邪神モーロックの都 その38
一方、王宮内の広場の中心近くでは、最初は、黄金将軍ジュドー率いる、モーロック軍の本隊に対して、クズタフ隊長を支持する警備隊と、ムスカル王を倒すために立ち上がった市民たちが、それぞれ正面と側面から攻めかかり、挟撃するような形で戰いが始まり、しばらくの間は、その状態が続いていました。
しかし、時間が経つにつれ、各勢力の陣形は崩れ、今や、敵と味方が入り乱れて戦う、混戦状態に落ちいっていました。
広場の中央付近で手にした槍を振るう、黄金将軍ジュドーも、周囲の部下たちの統制をなんとか取りながら、警備兵や武装した市民たちと戦っていました。
ジュドーは、ムスカル王のドームから、魔獣軍が押し寄せて来るのを見ると、思わず舌打ちをします。
しかし、魔獣たちが、自分の部下たちは襲わないのを確認すると、安堵して、周りの部下たちに向かって、叫びます。
「皆の者!!あの化け物どもは、味方だ!恐れるなっ!!今こそ一気に、反逆者たちを殲滅するのだっ!!」
そして、自分の周囲の兵たちを取りまとめて、魔獣たちの進行を食い止めようとしているペガサス族とボンゴ族を、背後から急襲しようとします。
その時でした。
「その前に、わたしとの決着を、つけましょう」
ジュドー将軍が驚いて、声の飛んできた方角を見ると、そこには黒色の革製のビキニを身に付けた、美しい赤髪の少女が、剣を引っさげて佇んでいました。
彼女の足元の地面には、気絶させられた、何名かの魔牛兵が転がっています。
少し距離をおいた場所から、自分に剣を突きつける、その少女を、横目で見た黄金将軍ジュドーは、仮面に覆われた顔から覗く口元を、ニヤリと歪めます。
「まさか、生きているとはな。しぶとい奴め。まぁ、いい。決着をつけるとしよう。そういえば、お主の名前を聞いてなかったな。お主を、モーロック神の元へ送る前に、聞いておくとしよう」
その黄金将軍の前に立つ少女は、「彼女」に剣を突きつけたままの姿勢で、言いました。
「わたしはレダ。ペガサス族の族長、赤髪のレダよ」
そうです。
ジュドー将軍の前に立ちふさがった、その少女こそ、かつてモーロックの市街地で将軍と戦い、瀕死の重傷を負った、ペガサスの剣士レダでした。
王宮内に囚われていた仲間たちを、ペガサスに変身した姿で見事に助けた彼女は、再び人間の姿に戻り、身なりを整えると、広場で戦うジュドー将軍の前に、こうして現れたのです。
ジュドー将軍の前に現れたレダの姿は、以前に街の中で戦った時と、まったく変わらないように、将軍の目には見えました。
相変わらず、黒色の革製のビキニを身にまとい、両脚にはロングブーツ、両腕には手甲を装着しており、首には、宝石の付いたアクセサリーを巻いていました。
そして、彼女の最大の特徴である、ポニーテールに結んだ真っ赤な髪も、もちろん健在でした。
しかし、彼女が構えるペガサスの剣だけは、前に比べて、輝きが増したように思えるのは、気のせいでしょうか。
黄金将軍ジュドーは、レダの姿を一べつすると、何故か構えていた槍を下ろし、隣に付き添っている兵士に、小声で何か命じます。
「?」
ペガサスの剣を構えながら、ジュドー将軍の不審な動きを見つめる、レダ。
ジュドー将軍は、側にいる兵が、腰に下げていた袋から取り出して、恭しく差し出した何かを、片手で受け取っています。
それは、恐ろしげな鬼の面でした。
ジュドー将軍は、今まで自分の顔を覆っていた、目と口の部分に穴が空いた、薄手の仮面を、まず、外しました。
一瞬、隠されていた、その美しい顔が、白日の下にさらされます。
しかし、彼女の寂しげな素顔は、側近によって渡された鬼の面によって、またすぐに、覆い隠されました。
彼女が、自らの手によって顔に装着した、その鬼面は、今まで付けていた薄手の面と違い、分厚く丈夫に作られていました。
これは、かつて己れの仮面を、レダの膝打ちで粉砕されたジュドー将軍が、万が一の事を考え、職人に作らせていた、特別製の仮面でした。
今まさにレダの前に立つ、鬼面を装着したジュドー将軍は、薄手の仮面を被っていた時とは違い、その表情を外見から読み取る事は、全く出来ません。
その姿は、まさしく黄金の鬼でした。
鬼面の将軍は、その手に持つ槍を頭上に大きく構えて、自分の前で剣を正眼に構えるレダと、あらためて向かい合いました。
黄金将軍とペガサスの剣士の決闘が、再び始まるのを見て、周りにいた者たちは、慌てて二人の側から離れて、距離を取ります。
混戦状態になった王宮内の広場に、ぽっかりと穴のように空いた空間で対峙する、レダとジュドー将軍。
周囲では相変わらず、魔牛兵と反ムスカル派の兵士や市民たちが、入り乱れて戦っています。
しかし今、戦場にぽっかりとできたスペースで、向かい合う二人には、互いの存在以外には、何も見えていませんでした。
それほどまでに二人にとって、目の前にいる相手は、全身全霊を持って戦うべき、強敵だったのです。
こうしてペガサスの剣士レダと、黄金将軍ジュドーとの二度目の決闘が、混戦が続く王宮内の広場で、いよいよ始まったのでした。
剣を正眼に構えながら、黄金の鬼と化したジュドー将軍を見つめるレダは、かねてから疑問に思っていた事を、眼前の敵に聞きました。
「やっばり、聞いておきたいわね・・・。あなた、何故、ムスカル王に従っているの?あんな子供を生贄にするような、邪悪な王に。優れた武人であり、何よりも一人の女性である、貴女が」
レダの前に立つジュドー将軍は、その鬼の面をかぶった顔を、少しうつ向かせると、くぐもった声で答えます。
「お主には関係ない事だが、気になるなら教えてやろう。実は、わたしには、子供が一人いてな。若気の至りで作った子供だがー。今は、王宮内で育てている、その子を、生贄にはしないという条件で、わたしは王に忠誠を誓ったのだ」
剣を構えながら、悲しげな表情で、頭を振るレダ。
彼女の赤髪のポニテが、左右に揺れます。
「自分の子供を守るためという訳ね。でも、それにしたってー」
するとジュドー将軍は、どこか怒ったような口調で、レダを怒鳴ります。
「おまえの様な小娘には、わからんっ!!さぁっ、勝負だっ!!行くぞっ、レダ!!!」
黄金槍を振りかざし、レダに向かって突撃する構えをとる、黄金将軍ジュドー。
「なるほど。まさしく、恐れ入谷の鬼子母神というわけね」
冷静な目で鬼面の将軍を見つめ、意味不明な言葉をつぶやくレダ。
そんなレダに対し、罵声を浴びせながら、槍を振りかざして突撃する、黄金将軍ジュドー。
「なんだ、それは!?訳がわからんわっ!!!」
レダは、自分に向かって突っ込んで来る、ジュドー将軍の姿を、キッと睨みます。
そして自らも、立っているその場所から跳躍すると、槍を振るって襲い来るジュドー将軍を、手に持つペガサスの剣で、迎え撃ちます。
「ふんっ!もし、二人とも生きてたら、ゆっくり説明してあげるわよっ!」
二人の間の距離はたちまち縮まり、両者の剣と槍は、混戦が続く、広場の地面に空いたスペースの真ん中で、激しくぶつかりました。
[続く]




