旅立ち その6
恐怖の表情を浮かべる、その石像を、あらためて見つめる、シュナン少年と師匠の杖。
戸惑っている二人に対して、メデューサは、冷たい声で説明をしました。
「お父さんはね。元々はこの山に、偶然迷い込んだ、旅人だったの。お母さんのジーナ・メデューサに、気に入られて、結婚して、わたしが生まれた。でも結局は、怪物のお母さんが恐ろしくなってしまい、この館から、逃げだそうとした。それで、怒ったお母さんに、石にされたという訳。ちなみに、お父さんの足元にあるのが、お母さんのお墓よ」
シュナンと師匠の杖が、目を落として石像の足元を見ると、確かに先程、見た通り、花が供えられた小さなお墓があります。
メデューサは、言います。
「わたしは、このお墓と石像を守って、一生を過ごすつもり。お母さんには、わたしも男を捕まえて、子孫を残すように言われたけど。まっぴらごめんよ。外界や人間たちとは関わらず、この魔の山で、静かに暮らすわ。だから、あなた達も、おとなしく、この山を去りなさい。今なら、まだ無事に、帰してあげるわ」
しかし、シュナンはなおも、彼女を説得しようとします。
「そう言わず、僕たちに、協力して欲しい。今、この時にも、外の世界では、大勢の人々が、飢えに苦しんでいるんだ。僕の生まれた村の、人達だってー」
メデューサの声が、怒りの口調に変わります。
「だから、なんで、わたしが、人間を助けなきゃいけないの!?散々、わたしの一族を、迫害した連中を。あなたにとっては、確かに、自分の村の人達は、大切なのかもしれない。でも、あたしにとっては、人間は敵よ!一切、関わりたくない、下賤な生き物だわっ!あなた達も含めてね」
シュナンの持つ、師匠の杖に刻まれた、大きな目が光ります。
「君たちの一族も、元々は人間だったー」
「今は違うー」
唇を噛んで、怒りの口調で、杖の言葉をさえぎる、ラーナ・メデューサ。
メデューサの顔の上部を覆っている、髪の毛の蛇が、妖しげにうごめきます。
「今は違うっ。何度も同じ事を、言わせないで。あなた、藪を突いて蛇を出すという、言葉を知ってる?今から、わたしの力を、見せてあげる。怪物メデューサの力をね。身体の一部でも石になれば、その恐ろしさが、わかるでしょう」
そして彼女は、シュナンの、上半分が目隠しで覆われた顔を見て、鼻で笑います。
「何、その変な目隠し?ちゃんと歩いてるとこを見ると、全く前が、見えてないわけじゃないみたいだけど。そんなもので、わたしの魔力は、防げないと思うわよ」
メデューサがそう言うと、その無数の蛇でできた髪の毛が、くねくねと揺り動きました。
そして、彼女の顔を覆う、前髪の様な数匹の蛇が、ゆっくりと立ち上がり、隠されていたその魔眼が、ついにあらわになりました。
妖しく光り輝く、メデューサの魔眼が、杖を構えたシュナンを、鋭く見つめます。
普通なら、シュナンの身体は、たちまち石化していたはずでした。
しかしー。
メデューサの、石化の魔眼で見つめられたにも関わらず、シュナンの様子には、全く異変が感じられません。
「え・・・」
自分の魔力が、通じない事に驚く、メデューサ。
そんな彼女に、シュナンが、静かな声で告げました。
「どうやら、驚いたようだね、メデューサ。種明かしをしようか。実はね、僕は全く、目が見えないんだよ。目隠しをしてもしなくても、関係ない。僕は、目が見えないー。だから、君の魔眼を見ることはないし、その魔力は通じない」
メデューサは、シュナンに、疑問をぶつけます。
「でも、あなた、普通に歩いたり、周りの出来事に、反応してるじゃない。とても、目が見えないとは思えない」
シュナンは肩をすくめると、更に、説明をつけ加えました。
「それは、僕の持つ、この師匠の杖のおかげなんだー」
すると今度は、その彼の持つ、先端が突起がある円板になっている、大きな目が刻まれた長い杖が、喋り始めました。
「わたしの名は、レプカール。都の魔術師だ。この魔法の杖には、わたしの意識が封じられている。そして、杖の先端の円板についている、この目を通じて、周りの視覚情報を、シュナンの頭脳に伝えているのだ。もっとも、杖から身体を離すと、元どおりに、盲目に戻ってしまうがね。ともあれ直接的に、君の魔眼を、見ている訳ではない。だから、石化はしないのだ」
シュナンがその手に持つ、師匠の杖の仕組みの説明を聞いてメデューサは、かなり驚いた様子でしたが、やがて、そのあらわになった魔眼を細めて、言いました。
「なるほどね・・・でも、わたしだって、まだ本気は出してない。今から、わたしの全力を見せてあげる。果たして、耐えられるかしら?」
「無駄な事だ」
師匠の杖の言葉と共に、シュナンは再び、身構えました。
そんな彼らに対してメデューサが、今度は全力で、魔眼の力を使おうとした、その時でした。
ドドドドーッという地響きと一緒に、メデューサの館の外で、巨大な土煙が上がります。
その方角には、シュナン達が通り抜けて来た、魔物が封印された洞窟がありました。
そして、その土煙の中から現れたのはー。
見るも恐ろしい姿の、巨大な怪物でした。
その怪物は、色々な生き物の、あいのこの様な奇怪な姿をしていました。
通常のそれよりも、何回りも大きな獅子の胴体と、狒々に似た頭、そしてコウモリの様な、一対の背中に生えた翼と、鋭い針のついた、蠍の尻尾を持っています。
そうこの怪物こそ、メデューサの一族が、この山に住み着く際に、魔法で件の洞窟に封じ込めた、この山の元々の主、伝説の魔獣マンティコアだったのです。
マンティコアは、この300年間というもの、封印の扉の奥に閉じ込められ、自分を封じたメデューサ族に対する憎悪をつのらせながら、解放される日を、ずっと待っていたのです。
そして先刻、シュナンが、封印の扉の前に置かれた石碑を誤って倒した為に、劣化していた結界が破れてしまい、封印の扉は開かれて、中からマンティコアが、出て来てしまったのでした。
メデューサ族への復讐に燃える彼は、眼を真っ赤に血走らせ、凄まじい勢いで、自分が閉じ込められていた洞窟内を一気に疾り抜け、外へと飛び出しました。
地上に出たマンティコアは、土煙を巻き上げながら、その巨体をうならせて森の中を走り、シュナン達のいるメデューサの館の方へ、真っ直ぐに突っ込んで来たのです。
[続く]