんでした。

彼は、自分の持つ力に絶対の自信をもっており、いずれどこかの土地で、再起を図るつもりでした。


(まぁ、とりあえず、どこかの村にでも潜伏して、魔法道具(マジック・アイテム)の店でも開くか。ただの炭酸水に魔法をかけて、エナジードリンクとして売ろう。フフフ、儲かるぞ。後はそうだな・・・)


早くも頭の中で、悪事を巡らすムスカル。

そんな風に、砂漠の中をただ一人で歩いていたムスカルでしたが、やがて彼に向かって、正面から強い風が吹きつけます。


「ムッ!シロッコ(熱風)か」


思わず手で顔を隠し、正面からの風をやり過ごす、ムスカル。

そして一瞬の風が通り過ぎた後に、再び前を見た彼の顔に、驚愕の表情が浮かびます。

なぜなら彼の前に、一人の男が忽然と現れて、眼前に立ち塞がっていたからです。

ムスカルは無人の砂漠地帯を歩いており、先ほどまで周囲には、いっさい人影は無かったはずでした。

それなのに、何故ー。

しかもムスカルは、その男に、見覚えがあったのです。

その男は、吟遊詩人の白い服をまとっており、しかも片手に竪琴を持っていました。


「やぁ、お前は確か、宮廷で雇われていた吟遊詩人だったな。名は何と言ったか。ううむ、どうも思い出せん」


そう、その男は以前、ムスカル自身が、じきじきに雇い入れ、王宮内に置いていた吟遊詩人でした。

彼は何故か、その男の奏でる吟遊詩が気に入り、宮廷に迎え入れたのですが、今の今まで、すっかりそれについて失念していたのです。

その男は、元は主人であったムスカルを前にしても、臆する事無く、彼に向かって、ゆっくりと歩み寄って行きます。

やがて、自分の眼前まで近寄ってきた、その男と砂漠の真ん中で向かい合ったムスカルは、軽く肩をすくめて言いました。


「残念だが、もう君を雇う気は無いよ。そもそも以前に何故、君の唄う下手くそな吟遊詩を、あんなに気に入ったのかが全くわからない」


しかし、ムスカルの前に立つ、その吟遊詩人は、顔に冷徹な表情を浮かべながら、自分が片手に持っている竪琴を、もう片方の手の指でピンと弾きます。


「それは、あっし・・・いや、わたしが、お前の思考をコントロールしていたからだ。このオルフェウスの竪琴でな」


「思考コントロール?まさか・・・そんな」


驚くムスカルは、眼前の男の次の行動に、更に大きくその目を見張ります。

なんと彼は、懐からナイフを取り出すと、竪琴を持っていない方の手で、それを構え、ムスカルに突き付けてきたのです。

ムスカルは、ナイフを突きつけられた事で、少し驚きましたが、やがて鼻で笑いながら言いました。


「フンッ、そんな何の変哲もないナイフで、余が恐れるとでも、思っているのか。余に、恨みがあるようだが、命が惜しけれはさっさとー。ぐっ!?」


ムスカルは、その言葉を、最後まで言い終わる事は出来ませんでした。

なぜなら、目の前の男が突き出したナイフが、ムスカルのお腹に、深々と突き刺さったからです。


「ぐっ!!ば、馬鹿な・・・」


腹部にナイフを突き刺されて、苦痛で身体をくの字に折り曲げる、ムスカル。

彼が顔にかけていた眼鏡が、砂漠の砂の上に、ポトリと落ちました。

その男のナイフは、ムスカルがとっさに張った魔法防御をやすやすと突破して、お腹に突き刺さっていました。

ムスカルは身体をくの字に曲げ、自分の腹にナイフを突き立てている男の手を、両手で掴みました。

そして苦痛に耐えながら、ふるえる声で、自分に密着しナイフで刺している、その男に尋ねます。


「お、お前の名は?」


冷徹な表情で、ムスカルをナイフで刺している吟遊詩人は、氷のような声で、ただ一言答えました。


「デイス」


その声を聞いたムスカルは、身体をくの字に曲げたまま、何故か、眼鏡の外れた端正な素顔に、ひきつるような笑いを浮かべます。


「デイス・・・デス(死)の古語だな。そうか・・・お前が、わたしの死か・・・」


そう言うとムスカルは、砂漠の砂の上にうつ伏せに、バタリと倒れました。

するとどうしてか、彼に密着しナイフを突き立てていた男の姿は、かき消すようにその場からいなくなっていました。

あとに残ったのは、砂漠の上でうつ伏せに倒れているムスカルの姿のみ。

息絶えた彼の亡骸の上に、徐々に砂漠の砂が、降り積もって行きます。

しばらくすると魔術師の身体は、完全に砂に覆い隠され、その後には、静寂の中に砂漠地帯の光景だけが、茫漠と広がっていました。


[続く]

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