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邪神モーロックの都 その31

 さて、ここで少し時間を遡り、メデューサが北の塔のてっぺんで、悲鳴を上げていた頃に、王宮内の広場に設けられた処刑用の大舞台の上で、シュナン少年の身に、実際、何が起こったのか、詳しく見るとしましょう。

群集の人波の間を通り抜け、広場の中央に設置された大きな舞台までたどり着いた、拘束されたシュナンと、彼を連行する、クズタフ隊長ら兵士たち。

彼らは、舞台に上がるために付けられた、小さな階段の前まで来ると、いったん立ち止まります。

広場の周辺にひしめく人々の注目を、一身に集めていた彼らですが、やがて指揮をとるクズタフ隊長が、連行しているシュナンに対して、舞台のそでで、何やら耳打ちをします。


「魔法を使って、逃げれないのか?」


シュナン少年が、周りの兵に聞こえないよう、小さな声で答えます。


「魔法を使って、僕を縛っている、このロープを切ることは出来るが、僕は目が見えないからね。周りにこんなに人がいたんじゃ、すぐに捕まってしまうさ」


クズタフ隊長は、シュナンのその言葉を聞くと、軽くうなずいて言いました。


「そうか、それじゃ、しょうがないな。とりあえず、舞台の上に上がれ」


クズタフ隊長は、シュナンの背中を軽く押すと、階段を使って、舞台の上に登るよう、少年にうながします。

そして、周りにいる兵には、下に待機するように命じ、自分もシュナンを縛るロープの端を持ちながら、彼の後に続き、舞台の上に上がりました。

衆人環視の中、舞台の中央へと進む、ロープで拘束されたシュナンと、そのロープの端を持って、その後に続く、クズタフ隊長。

クズタフ隊長は、ロープで縛り上げたシュナンを、舞台の真ん中まで歩かせると、更にそこに、ひざまずかせました。

そこには、首を落とす為に用意された大きな斧と、流れ出る血を受けとめる、大きな鉄製の皿が置かれた、台座がありました。

クズタフ隊長はシュナンを、ステージの中央にある、台座の前にひざまずかせると、傍らに用意された大きな斧を、拾い上げます。

それから、シュナン少年を縛り上げたロープの端を持ったままで、もう一方の手に拾った斧を構え、ひざまずいている彼の頭上に、大きく振り上げました。

そして、舞台の周りに集まった群集が、息を呑んで見つめる中、その斧を、背中を見せる、シュナン少年に向かって、思い切り振り下ろしたのです。

ザシュッという音が、舞台上に響きます。

次の瞬間、舞台を注視していた市民や兵士たちは、驚きに目をみはります。

なんと、クズタフ隊長の振り下ろした斧は、シュナンの首を落とすのではなく、逆に彼の上半身を縛り上げていたロープを、一刀両断にしていました。

縛めを解かれたシュナン少年が、ひざまずいていた舞台の床から、スクッと立ち上がります。

そして、彼を解放したクズタフ隊長は、驚愕の目で自分を見つめる、舞台の周りの群衆を、ぐるりと見回します。

それから、彼等に見せつけるように、手にした斧を高々と掲げると、よく通る声で叫びました。


「俺は、もう、悪魔の言いなりにはならんっ!!」


クズタフ隊長は、高く掲げた斧を、ムスカル王のいるであろう、水晶塔の建つ方角に突きつけると、再び、周りにいる群衆を見回し、更に大きな声で叫びます。


「俺は、悪魔と戦うっ!!たった一人でも!!でも心ある者がいるなら、俺と一緒に立ち上がって欲しい!!この国の未来の為に!俺たちが、本当に幸せになる為に!!」


舞台の周りにひしめく市民の間に、驚きと困惑の気持ちが、さざ波の様にひろがります。

そして、その市民たちの人垣の中から一人の男が、クズタフ隊長の言葉に答えるかのごとく、舞台の上に上がりました。


「その通りだっ!!」


人垣をかき分けて舞台上に上がった、その男を見た市民たちから、驚きの声が口ぐちに発せられます。


「あれは、オロ村長だ」


「オロさんだ」


「生きていたのかー」


そう彼こそは、このモーロックの都がまだ寒村だった頃の指導者であり、ムスカル王に、この地を追放された、元村長。

そして今は、反ムスカル派のレジスタンスのリーダーである、オロだったのです。

舞台に上がったオロは、その舞台の真ん中に並び立つ、シュナンとクズタフ隊長の方へ歩み寄ると、彼らの肩を軽く叩きました。

そして舞台の中央に、シュナンたちと共に立った彼は、広場を埋め尽くす市民たちに対して、声を張り上げ語りかけます。


「市民諸君、わたしは、かつて君たちの代表だったオロです。わたしの顔を知っている人も、知らない人も、少しだけ、わたしの話を聞いて欲しい。わたしが、みんなの前に姿を現したのは、他でもありません。みなさんに、聞きたいことがあったからです」


オロ元村長はそう言うと、ムスカル王のいます水晶の塔を指差し、自分の声に耳を傾ける、舞台の周りにいる、大勢の市民たちに尋ねます。


「あそこにいる男のおかげで、確かに我々は豊かになりました。でも、わたし達が求めたのは、本当に今みたいな豊かさなのでしょうか?今の、わたしたちの社会は、子供たちをー。弱い者を搾取し、その犠牲によって、成り立っている社会です。このシステムを受け入れたせいで、我々の共同体の絆はズタズタに分断され、全ての人間は、孤独で疑り深い存在になってしまいました」


オロの話す言葉を聞く、舞台を取り囲む市民たちは、彼の声を一言も聞きもらすまいと、熱心に耳を傾けています。


「こんな世界では、他人に対する思いやりや優しさは、決して育ちません。だって、非情にならなければ、自分が幸せになれない世界なのだからー。獣の世界で生きるには、人は獣になるしかないのでしょう。これは、人間の生存本能を利用した、悪魔の狡猾な戦略の一つなのです」


オロ元村長は、そこで呼吸を一拍置くと、きっぱりとした口調で、更に言います。


「でも、わたしは、みなさんに言いたい。けっして希望を捨てて、自分の心の中の、悪魔の言いなりになってはいけないとー。何故なら、希望を捨てない限り、わたし達は、やり直す事が出来るからです。何度でもー」


オロの言葉に、更に熱がこもります。


「我々は、道を誤りました。だけど、やり直す事が出来る。みんなで力を合わせて、やり直しましょう。この土地に、どんな街を作るかは、結局は市民である、わたし達一人一人が、決める事なのだからー。我々は豊かになりたかった。だけど、一人の独裁者や、一部の人間だけじゃなく、全ての人間たちが、豊かで幸福になれる世界を望んでいたはずです」


今や、王宮前の広場にいる人々の注目を一身に浴びる、舞台上のオロは、顔を紅潮させ、両手を激しく振るジェスチャーをしながら、自分の思いを、懸命にみんなに訴えます。


「ムスカル王の作り出した、非情で冷酷なシステムは我々を、まるで機械の様な存在に、変えてしまいました。血も涙もない、恐ろしい人間にー。でも、我々は機械じゃない!人間なんだ!!暖かい血の通ったー。皆さん、わたしの大切な仲間たちよ。今こそ、罪も無く苦しむ生贄の子供たちを救い、悪魔を倒すべき時です。そして今度こそ、この地に創ろうではありませんか。みんなが本当に、幸せに暮らせる街をー。誰かを搾取し、互いに相争うのではなく、お互いを認め合い、幸福を分かち合う社会をー。我々が、真に人間らしく生きる為に」


オロは最後に、片手を高く掲げると、周りの人々に対して檄を飛ばします。


「過去と現在、そして未来の子供たちのために、全ての市民よ、そして、兵士たちよ。今こそ、立ち上がれー!!!」


オロの激白を受けて、処刑場の舞台がある王宮前の広場は、一瞬、静まり返ります。

しかし、その次の瞬間ー。


オォーッ!!!オォーッ!!!オォーッ!!!


王宮前の広場は、市民たちが放つ、割れんばかりの歓声と賛同の声、そして、大きな拍手の音に、すっぽりと包まれたのです。


[続く]

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