邪神モーロックの都 その35
そうです。
戦場と化した王宮前の広場に来襲した、それらの多数の魔獣たちは、何故かジュドー将軍の指揮する、ムスカル王に忠実な魔牛兵たちは襲わず、それに対して、王に反旗をひるがえした兵士や市民、そして戦闘に加わらなかった者たちも含めて、ムスカル王に従わなかった人々を、集中的に襲っていたのです。
もちろん、シュナンの仲間たちであるペガサス族やボンゴ族も、襲撃の対象でした。
これは一般的に、人間を区別したりはしない、魔獣の生態からすれば、極めて異様な事でした。
わたし達が、毎日食べるご飯の米粒の一つ一つに、名前をつけたりはしないのと同じです。
メデューサの言葉を聞いたシュナンは、目隠しをした顔をうつ向かせて、考え込みます。
すると、彼が持っている師匠の杖が、声を発しました。
「おそらくムスカルが、水晶魔宮の力で、魔獣たちを操っているのだろう。あの魔獣たちは、遠隔コントロールされた人形みたいなものだ」
師匠の杖のその言葉に、メデューサが食いつきます。
「それじゃ、ムスカル王を、直接攻撃すればいいんじゃない?少なくとも魔獣たちを、遠隔で操る事は出来なくなるわ」
師匠の杖が、その先端の円板についた、大きな目を光らせます。
「確かにそうだ。シュナン、この場はメデューサや他の連中に任せて、お前とわしだけで、ムスカルのいる水晶塔に突入しよう。わしらと戦っている間は、ムスカルも、魔獣を操る事は出来ないはず。一気に戦況を、有利に出来るぞ」
「確かにー。でも」
シュナンは、師匠の言葉にうなずきながらも、何故か煮え切らない態度を取りました。
混沌とする事態を打開するには、自分が敵の本丸である水晶塔におもむき、ムスカル王に直接、戰いを挑むしかないと分かっていましたが、その場合はメデューサを、この場に残して行く必要がありました。
肉体的には普通の娘であるメデューサをそばに置き、彼女をかばいながら、あのムスカル王と戦うなど、到底不可能だったからです。
メデューサの魔眼が、彼にはまるで通用しないとなれば、尚更です。
しかし戦場と化しているこの場所に、彼女一人を残していくのは不安でしたし、せっかく再会できたのに、また離れ離れにはなりたくないという気持ちも、彼の中にはありました。
そんなシュナンの気持ちを察したのか、傍らに立つメデューサは、キッパリとした口調で彼に言いました。
「わたしなら大丈夫よ、シュナン。心配しないで。どうか、あなたの思うとおりにして。わたし、あなたの事を信じてるから」
彼女は、シュナンの足手まといになるのが、何より嫌だったのです。
そんな彼女を後押しするように、二人の背後から、声をかける者たちがいました。
「だっちゅーのっ!!」
シュナンとメデューサの背後で、悩殺ポーズを決めているのは、ペガサス族のアイドルグループである「UMA」のメンバーである、4人の美少女ウマ娘たちでした。
ちなみに本来は5人組なのですが、ユニット・リーダーであるハル・ウララちゃんは戰いが苦手なので、今回は村でお留守番です。
ボンゴ族と共にこの地に馳せ参じ、先程まで魔獣たちと戦っていた彼女たちは、シュナンたちの会話を聞きつけて、側までやって来たのでした。
彼女たちの実質的なリーダーである、スペシャル・ウイング、通称スペちゃんと呼ばれるウマ娘が、シュナンに対して言いました。
「シュナン君、メデューサ様は、わたし達でしっかりとお守りします。魔獣たちには、指一本触れさせません。元々、わたし達はメデューサ族を守るために、造られた、眷属なのですから」
ペガサスの少女の、その力強い言葉を聞いたシュナン少年は、ようやく決意が固まったのか、目隠しをした顔をコクリとうなずかせます。
「わかった。みんな、よろしく頼む。もし状況が悪化したら、メデューサを連れて、安全な場所に撤退してくれ」
シュナンはそう言うと、今度はメデューサの方を向いて、彼女に声をかけます。
「それじゃ、行ってくるよメデューサ。ムスカル王を必ず倒してくる。君も気をつけて。無理して戦ったりは、絶対にしないでくれ」
メデューサも、蛇の前髪で隠された顔をうつ向かせて、彼に答えます。
「大丈夫よ、シュナン。心配しないで。わたしだって、あの魔獣たちに負けないくらいの、化け物なんだから」
しかし、メデューサが、シュナンを安心させる為に自嘲ぎみに言った、その言葉を聞いた、当のシュナン少年は、目隠しに覆われた顔を悲しげに歪めて、首を振ります。
「・・・そんな事を言わないでくれ、メデューサ。僕は君を、化け物だなんて思った事はないし、これからも、絶対、思ったりはしない。君が、そんな事を言うのを聴くと、僕まで悲しくなってしまうよ」
するとメデューサは、蛇で覆われたその顔を、更に深くうつ向かせると、何故か、拗ねたような口調で、声を発しました。
「でも・・・やっぱり、人がわたしを恐れるのは、仕方がない事だわ。さっきの老夫婦みたいに。石にされるかもしれないんだから・・・。いいの、わかってるから。シュナンだって・・・」
メデューサは、相変わらず顔をうつ向かせ、蛇の前髪の隙間から地面を見つめ、途切れがちな声で、喋り続けています。
「シュナンだって、メデューサ族の宝を探すという大切な目的がなければ、あたしとなんか、一緒に旅したりはしないでしょ。後ろにいるペガサス族の子たちや、レダみたいな綺麗な子と、一緒にいた方がよっぽど・・・」
しかし、その言葉を聞いたシュナン少年は、一瞬、表情を曇らせましたが、すぐに目隠しした、その顔の口元を、意を決したみたいに、キリリと引き締めます。
それから彼は、何故だか、ちょっと頬を赤らめながら、杖を持っていない方の手を前に伸ばすと、そこに立つメデューサの肩に、そっと載せました。
そして、真剣な口調で、彼女に語りかけます。
「もしかしたら、もう言う機会は無いかもしれないから、思い切って言うよ・・・。ちょっと恥ずかしいけど。僕はね、メデューサ。君と旅が出来て、本当に良かったと思ってる。君が僕の、旅のパートナーで、本当に良かったとー。他の娘の方が、いいなんて思った事は、今まで一度もないよ。いいかい、一度もだよ」
顔を赤らめながら、矢継ぎ早に言葉を発する、シュナン少年。
彼は胸の中の想いを、懸命に言葉にして、それを何とか自分の前に立つ少女に、伝えようとしていました。
「僕はね、メデューサ。世界中の美女が集まった、宮殿の主になるより、君と一緒に旅をしている方がいいよ。世界で一番美しい、お姫様を妻にするより、君が側にいてくれた方がいいー」
メデューサの肩をつかんだ、シュナンの手に、力がこもります。
「普通の女の子の、君がいいんだ」
その瞬間、メデューサの心の奥底で、何かが大きくはじけました。
彼女は、蛇の前髪を動かすと、それで自分の顔をすっぽりと覆いました。
何故なら、泣き出しそうな自身の顔を、他人に見られたくなかったからです。
そして、蛇の髪に隠れている魔眼から、大粒の涙が溢れ出すのを、必死にこらえながら、言いました。
「わかったわ、シュナン・・・。わたし、自分の事を化け物だなんて、二度と言わない・・・。あなたが、そうして欲しいと、思ってくれるなら」
メデューサに自分の気持ちを伝えたシュナンは、相変わらず顔を赤らめながらも、彼女の返事の言葉を聞いて、満足そうにうなずきます。
それから彼は、メデューサの肩にのせていた手を引っ込めると、彼女に背を向け、マントをひるがえして、ムスカル王のいます、水晶の塔に向かって、走り去って行きます。
ムスカル王と、直接対決し、この戰いの決着をつけるために。
うつ向かせていた顔をあげて、蛇の前髪の隙間から、彼の遠ざかる背中を見つめる、メデューサ。
メデューサの周りに、臣下のようにかしずく、ペガサス族の少女たちが、そんな二人の姿を、うっとりと見つめていました。
[続く]




