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邪神モーロックの都 その30

 師匠の杖を持たないシュナン少年は、目が見えず、時々倒れそうになりながらも、その度に、後ろにいるクズタフ隊長に身体を支えられ、千鳥足でなんとか歩いていました。

シュナンの上半身にはロープが巻かれ、両手の自由は奪われており、その巻かれたロープの端を、クズタフ隊長が持っていて、彼が逃げ出せないようにしていました。

更に周りには数名の兵士がいて、守りを固めており、彼らは王宮広場を埋める市民たちの間を、かき分ける様に、前に進んで行きます。

シュナンを処刑し、その首を落とすために、広場の中心にわざわざ設けられた、大きな箱型の舞台に向かってー。

周囲の市民たちの、好奇と同情の視線を一身に受けながら、人波をかき分ける様に前に進む、囚われのシュナン少年と、その周りを取り囲む、クズタフ隊長ら兵士たち。

やがて、彼らの前に、まさしく処刑の現場となる、大きな舞台がその姿を現します。

すでに、その箱型の舞台の周りには、兵たちがぐるりと立っており、警戒に当たっています。

更にその外側には、多くの市民たちがひしめいており、兵士たちに連行されるシュナンの姿と、舞台の様子を交互に眺め、事の成り行きを、固唾を飲んで見守っていたのです。



そして、そんな状況を高い塔の上から、驚愕しながら見下ろす者がいました。


「シュナン!!」


それは、ムスカル王によってシュナン少年と引き離され、北の塔と呼ばれる王宮内の高い建物の最上階に、シュナンの持つ師匠の杖と共に幽閉されていた、我らがヒロイン、メデューサ姫でした。

彼女はしばらく前から、王宮内の様子が普段と違って騒がしいので、部屋についている鉄格子の入った唯一の窓から、地上の様子を眺めていたのです。

実は彼女は、外が騒がしいのに気付くその前には、囚われとなった塔の最上階の部屋で、クークーと寝息を立てながら気持ちよさそうに寝ており、蛇の髪の下のその素顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいました。


「うんっ、もう~っ。シュナンったら、甘えん坊さんなんだからー」


そんな折り、彼女と同じく囚われの身となっている、壁に立てかけられた、師匠の杖の発する言葉によって、突如として、その眠りを破られ、目を覚ましたのでした。


「一体、どんな夢を見とるんじゃ、この蛇娘はっ!?こらっ!!さっさと起きんかっ!!」



メデューサは、部屋の床にムクリと半身を起こすと、寝ぼけまなこで周囲を見回しました。


「うん‥もう朝なの‥」


そして、自分たちが閉じ込められている殺風景な部屋を見回すと、そこについている鉄格子がはめられた窓から、何やら、騒がしい音が聞こえるのに気付きます。


「メデューサ、どうも、さっきから、街の様子が変だ。窓から覗いて、確かめてみてくれ」


「‥‥‥」


師匠の杖の言葉を受けてメデューサは、部屋の床にゆっくりと立ち上がると、その鉄格子のはまった小窓がついた壁際へと、まだ半睡状態なのか、フラフラとした足取りで近づき、件の小窓から外の様子を眺めました。

すると、そこにはー。


「ー!!!」


そこから見える、王宮内の広場には、大勢の群集がひしめいていました。

いつもはない、大きな舞台も、広場に設置されています。

今日が生贄の儀式の日であり、また、シュナン少年の処刑が行われる日である事を知らない彼女は、何事かと訝しく思いました。

しかし、そんな彼女の目に、眼下にひしめく群集の人波を、かき分けるように進む、兵士たちに連行される、シュナン少年の姿が映ったのです。

シュナンは、上半身をロープで拘束された状態で歩かされており、背後に立つ大男がロープの端を持って、彼が逃げられないように見張っています。

その他にも数人の兵士が、シュナンの周りを取り囲みながら移動し、警戒に当たっていました。

どうやら兵士たちは、広場に設置された大きな舞台まで、彼を連れて行くつもりのようです。

塔の部屋の壁についた小窓から、処刑場へと連行される少年の姿を確認したメデューサは、思わず、その小窓についた鉄格子をギュッと握りしめると、そこから部屋の外に向かって叫びます。

眼下の人混みをかき分ける様に連行されて行く、シュナン少年の姿を、その握りしめた鉄格子の隙間から、悲痛な表情で見下ろしながらー。


「シュナン!!」


眼下の街路を、兵士たちに拘束されながら歩く、シュナン少年に向かって叫ぶメデューサ。

部屋の壁に立て掛けられた師匠の杖も、メデューサの叫び声に驚き、その大きな眼をまたたかせています。

しかし、窓についた鉄格子を握りしめて、眼下の広場に向けて叫んだ彼女の声は、兵士たちに連行されるシュナンには届かず、彼が後ろを振り向く事はありませんでした。



そして、人波をかき分けて進むシュナンと、彼を連行するクズタフ隊長ら兵士たちは、とうとう処刑が行われる、広場の中央に設置された、大きなステージまでたどり着きました。

彼らは、舞台に上がるために付けられた、小さな階段の前で、いったん、立ち止まります。

そして、シュナンをロープで拘束しながら、その背後に立つクズタフ隊長は、魔法使いの少年に、何やら耳打ちをします。

更に隊長は、シュナンの背中を軽く押し、階段を使って、彼を舞台に上らせると、その身体を拘束したロープを握りながら、自分も後に続きます。

他の兵たちは舞台には上がらず、その場で待機しています。

人々の注目を浴びながら舞台に上がったシュナンと、彼をロープで拘束するクズタフ隊長は、舞台のそでから中央に向かって、真っ直ぐに進みます。

舞台の真ん中には四角い台座があり、その上には、首を切り落とした際に、流れ出る血を受け止める為の、大きな鉄製の平皿が置かれています。

その側には、首を落とす為の、大きな斧も置かれていました。

クズタフ隊長は、その台座がある舞台の真ん中まで来ると、自身がロープで拘束しているシュナン少年を、そこにひざまずかせます。

群集が見つめる中、彼らが取り囲む大きなステージの真ん中で、台座の前にひざまずく、身体を拘束されたシュナン。

シュナンは、台座の上に置かれた大皿の上に、ちょうど刎ねた首が落ちるよう、前かがみの姿勢で床上に、ひざまずかされていました。

傍らに立つクズタフ隊長は、台座の側に置かれた斧を、ゆっくりと手に取ります。

彼は片方の手で、シュナンを拘束しているロープの端を持ったまま、もう一方の手に持つその斧を、大きく頭上に振りかぶります。

そして、前かがみの姿勢で台座の前にひざまずく、少年の背中に向けて、一気に振り下ろしましたー。



一方、北の塔に閉じ込められているメデューサは、眼下の広場に、シュナン少年の姿を見出してからはずっと、窓の鉄格子を握りしめながら、叫び続けていました。

広場の人垣の中を、処刑場に向かって歩む、兵士に連行されたシュナン少年の姿を、塔の上から見下ろしながら。

その彼に向かって、届かぬと判っていながら、塔の最上階に幽閉されたメデューサは。叫び続けます。

窓の鉄格子を握りしめて、眼下の広場に向かって叫んでいるメデューサに対して、壁に立て掛けられた師匠の杖が、疑問の声を発します。


「どうした?メデューサ。一体、何が起こっている!?」


しかし、今のメデューサには、師匠の杖の言葉は、全く聞こえていませんでした。

彼女の意識の全ては、処刑場へと向かうシュナン少年に、集中していました。

やがて、窓の鉄格子を握りしめて、その隙間から、広場の様子を見ていたメデューサの目に、クズタフ隊長に拘束されながら舞台の上に登る、シュナンの姿が映ります。

舞台に上がった彼が、その中央にまで歩みを進め、クズタフ隊長によって、台座の前にひざまずかされる様子も。

そしてー。

彼の背後に立つクズタフ隊長が、少年の首に、斧を振り下ろす瞬間をー。


「シュナン!!!いやああぁーっ!!!」


メデューサの絶望の叫びが、北の塔の最上階の部屋に、響き渡ります。

部屋の窓にはまった鉄格子を、血の気が引くほど握りしめた、彼女の視界の隅に、無数の白い翼が羽ばたくのが見えました。


[続く]


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