邪神モーロックの都 その42
さて、メデューサ率いるUMAの少女たちのペガサスによって、上空を旋回していた妖鳥ハーピーの群れは撃滅されましたが、地上では、まだ他の魔獣たちとの戦いは続いていました。
ムスカル王が放った、100匹以上の魔物たちの力は強く、それに対抗する反ムスカル派の兵士や市民たち、そしてペガサス族やボンゴ族は懸命に戦い、その怒涛の進撃を、なんとか食い止めていたのです。
サラマンダーの吐く炎や、バジリスクの毒霧攻撃、そしてオルトロスの鋭い牙や爪は、もちろん、反ムスカル派の人々を苦しめました。
しかし、彼らにとって最大の脅威となる、一匹の恐るべき魔物がいたのです。
それは、単眼の巨人サイクロプスでした。
サイクロプスはボンゴ族と同じく、巨人族ティターンの末裔であり、普通の人間の三倍に近い、体躯と怪力を誇っていました。
その外見は巨大である事以外は、ほとんど人間と変わりませんでしたが、特徴的なのは、顔についている目が真ん中に一つしかなく、更にボサボサの髪に覆われている頭に、角が一本生えている事でした。
彼はその巨大な身体を、猛獣の獣皮で作ったシンプルな衣服で覆い、片手に大きな棍棒を持っていました。
ムスカル王の秘蔵っ子である彼は、その怪力をふるって、大勢の市民たちやペガサス族やボンゴ族をけちらし、自分の主人である王に逆らう者たちを、苦しめていたのです。
サイクロプスに対抗できるのは、同じ巨人族であるボンゴ族だけでしたが、サイクロプスは彼らよりふた回り以上も大きく、ボンゴ族の男たちが数人がかりで飛びかかっても、なんなく、はね返されてしまいます。
今も、勇敢にサイプロクスに挑んだボンゴ族の男の一人が、簡単にねじ伏せられ、地面に倒れこんだ所を、更なる追い打ちを受け、棍棒による一撃を、浴びようとしていました。
地面に無様にひっくり返った、ボンゴ族の男に、無慈悲な一撃を与えようと、棍棒を大きく振りかぶる、サイクロプス。
彼の大きな一つ目の下の、真っ赤な口が、残忍な笑みを浮かべます。
そして、サイクロプスが、足元にうずくまっている、そのボンゴ族の青年の頭上に、手に持つ棍棒を、振り下ろした瞬間でした。
ガシッという音と共に、サイクロプスの振り下ろしたその腕は、誰かにガッシリとつかまれました。
サイクロプスが驚いて横を振り向くと、そこには彼の腕をむんずとつかんでいる、大柄なボンゴ族の男が側に立っており、こちらを睨みつけていました。
サイクロプスに棍棒で殴られそうになっていた、地面にへたり込んでいる方のボンゴ族の男が、そのいきなり現れた同族の男を、驚きの目で見上げながら、言いました。
「ボ、ボボンゴ族長・・・」
そう、いきなり現れ、サイクロプスの攻撃から仲間を助けたその男こそ、ボンゴ族の現族長であり、またシュナン少年の頼れる旅の仲間でもある、緑色の巨人ボボンゴでした。
レダたちとは別行動をとっていた彼は、吟遊詩人デイスやレジスタンスの市民たちと共に、地下水道を利用して、生贄の儀式の行われていたモーロック神殿に潜入し、儀式を中止させると同時に、生贄になろうとしていた子供たちも、見事に救い出したのでした。
生贄の儀式を執り行っていたカムラン市長は、部下と共に降伏し、神殿内を掌握したボボンゴたちは、そこから王宮内の広場に突入し、苦戦する仲間たちの元へ駆けつけたのです。
周りを見ると、新たに参戦した市民たちが、魔獣相手に奮戦し、手にした武器で懸命に戦っていました。
そしてボボンゴは、サイクロプスが、彼の仲間を棍棒で殴るため振り上げた腕を、自分の片腕で掴んだまま、息がかかるほどの距離で、件の怪物と密着しており、その一つ目をギロリと睨みつけていました。
サイクロプスは、棍棒を頭上に振り上げた状態でボボンゴに掴まれた腕を、なんとか引き離そうとしましたが、ものすごい握力で掴まれており、中々思うようにいきません。
やがて業を煮やしたサイクロプスは、自由に動く反対側の腕で、ボボンゴの顔を、何度も殴り始めました。
「ハナセ!!バケモノッ!!」
自分の事は棚に上げて、ボボンゴを罵倒し、その顔を殴り続けるサイプロクス。
しかしボボンゴは、サイクロプスに殴られて顔が血だらけになっても、自分が掴んでいる方の怪物の腕を握りしめて、決して離そうとはしません。
それどころか、口や鼻から血を流しながらニヤリと笑って、サイクロプスに言いました。
「魂ない拳、蚊が刺したほども、感じない」
そしてボボンゴは、サイクロプスの腕を掴むその手に、更に力を込めました。
「グガァッ!!!」
骨が軋むような音がして、サイクロプスは思わず悲鳴を上げ、ボボンゴに握られている、その腕で持つ、大きな棍棒を、地面に落としてしまいます。
更にボボンゴは、その丸太のごとき太い足を使って、自分より、ふた回りくらい大きな、サイクロプスの身体を、真正面から強く蹴り上げました。
「グホッ!!!」
ボボンゴの強力な蹴りを、真正面に受けたサイクロプスは、無様なポーズで、地面に仰向けにひっくり返ります。
しばらくボボンゴの足元の地面で、腹部を押さえて、のたうち回っていたサイプロクスでしたが、やがて、大きな身体をよろめかせながらも、何とか、立ち上がります。
そして、自分の眼前に悄然と立つボボンゴを、怒りで充血した一ツ目で、キッと睨みつけました。
「オマエ・・・コロス」
殺意をみなぎらせる、単眼の巨人、サイクロプス。
魔獣たちとの戦いが続く中、二人の巨人は互いに睨み合いながら対峙し、他の者を寄せつけぬオーラをかもし出していました。
スクッと直立しているボボンゴに対して、彼と向かい合うサイクロプスは、何故か、その大きな身体を折り曲げ、地面にしゃがみ込むような姿勢をとっていました。
猫背になって相手の出方をうかがい、頭についた一本角を、前の方に突き出しています。
サイクロプスは、隙があればボボンゴに飛びかかり、彼を、額についた自分の角で、串刺しにしようとしていたのです。
身構えながら低い姿勢で、ジリジリとボボンゴに近づいて行く、サイクロプス。
彼は明らかに、相手に飛びかかるチャンスを、うかがっていました。
一方のボボンゴは、直立の姿勢のまま、地面に微動だにせず立っています。
そして、両者の間合いが少しずつ縮まり、張りつめた緊張感が、頂点に達しようとしていた、その時でした。
「グオオォーッ!!!」
サイクロプスが低い姿勢のまま、額の角を前に突きだすと、正面に立つボボンゴに向かって、突進して行きました。
彼は、前で直立するボボンゴの身体に、真っ直ぐに突っ込んでいきます。
その鋭い額の一本角で、ボボンゴの身体に、風穴を開けようとしていたのです。
両者の間の距離はたちまち縮まり、二つの巨人の影は激しくぶつかって、一つに重なりました。
ボボンゴは、自分とサイクロプスが激突する直前に、体をひねって、鋭い一本角が、己の腹部に突き刺さるのを、ギリギリで回避していました。
サイクロプスの角が、ボボンゴの脇腹を掠め、その緑色の身体から、赤い血が吹き出します。
そしてボボンゴは、サイクロプスの角による攻撃を、紙一重で避けると同時に、正面から突っ込んで来た、その頭を、自分の片腕の脇で、抱え込むようにガッチリと捕らえていました。
低い姿勢のままボボンゴの太い腕で、自分の頭をヘッドロックされ、身動き出来なくなったサイクロプスは、手足をばたつかせて悲鳴を上げます。
「グアァッ!!ハ、ハナセッ!!!」
しかし、怒りに燃える巨人ボボンゴは、そんなサイクロプスの悲鳴には一切耳を貸さず、更なる無慈悲な攻撃を、単眼の悪鬼に加えます。
ボボンゴは、サイクロプスの頭を、片腕の脇に抱え込んだまま、その巨体に、自分の空いている方の手を回しました。
そして両脚を踏ん張り、全身をバネのように使って、なんと、抱えているサイクロプスの巨体を、地面とは垂直に、逆さにした状態で、高々と持ち上げたのです。
頭を下にして逆さまに持ち上げられ、パニックにおちいり、悲鳴をあげながら、足をバタつかせる、サイクロプス。
「ギャァアーッ!!!ナ、ナニヲスルッ!!!」
ボボンゴはまるで、プロレス技のブレン・バスターのような体勢で、自分よりはるかに大きい、サイクロプスの逆さにした巨体を、ほぼ垂直に、持ち上げていました。
まるで、全盛期のアントニオ猪木のようです。
そしてー。
「ウオォーッ!!!」
ボボンゴの野太い声と共に、彼の腕によって、垂直に逆立ちする様な姿で抱え上げられていた、サイクロプスの身体は、頭から地面に叩きつけられました。
ゴキッ!!!
異様な音がして、サイクロプスの角が折れ、単眼の悪鬼は悲鳴を上げて気を失い、地面に大きな砂ぼこりを立てて、倒れ込みました。
自分たちの族長が、強敵サイクロプスを倒すのを目の当たりにした、周囲にいるボンゴ族の男たちから、歓声が上がります。
「ボンゴッ!!ボンバイエッ!!」
「ボンゴッ!!ボンバイエッ!!」
地面に仰向けに倒れたサイクロプスの姿を、哀れむような目で見ていたボボンゴは、片手を上げて、仲間たちのエールに答えます。
「ダーッ!!!」
そのボボンゴの勇姿に周りのボンゴ族、さらにはペガサス族の少女や、人間たちまでもが加わって、彼に対して一斉に、賞賛の声を浴びせました。
「ボンゴッ!!ボンバイエッ!!」
「ボンゴッ!!ボンバイエッ!!」
「ボンゴッ!!ボンバイエッ!!」
その頃、混乱が続く王宮内広場の戦場に、新たな勢力が乱入して来ました。
それは王宮の外で、生贄の儀式に反対する為に集まっていた、大勢のモーロックの都の市民たちでした。
彼らは、ムスカル王に儀式の中止を求めるプラカードなどを持って、王宮の門の前で集まり、抗議活動を行っていました。
しかし、王宮内で戰いが起こった事に気付いた彼らは、街にいったん戻って、他の市民たちにも蜂起を呼びかけました。
そして、武器や防具を整えてから舞い戻り、大挙して王宮へと、押し寄せたのです。
もちろん彼らの目的は、この機に乗じ、ムスカル王を倒す事でした。
彼らに賛同して立ち上がった市民たちも大勢おり、これはムスカル王の力と、彼がもたらす豊かさの前に、表面上は従いながらも、内心では、その非人間的で抑圧的な政策に、多くの人々が不満を抱いていた事を示すものでした。
大挙して押し寄せた市民たちは、守る兵が誰もいなくなった王宮の門から、やすやすと中に侵入し、広場で行われている戦いに参戦します。
市民たちはジュドー将軍を失い、指揮系統が乱れた魔牛兵や、先ほどから何故か、戦う気を無くした様に見える魔獣どもを、多人数で包囲すると、手持ちの武器で次々と襲いかかります。
新たな味方の乱入は、徐々に戦いを有利に進めていた、反ムスカル派に勝利をもたらす、決定打となりました。
ムスカル王の打倒を叫ぶ大勢の市民たちは、今や怒りの大波となって広場に押し寄せ、その圧倒的な数で、王宮内を制圧して行きました。
[続く]




