邪神モーロックの都 その44
ムスカル王の本拠である、水晶塔の最上階にある、魔力を持つ水晶で造られた、王の間ー。
水晶魔宮の青白く光る床の上で、ついにムスカル王の本体と対峙する、シュナン少年。
全身に魔力をみなぎらせて、自分に挑もうとする、その少年に対してムスカル王は、どこか余裕のある微笑みを浮かべて、言いました。
「君には、もう何度も聞いたが、最後にもう一度だけ聞こう。余の仲間になる気はないかね?」
しかし、そのムスカル王の誘いに対して、シュナン少年は即座に首を振ります。
「もう、何度も断っているはずだ。その気はないよ」
シュナンのつれない返事に、首をかしげる、ムスカル王。
「なぜ断る?余は君を、弟にしてもいいとさえ思っている。余と君が手を組めば、全世界を手中にする事さえ、夢ではない。帝王への道が、開けるのだぞ。目がくらむ様な、栄耀栄華が手に入るのだ。男なら、誰しもが望む事ではないか」
そしてムスカル王は、王笏を持っていない方の自分の手を、前に立つシュナン少年に向かって、差し出しました。
「さぁ、余の差し出した手を握って、輝かしい未来を掴むがいい、我が弟よ。いくら盲目だからといって、道理が判らぬ君ではあるまい。君は、ただ手を伸ばすだけでいい。そうすれば共に、帝王への道を歩めるのだ」
しばらくは、ムスカル王の甘い言葉に耳を傾けていた、シュナン少年ですが、やがて彼は、少し悲しげに首を振ると、キッパリとした口調で、その悪魔の誘いを断ります。
「悪いが、ムスカル王。僕は、自分が生き延びるのに、精一杯でね。そんな大それた夢なんか、考えた事もないよ」
シュナンの脳裏に、この街で出会った、様々な人たちの顔が浮かびます。
テトラとジムの夫妻にオロ元村長、それにクズタフ隊長。
レジスタンスの市民たちに、吟遊詩人デイスと侍女のカトリーヌ、そのほか大勢の、モーロックの街に生きる人々の顔がー。
今、シュナンを動かしているのは、彼のモーロックの街の人たちに対する、強い想いでした。
それは、この街で出会った彼らへの友情であり、決して完璧では無いけれど、幸福を求めて、毎日を懸命に生きている人々への、連帯と共感の気持ちでした。
「ムスカル王よ。僕があなたを、どうしても許せないのは、かつては、たとえ貧しくとも、助け合って生きていた人々が、あなたが作ったシステムのために、互いに憎み合い、争い合うようになった事だ」
シュナンのその言葉を聞いたムスカル王は、一瞬、急所をつかれた様に、顔を歪めました。
しかし、すぐ口元に皮肉っぽい微笑を浮かべると、肩をすくめて、言いました。
「どうやら君とは、根本的に生き方が違うらしい。いや、人生観が違うと言うべきかー。所詮は、水と油といったところだな・・・」
そしてムスカル王は、白いマントをひるがえすと、王笏を持っていない方の手を、サッと上下に振って、シュナンに対して、攻撃魔法を放ちました。
「蒼き氷の刃・・・ブリザードッ!!」
すぐさまシュナンも、師匠の杖を高く掲げながら、ムスカル王に向かって、もう片方の手を突き出して、呪文を唱えます。
ムスカル王に対抗して、攻撃魔法を放つ為です。
「炎の加護の元に・・・フレイヤーッ!!」
両者が放った氷と炎の魔法は、水晶魔宮の床に立つ、二人の間の空間でぶつかって、大爆発を起こし、部屋の壁を、激しく揺らしました。
シュナンは、続けて二の矢を放とうと、再び、攻撃呪文の詠唱をはじめます。
しかし、彼の持つ師匠の杖が、鋭い声で警告を発します。
「危ないっ!!シュナン、避けろっ!!」
その直後に、水晶魔宮の天井から、稲光りのような閃光が轟いて、床に立っている、シュナン少年を襲いました。
間一髪で、その閃光を交わすシュナン。
シュナンの身体をかすめて落下した、その閃光は、轟音と共に、彼の足元近くの床を黒焦げにしました。
「シュナン、次が来るぞっ!!」
驚いている暇もなく、次々と水晶魔宮の青い天井から雷撃が降り注ぎ、下にいるシュナン少年を襲います。
これは以前、この部屋に来た時に、シュナンとメデューサを気絶させた、水晶魔宮の魔力を利用したムスカル王の、遠隔魔法の一種でした。
シュナン少年は、時間差で次々と天井から床に落ちてくる雷撃を、紙一重で順番にかわしていましたが、このままではラチがあきません。
すると、彼は何を思ったのか、体を折り曲げ頭を低くして、部屋の床に、へばりつくような姿勢を取ります。
それはまるで、陸上選手が走り出す時の、姿勢のようでした。
そして、再び雷鳴が、頭上の天井から鳴り響いた時ー。
なんとシュナンは、低い体勢のまま、正面の床に立つムスカル王へ向かって、全速力で駆け出しました。
走り出したシュナンの背後の床に、雷撃が炸裂します。
ムスカル王は、天井から落ちてくる雷撃を、必死に避けて、部屋中を逃げ回っていたシュナンが、急に自分に肉迫してくるのを見て、戸惑いを見せます。
水晶魔宮の青光りする床の上で、少し距離をとって対峙していた、二人の魔法使いは、急速に接近していきます。
身体を低くしたまま部屋の床を走り、前方に立つムスカル王へ向かって、矢のごとく駆け寄るシュナン。
彼が戸惑う王に肉薄し、その懐に飛び込んだ、その時でした。
水晶魔宮の青い天井から雷鳴が鳴り響き、そこから閃光がほとばしり、部屋の床に落ちます。
しかしなんと、その雷撃は、床を低い姿勢で移動している、シュナン少年ではなく、彼に肉薄され戸惑っていた、側に立つムスカル王の頭上へと、落下したのでした。
シュナンは明らかに、自分を狙っている天井からの雷撃を、ムスカル王の方へ誘導する為に、低い姿勢で水晶の床を駆け抜けると、棒立ちになっている王の側に、あえて近づいたのです。
ビシャーンッ!!!
雷撃の誤爆を受けて、身体が燃え上がり、悲鳴を上げるムスカル王。
「ウグアァーッ!!!」
白いマントが赤い炎に包まれて、苦しみ悶える、ムスカル王。
水晶魔宮の青い床の上で、絶叫を上げる彼に対して、近くに立っていたシュナン少年は、とどめの一撃を加えようとします。
シュナンは、手に持つ師匠の杖を大きく振りかぶると、炎に包まれながら王室の床に立つ、ムスカル王に向かって、突っ込みました。
シュナンの、魔法力のこもった杖の一撃を、まともに受ければ、いかにムスカル王と言えども、確実に絶命していた事でしょう。
しかし、シュナンが突撃しながら振り下ろした、その杖による一撃は、ムスカル王の持つ王笏によって防がれます。
炎に包まれ苦しみながらも、シュナンの杖の打擲による攻撃を、手に持つ王笏で受け止め防ぐ、ムスカル王。
最初の一撃を防がれた後もシュナンは、ムスカル王に密着したまま、杖の打擲による直接攻撃を、加え続けました。
ムスカル王は王笏を振るい、シュナンの杖による、その連続攻撃を、受け止め続けます。
ムスカル王は、苦悶の表情を浮かべて、自分の身を焼く炎に苦しみつつも、凄まじい精神力と集中力を、見せていました。
彼は、シュナンの杖による直接攻撃を、かろうじて手に持つ王笏でやり過ごすと、一瞬の間隙をぬって後方へ飛びすさり、シュナン少年と再び距離をとりました。
そして、燃え続けている自分の身体を覆う炎を、魔術でかき消すと、がくりと膝を床につきます。
彼の白いマントは黒焦げになり、あちこちに穴が空いてボロボロになっており、顔や手にも火傷を負っていました。
彼と向かい合うシュナンは、自分の前で膝をつくムスカル王に対して、もう一度飛びかかり、攻撃を仕掛けようとしました。
けれど、床にうずくまる王の姿に、尋常ではないものを感じて、思わず踏みとどまります。
床に膝をついていたムスカル王は、黒焦げになったマントをひるがえして立ち上がると、王笏を構えて、再び水晶魔宮の中で、シュナン少年と向かい合います。
「さすがだな、少年。レプカールの、一番弟子だけの事はある」
ムスカル王は、戰いによるダメージで身体をふらつかせながらも、火傷とススで黒くなった顔にかけた眼鏡を光らせ、口もとには冷笑を浮かべています。
「ほうびに、面白い手品を、君に見せてあげよう」
そして、あちこちに黒焦げができた、自身の貴族風の服のポケットに、手を突っ込みました。
ビスケットでも、出すのでしょうか?
しかし、ジャラリという奇妙な音を立てて、彼がポケットの中から取り出したのは、指と指の間に挟んだ、小粒のぶどうの実くらいの大きさの、一個の鉄球でした。
シュナンの持つ師匠の杖が、重々しい声で、警告の言葉を発しました。
「レールガン(霊流弾)を使う気だ。気をつけろ、シュナン。以前にも話したと思うが、若い頃にムスカルと行った模擬戦で、わたしは、彼に勝てた事が、結局、一度も無かった。今、彼が使おうとしている奇怪な技のせいでな」
[続く]




