邪神モーロックの都 その28
さて、その夜の事です。
所変わって、ここはモーロック城の正門。
モーロックの都に出入りする、多くの人々が、通過する場所でした。
ですが今は夜、昼間とは違い、その大きな城門は固く閉じられており、数名の兵士が、城門の扉の内側に交代で立ち、警備に当たっていました。
二人組みになって、城門の内側で扉の左右に立ち、夜間の見張りをするのが、彼等の仕事でした。
兵士たちは城門内にある、昼間は、門を通過する者を検閲する用途に使われている、小さな番小屋で、順番に休み、数時間おきに二人ずつ交代して、城門の扉を内側から警護していました。
こうして、過酷な夜間勤務に従事していた彼らですが、さすがに真夜中過ぎになると、その疲労はピークに達していました。
あくびを噛み殺し、眠気に耐えながら、城門の内側に立って、見張りを続ける兵士たち。
箱みたいな番小屋で休憩する兵士の中には、居眠りをしている者までいました。
そんな時です。
住民が住む街並みのある方角から、彼らに向かって近づいて来る、一つの人影がありました。
門を守る兵士たちが、目をこらして見ると、自分たちに向かって近づいて来るのは、まだうら若い女性のようです。
何か大きな箱みたいな物を、両手で抱えています。
その箱を抱えた女は、街の市街地へと続く道路を、逆にこちらの方に向かって、ゆっくりと歩み寄って来ます。
「おい、止まれ!!」
城門の内側で、左右に分かれて立っていた二人の兵士は、こちらに近づくその女に対して、警告を発します。
そして、槍を構えながら、その女に接近し、距離を置いて取り囲みます。
「こんな真夜中にら街をうろつくとはー。お前、何者だ?」
しかし、その若い女性は、兵士に恫喝されながらも、怯む事なく、にっこり笑って言いました。
「こんばんわ。兵隊さん。わたしは、テトラと言います。この先の街路にある居酒屋「鳥煮亭」の女将です。おつとめ、ご苦労様です」
テトラの笑顔に、虚をつかれる、兵士たち。
戸惑いながら、彼女に尋ねます。
「居酒屋の若女将が、こんな所に何の用だ?言っておくが、明日の朝まで城門は開かんぞ」
テトラは兵士の言葉に首を振ると、両手に抱えた箱の蓋をパカリと開けて、その中身を、自分を取り囲む二人の兵士に見せました。
箱の中には、片手で持つくらいの大きさの、蓋つきの陶器製の容器が、いくつか入っていました。
箱の中全体から、湯気と美味しそうな匂いが、漂って来ます。
「夜は寒いのに、立ち番は大変だろうと思って、差し入れのスープを持ってきたんです。よろしければ、皆さんで召し上がって下さい」
慌てて、テトラに突きつけた槍を引っ込める、二人の兵士たち。
「そうだったのか。いや、すまん。有り難くいただくよ」
「ちょうど、身体が冷えた所でな。助かるよ。おーい!!みんな来いよ!美人からの差し入れだぞ!」
立ち番の兵士の言葉とともに、番小屋の中で様子を見ていた休憩中の他の兵士たちも、わらわらと小屋から出て、こちらにやって来ます。
そして、スープの容器のたくさん入った箱を持つ、テトラを取り囲みます。
彼らは我先にと、スープの容器を箱から出して、手に持つと、テトラにお礼を言ってから、蓋を取って飲み始めました。
「まいうーっ!!芯まで温まるーっ!!」
「ちくしょーっ!!ママンの作ったスープを、思い出すぜっ!!」
「女将さん、ありがとう!!」
基本的にムスカル王の部下である魔牛兵は、市民から忌み嫌われており、彼らに差し入れする者など、滅多にいません。
しかも、こんな美人の若女将からとなれば、尚更です。
テトラをにやけながら取り囲み、スープに舌鼓を打つ兵士たち。
先程までとは打って変わり、城の門の付近には、談笑と笑顔を互いに交わす、暖かな空間が広がっていました。
けれど、スープを美味しそうに飲み干していた兵士たちの中で、何故か一人だけ、上空を見つめて、ぼうっとしている男がいました。
彼の傍らにいる他の兵士が、スープをすすりながら、その男に尋ねます。
「どうしたんだ?空なんか見て」
ぼうっとしていた、その男は、相変わらずスープの容器を片手に持ちながら、城壁の上に広がる夜空を見ています。
「なんか今、翼のある白い馬が、城壁を越えて、外に飛んで行ったような・・・」
しかしその時、兵士たちにスープを配っていたテトラが、口を挟んできました。
「それは馬じゃなくて、きっと天使ですわ。こんな綺麗な星空ですもの。天使も散歩したくなりますわ。さぁ、それよりスープのおかわりは、いかがですか?まだ、いっぱいありますよ」
テトラの言う通り、彼女と門番の兵士たちが立つ、モーロックの都の城門付近の上に広がる夜空には、無数の星々が、まるで競い合う様に煌めいていました。
[続く]




