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邪神モーロックの都 その33

 レダのペガサスの背に乗って、北の塔を脱出したメデューサは、師匠の杖を片手に持ち、シュナン少年を探し求め、王宮の上空を飛び回ります。

眼下に見える王宮の広場では、ジュドー将軍率いる魔牛兵と、オロやクズタフ隊長を中心とした、反ムスカル派の市民や兵士たちとの間の、激しい戦いが続いていました。

さらに、反ムスカル派を援護する、ペガサス族の少女たちとボンゴ族も加わり、一進一退の攻防が繰り返される王宮前の広場は、もはや混沌とした戦場となっていました。

ペガサスに乗るメデューサは、杖を片手に、その戦場の上空を旋回します。

すると、彼女の片手に握られている師匠の杖が、その先端の円板についている大きな目を光らせて、鋭い声で言います。


「あそこだ!!舞台の上っ!!」


メデューサとレダのペガサスが上空から見下ろすと、シュナン少年が舞台上で、オロ元村長やクズタフ隊長と共に、立っているのが見えました。

クズタフ隊長が剣を持って兵の指揮をとりながら、盲目のシュナン少年とオロ元村長をかばうように、その前に立っています。

彼らは周囲を、クズタフ隊長配下の警備隊に護られていましたが、どうやら魔牛兵たちの、集中攻撃を受けているようです。

このままでは防御の壁を突破され、盲目のシュナン少年の身は、危うくなってしまいます。

レダのペガサスは、舞台上に立つシュナン少年の真上の位置まで羽ばたくと、そこからゆっくりと、下に舞い降ります。

レダのペガサスにまたがる、メデューサが、叫びました。


「シュナーン!!あなたの杖よっ!!」


そう言うとメデューサは、眼下のシュナンに向かって、師匠の杖を放り投げます。

舞台の上のシュナンは、メデューサの声を聞くと、彼女の放り投げた杖を、念力で引き寄せます。

そして、上空から落ちてくる師匠の杖を、その手にしっかりとつかみました。

その瞬間、彼には視力が戻ります。

彼が杖を持った手を一振りすると、衝撃波で周囲にいた魔牛兵たちが、悲鳴と共に吹き飛びました。

メデューサが乗ったレダのペガサスは、シュナンが仲間たちと共に魔牛兵と戦う舞台の上に、フワリと着地しました。

メデューサは、レダの変身したペガサスから飛び降りると、彼の元に駆け寄ります。

レダのペガサスも、負けじと、その後に続きます。


「シュナーンッ!!!」


乱戦状態となっている舞台上を、敵も味方もかき分けて、シュナンの立っている場所へ馳せ参じる、メデューサとレダのペガサス。

シュナンの元にたどり着いた二人は、それぞれ彼に向かって飛びついて、再会の喜びを表します。

メデューサはシュナンの身体に抱きついて、マントのフードに隠された顔を、彼の胸に埋めています。


「シュナン、良かった。もう駄目かと思った」


目隠しで覆った顔を、彼女の方へ向けて、優しく微笑むシュナン。


「ありがとう、メデューサ。君も無事で良かった」


彼の優しく響くその声を聞いただけで、メデューサの胸は、暖かい気持ちでいっぱいになります。

一方、レダのペガサスは、その長く優美な首をシュナンの顔に寄せて、彼の側にぴったりと寄り添っていました。

やがて、近くに立っていた、兵の指揮をとるクズタフ隊長が、肩をすくめて言います。


「やれやれ、この色男が。でも、戦いが終わってからにしてくれよ。少年」


ムスカル王宮における戰いは、彼らの立つ、処刑の為に広場に設けられた、大きな舞台を中心として、展開していました。

舞台上で、ジュドー将軍麾下の魔牛兵と対峙する、クズタフ隊長配下の警備隊。

そして、その警備隊を側面から支援する、オロ元村長率いる、反ムスカル派の市民たち。

更に、魔牛兵たちを背後から攻撃するペガサス族とボンゴ族も加わり、各派が入り乱れて、激しい戦闘が続いていたのです。

戦いに参加しなかった、女性や子供などを含む一般市民たちは、王宮を囲む壁ぎわの安全なスペースに避難して、事態の推移を固唾を飲んで見守っています。

さて、舞台上でモテモテなシュナン少年ですが、そんな彼と、その側に寄り添うフード付きのマントを身に付けたメデューサに対して、オロ元村長が声を掛けます。

オロ元村長は、クズタフ隊長と共に、舞台の上から仲間の兵士や市民たちに指示を飛ばし、反乱の指揮をしていました。


「シュナン君、それにメデューサさん。本当に無事でよかった。どうか後は、我々に任せて下さい。どこか安全な場所で休んで、わたし達の戦いを見守って下さい」


しかし、そんなオロの気遣いの言葉に対して、シュナンの持つ師匠の杖が言いました。


「そうしたいのは山々だが、そういう訳にはいかんようだな」


その時、戦いに参加せず、安全な場所に避難していた、一般市民たちの間から、鋭い悲鳴が上がります。

舞台上のシュナンたちは、驚いて、悲鳴が起こった方角を見ました。

するとその方角には、王宮内にあるドーム状の大きな建物が見え、その中から何かの群れが、広場の方へ押し寄せて来るのが見えました。

こちらに群れをなしてやって来る、その異形の集団の正体はー。

それはなんと、サラマンダーやバジリスク、そしてオルトロスなど、ムスカル王によって集められた、100匹以上もの、伝説の魔物たちの大群だったのです。

空からは、ハーピーの群れも、飛来しています。

伝説の魔物たちが、こちらに押し寄せて来るのを見て、広場にいた人々は、敵も味方もパニックになります。

恐らく魔物たちは、無差別に人間を、襲うに違いないからです。

シュナンたちを守りながら、舞台の上で兵の指揮をとるクズタフ隊長が、吐き捨てるような声で毒づきます。


「王め、気でも狂ったか。コレクションで集めていた魔獣たちを、解き放つとは」


クズタフ隊長の傍らに立つオロ元村長も、青ざめた表情で、魔物たちがやって来る方向を見つめています。


「いかん、このままでは市民たちが・・・」


そんな茫然とする二人に対して、メデューサやレダのペガサスと共に、彼らの側に立つ、シュナン少年が言います。


「オロさん、クズタフ隊長。魔獣相手に、人間の兵士が戦うのは厳しいでしょう。前もって準備していれば、別ですがー。ここは僕が、ペガサス族やボンゴ族に呼びかけて、魔獣どもと戦いましょう。彼らなら、魔獣にも対抗できるはずです」


しかしクズタフ隊長は、シュナン少年を気遣う様に、言います。


「大丈夫なのか?長い間、牢に閉じ込められた上に、視力が戻ったばかりなのに」


隊長の隣にいるオロも、口を挟みます。


「気持ちは有り難いが、これ以上、君たちを危険にさらす訳には・・・」


シュナン少年は師匠の杖を通じて、自分たちの立つ舞台の周囲の状況を、改めて見回します。

そこでは相変わらず、魔牛兵たちと、反ムスカル派の兵士や市民たちとの戦闘が、断続的に続いています。

更に、ペガサス族とボンゴ族の戦士たちも、市民たちを援護して、魔牛兵たちを、背後から攻め立てていました。

けれども、この状況下で、魔獣たちが広場に突入すれば、戦闘に参加している者たちだけでなく、王宮の壁際のあたりに避難している、女子供を含む一般市民たちにも、大きな被害が出るのは、火を見るより明らかでした。

シュナン少年は、その目隠しをした顔を、オロ元村長の方へ向けて、真剣な口調で話します。


「いえ、僕は戦います。最初は確かに、意図せず巻き込まれてしまった形でしたが、今では、この戦いは、僕自身の戦いであるような、気がするのです。避けては通れない道であるような、そんな気が。だから、最後まで、一緒に戦わせて下さい」


シュナンの決意を聞いて、思わず顔を見合わせる、オロ元村長とクズタフ隊長。

すると今度は、シュナンの隣に立っているメデューサが、マントのフードに隠された顔を上げて、言います。


「わたしも戦うわ、シュナン。魔獣相手なら、わたしの能力が、役に立つはずよ」


メデューサのその言葉を聞いて、シュナンはうなずきます。


「わかったよ、メデューサ。君の力を、貸してくれ。罪も無く殺されようとしている、生贄の子供たちのために。そして、今、まさに、生まれ変わろうとしている、モーロックの都の人々のために」


メデューサも、目深くかむったフードの中から、シュナン少年を見つめ、コクリとうなずきます。

一方、彼らの傍らに寄り添っていた、レダの変身したペガサスは、隣にいるシュナンに、テレパシーを飛ばします。


<< わたしは別行動を取るわ、シュナン。決着をつけなきゃいけない、相手がいるからー。でも、気を付けてねシュナン。あっ、ついでにメデューサも >>


シュナンはレダのその言葉を聞くと、彼女にねぎらいの声を掛けました。


「わかった。君も気をつけて」


彼はそう言うと、メデューサの背中に腕を回し、彼女を片手に抱え上げます。

そしてもう一方の手には、師匠の杖を持つと、そのまま魔法の力で、自分の身体を、空中に浮き上がらせました。

シュナンのその姿を、舞台の上のオロとクズタフが、目を丸くして見上げます。

彼らが目を見張る中、空中に浮かんだシュナンは、魔獣たちが迫り来る方向を確認すると、顔を赤くしたメデューサを腕に抱えたまま、そちらに向かって飛び去って行きます。

紺色のマントをひるがえして飛んで行く、彼の後ろ姿を舞台上で見送る、オロ元村長とクズタフ隊長。

そしてレダのペガサスは、シュナンたちが飛び去ったのを確認すると、自身もその大きな白い翼を羽ばたかせ、天空高く舞い上がりました。

そして、シュナンとは別の方角へと、飛び去りました。

黄金将軍ジュドーと、決着をつける為に。

後に残された二人の男は、兵の指揮をするのも忘れ、しばらくの間、両者が飛び去った青空を、まぶしそうに見つめていました。


[続く]


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