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邪神モーロックの都 その43

 一方、その頃シュナン少年は、いよいよムスカル王との最終決戦に臨む為、仲間たちとは別れ、ムスカル王のいます水晶塔へ向かって、ひた走っていました。

師匠の杖を片手に、その巨大な塔へと乗り込む、盲目の魔法使いシュナン。

塔への入り口へと走るシュナンに、彼がその手に持つ、師匠の杖が聞きました。


「今さらだが、勝算はあるのかね?我が弟子よ。あのムスカル相手に」


シュナンは、真っ直ぐ前を見ながら走り、師匠の質問に答えます。


「当たって、砕けるだけです」


シュナンの返事を聞いた師匠の杖は、その円板状の先端についた大きな目を光らせ、呆れたような口調で言いました。


「やれやれ、そんな事だと思った。こんな所で、お前を失いたくはないのだがな。まぁ、これも、運命かも知れんな。ワシも力を貸すから、精一杯やってみるがいい」


師匠の言葉に、無言でうなずくシュナン。

すると、そんな彼の目の前に、ムスカル王の住まう水晶塔の入り口にあたる、石柱の立ち並ぶ神殿造りの建物が、ようやく見えてきました。

その建物の中に入り込み、石柱の間を走り抜け、脱兎の勢いで、宮殿本体の内奥部を目指して突き進む、シュナン少年。

やがて、宮殿本体の内部に至る観音扉を通過して、その先に広がる、ホール造りの豪奢な屋内に侵入した彼は、そこから更に、上階へ続く階段をいくつか駆け上がると、いよいよ、ムスカル王が住まう水晶魔宮へとつながる、螺旋状の階段の、とば口の前に辿り着きます。

そこで彼は、大きく息を吸い込むと、ムスカル王がいるであろう、塔の最上階の水晶魔宮を目指して、その螺旋階段を、一気に駆け上がってゆきます。

塔の内部にある螺旋階段の途中には、いくつか踊り場のような場所があり、そこの高窓からは、外の様子を覗く事が出来ました。

しかしシュナンは、その高窓から見える景色には目もくれず、塔の最上階に向かって、一心不乱に、ぐるぐると螺旋階段を昇ります。

いったい、何段、階段を昇った事でしょう。

息を切らせながらも彼は、ついに、塔の最上階へと到着しました。

そして今、シュナンの目隠しをした顔の眼前には、ムスカル王のいます、水晶魔宮の部屋の中へとつながる、青い扉がありました。

その透き通った青い扉は、前に立つシュナンに反応したのか、上の方へ滑るようにスッと開きました。

警戒しながら師匠の杖を構えて、ゆっくりと、その部屋に入るシュナン。

彼が約10日ぶりに見る、その青い部屋は、相変わらず神秘的な青い光で満ちており、魔法の力がみなぎっていました。

シュナンは、ムスカル王の所業には深い怒りを覚えながらも、彼の魔法使いとしての卓越した力には、驚嘆せざるを得ませんでした。

水晶魔宮の内部は、10日前と変わりませんでしたが、ただ一つ違うのは、その場にムスカル王その人の姿が見えない事でした。

シュナンは、師匠の杖を部屋のあちこちにかざして、中の様子を調べます。


「誰を捜しているのかな?少年」


その時、突然現れた人の気配と共に、聞き覚えのある声が、シュナンの背後から響きました。

シュナンが慌てて後ろを振り向くと、そこには白いマントを翻したムスカル王が、相変わらず冷笑を浮かべながら、立っていました。


「ムスカル王」


師匠の杖をかざして、ムスカル王に対して身構える、シュナン。

しかしその時でしたー。


「余はここだ。少年」


ムスカル王と対峙するシュナン少年の背後から、またしても、ムスカル王の声が聞こえてきたのです。

ムスカル王はシュナンの正面に、薄笑いを浮かべて立っているというのに、後ろから彼の声が聞こえるとは、一体、どういう事でしょう。

シュナンが再び後ろを振り返ると、なんとそこには、もう一人、ムスカル王が立っていました。

シュナンの前面に立っているムスカル王と、寸分たがわぬ姿をしています。

つまり、今のシュナン少年は、前と後ろに出現した、二人のムスカル王に挟まれて、水晶魔宮の床に立っていたのです。

戸惑うシュナン少年に対して、手に持つ師匠の杖が、警告を飛ばします。


「慌てるな。二人とも鏡像だ」


前後に立つムスカル王を警戒しながら、師匠の杖にうなずくシュナン。

しかし、そんな彼を、次なる驚きが襲います。


「どこを見ている?余はここだ」


部屋の隅から、またしても、ムスカル王の声が聞こえてきます。

シュナンがそちらの方を見ると、なんとそこにも、ムスカル王が、まったく同じ姿で立っています。

シュナン少年が困惑する事態は、更に続きます。


「ここだ、ここだー」


「こちらを、見たまえ。シュナン君」


「こっちだよーん」


「余は、ここにいます」


水晶造りの部屋のあちこちから、反響するように、ムスカル王の声が聞こえてきます。

もちろん、その数多くの声は、水晶魔宮の中に現れた、何人ものムスカル王の分身が、それぞれ発したものでした。

気がつけばシュナン少年は、水晶の部屋の中で、十数人ものムスカル王に、取り囲まれていたのです。

ムスカル王の数多くの分身たちに、周囲をぐるりと取り囲まれたシュナン少年は、師匠の杖を高く掲げながら、四方八方を警戒しています。

周囲を警戒して立つ弟子に対して、彼の持つ師匠の杖が、鋭い声でアドバイスを飛ばします。


「落ち着くんだ、シュナン。こいつらは鏡像だ。攻撃しても意味がないぞ。実体に、ダメージを与えなければー」


しかし、シュナン少年は、言葉を話すその不思議な杖を、手に持ち、高く掲げながら、冷静な声で言いました。


「わかってます」


そしてシュナンは、師匠の杖を掲げたまま、目隠しをしたその顔をうつ向かせ、何やら口の中で、ボソボソと呪文を唱え始めます。

そんな精神を集中して魔力を溜め込み、魔法を使う準備を始めたシュナン少年を、彼の周囲を取り囲むムスカル王の鏡像が、一斉にせせら笑います。

その中の一人で、シュナンの正面に立っている王の鏡像が、皮肉っぽい笑みを浮かべて、少年に言いました。


「攻撃魔法を、使うつもりかな?余たち鏡像には、どんな攻撃も通じない事は、以前ここに来た時に、思い知っただろうにー」


ムスカル王の十数人の鏡像から、同時に発せられる笑い声が、水晶魔宮の中にこだまします。

しかしシュナン少年は、そんなムスカル王の鏡像の言葉にも動じる事なく、呪文を唱え続けます。

やがて、自身の溜め込んだ魔力が、臨界点に達したのを感じると、その膨大なエネルギーを、腕の先から一気に放出します。


「エル・サンダー!!」


シュナンが呪文と共に、杖を持っていない方の腕を真一文字に振り抜くと、特殊なサインみたいに指を折り曲げた手の先から、凄まじい雷撃がほとばしりました。

しかし狙いを外したのか、その雷撃は十数人もいるムスカル王の鏡像の、誰にも当たる事なく、水晶魔宮の床に立つ彼らの間の空間を、すり抜けるように走ると、部屋の四隅の壁の一つを、激しく打ちました、

水晶でできたその部屋の青い壁は、シュナンの雷撃魔法を受けて、ガラスが割れるような音を立てて、バラバラに砕け散ります。

砕け散った水晶の壁の内部は空洞となっており、雷撃で空いた大きな穴から、がらんどうになった壁の中の様子が、丸見えになっています。

するとその時、不思議な事が起こりました。

なんと、部屋の中にひしめくように立っていた、何人ものムスカル王の鏡像が、一瞬にして、かき消すようにいなくなったのです。

水晶魔宮の中にいるのは、再びシュナン少年と、彼が持つ、師匠の杖だけになったように見えました。

しかし、がらんとした部屋の中に一人立つ、シュナン少年は、ムスカル王の鏡像が消え失せても、自身の緊張を解く事はありませんでした。

相変わらず、師匠の杖を掲げるみたいに手に持ち、全身に緊張感をみなぎらせて、身構えています。

彼は何故か、手に持った師匠の杖を、自分の放った雷撃で破壊し大穴を開けた、部屋の隅の青い壁の方に、向けていました。

その大穴の空いた壁の内部は空洞となっており、今では空いている穴から。中の様子が丸見えになっています。

そして驚いた事に、その穴の中からは、人の気配が漂っており、明らかに壁の内部の空洞の中に、誰か人がいるのが感じ取れました。

空いている穴からよく見ると、その空洞となった壁の中には、一脚の豪奢な椅子が置いてあり、そこに王笏を持った一人の男が、座っていました。

やがて、その壁の内側のスペースで椅子に座っていた男は、ゆらりと体を揺らせて、立ち上がりました。

そして、今までいた壁の内部の奥まった場所から、その隠し部屋と外側の床の境い目である、シュナンの魔法で大穴が空いている、水晶の壁の立つ壁際まで、ゆっくりと歩き出します。

男は穴の空いた壁際まで来ると、さらにそこから一歩踏み出して、穴の外に広がる水晶魔宮の部屋の床上へと、静かに降り立ちます。

男の靴の下で、床に散らばった水晶の破片が砕け、ジャリリッと鳴りました。


「ムスカル王・・・」


思わず、その男の名前を呼ぶ、シュナン。

そう、今まで、水晶魔宮の壁の内側に密かに設けられた、スペースの中に隠れていた、ムスカル王の本体が、ついにその姿を現したのです。

水晶造りの部屋の床で、とうとう本物のムスカル王と向かい合う、シュナン少年。

ムスカル王の実体は、鏡像の彼と、さしたる違いは無いように見えます。

貴族風の豪奢な服に、白いマントをまとっており、手には青いラピタ石がはまった、金の王笏を持っています。

茶色い髪を横分けにしており、その端正な顔に冷徹な笑みを浮かべて、自分より少し背の低いシュナン少年を見下ろしていました。

もっとも特徴的なのは、彼が「眼鏡」と呼ばれる特殊な魔道具を、自分の目の上に、被せるように装着している事でした。

目の上を覆うように装着した眼鏡を光らせ、その奥の虚無を宿した瞳で、シュナン少年をジッと見つめるムスカル王。

師匠の杖を通して見るその姿は、今まで見てきた彼の鏡像より、何回りも大きく、シュナン少年には感じられました。

シュナンが手に持つ師匠の杖が、自分と弟子の前に立ちはだかる、ムスカル王に言いました。


「ノックもしないで、申し訳ありません、兄者。昔のよしみで、ご容赦ください」


その杖を持つシュナン少年と、水晶魔宮の青く輝く床上で向かい合い対峙する、ムスカル王は、ちょっと悪戯っぽい口調で肩をすくめます。


「まぁ、気にするなよ、レプカール。まんざら知らない仲でもないさ」


そう言うとムスカル王は、手に持つ王笏を構えて、あらためてシュナン少年に、向き合います。

シュナンも、師匠の杖を構え直して、戦闘態勢を取りました。

水晶の青く、神秘的な光に包まれた部屋の床で、距離をとって向かい合う、二人の魔法使い。

こうして、王の住居である、水晶塔の最上階にあたる、ムスカル王の造り上げた玉座の間ー。

水晶魔宮において、善と悪の魔法使いの激しい戦いが、ついに幕を開けたのです。


[続く]

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