旅立ち その5
メデューサの館の庭先に屹立する、奇妙な石像を、シュナン少年は、手に持った杖を通じて見つめます。
実は、彼は盲目であり、魔術の師の意識を持つ、その手に持つ杖の力を使って、周りの状況を、見ていたのでした。
ですから、身体から杖を離した途端に、彼の目は見えなくなってしまいます。
シュナンは、恐怖の表情のまま石像となった男の姿を、何とも言えない表情で眺めていましたが、やがてその石像の足元にある、もう一つの奇妙な存在に気付きます。
「墓・・・」
そう、シュナンがつぶやいた様に、その石像の男の足元には、盛土の上に黒い石碑が置かれた、明らかにそれと分かる、小さなお墓があったのです。
よく見ると、花が何本か、供えられていました。
この奇妙な取り合わせに、首を傾げるシュナン。
「どういう事でしょう、師匠?なぜこんな所に、墓があるのでしょうか?」
シュナンが手に持つ師匠の杖が、素っ気なく答えます。
「さぁ、分からん。それよりも、先を急ごう。メデューサの住む居館は、目の前だ」
シュナンは軽くうなずき、再び広い庭を、歩き始めました。
そしてついに、砦の本館である、大きな邸宅の前に辿り着きました。
建物の入り口である、玄関の大きな扉の前に立つ、シュナン。
彼が扉を押すと、木製の観音扉は、ギギギーッと音を立てて、左右に開きます。
シュナン少年が、玄関口から中を見ると、館の一階は大広間になっており、そこから螺旋状の階段が、上の階に向かって伸びていました。
そしてー。
その階段の、真ん中ぐらいにある踊り場に、一人の女の子が立っていました。
彼女は、ゆったりとした紺色の質素な服を着ており、螺旋階段の途中から、シュナンを見下ろしていたのでした。
その女の子の髪の毛は、うごめく無数の蛇で出来ており、その顔の上半分は、蛇たちによって覆われていました。
そう、彼女こそは、伝説の怪物メデューサ族の最後の末裔、ラーナ・メデューサだったのです。
メデューサは、上階につながる螺旋階段の途中の踊り場から、シュナンの事を見下ろしていましたが、やがてゆっくりと階段を下り、一階の大広間に降り立ちます。
そして、玄関先にいるシュナンの方に向かって、大広間のカーペットの上を歩いて、近づいていきます。
やがて彼女は、玄関口に佇むシュナンと、少し距離を取って立ち止まり、その上半分を蛇で覆われた顔を、俯かせながら言いました。
「庭に出なさい。そこで話を聞くわ」
メデューサの指示で、再び広い庭に出たシュナンは、そこで彼の後を追って居館を出たメデューサと、正面から対峙し、距離をとって向かい合います。
メデューサの顔は、魔眼を含め、上半分がうごめく蛇の髪で覆われており、その間から鼻や口元が、わずかに見えていました。
そして、蛇の髪の毛の隙間に覗く表情からは、彼女の気持ちを読み取る事は、シュナンには出来ません。
広い庭で正対する二人の間に、重苦しい沈黙の時間が流れました。
やがて、しびれを切らしたのか、シュナンが手に持っている師匠の杖が、声を上げます。
「メデューサよ。私たちは、貴女の協力を得る為に、はるばる旅をして、ここに来たのだ。貴女と、敵対するつもりは無い。どうか、信じて欲しい」
メデューサが、その声を聞いて、びっくりします。
「杖が喋った!!」
今度は、その喋る杖を持つシュナン少年が、メデューサに向かって、話しかけます。
「僕は、シュナンドリック・ドール。西の都から来た魔術師だ。僕の持っている、この杖は、僕の師匠ー。王都に住む、大魔導師レプカール様の意識が封じられた、魔法の杖だ。僕のサポートをしてくれている」
「よろしく」
シュナンが持つ、杖の突起のある円盤状の先端に刻まれた、大きな一つ目が、キラリと光ります。
メデューサは、この奇妙な師弟ー。
魔法の杖と、それを手に持つ、顔に目隠しをした青灰色の髪の魔法使いの少年を、訝しげに見つめます。
もっとも、彼女の目は、髪の毛の蛇によって隠されており、その視線の行き先は、定かではありませんでした。
彼女は冷たい声で、シュナン達に言いました。
「都からやって来た、魔術師の二人組と言うわけね。もっとも一人は、変な杖だけど。それで、わたしに何のご用かしら」
シュナンは真剣な口調で、彼女に答えます。
「僕たちは「黄金の種」を探している。君に、その手助けをして欲しいんだ」
メデューサが、首を傾げます。
「黄金・・・何、それ?」
メデューサの疑問に答える為に、シュナンが手に持っている師匠の杖が、再び声を出しました。
「「黄金の種」とは、それが実れば、大地を黄金に変えるという、伝説の作物の種だ。それを手に入れれば、人類は飢えの苦しみから、永久に解放されると言われている」
シュナンも、師匠の言葉に頷くと、メデューサに向かって、更に強く訴えます。
「今、世界中の人々は、恐ろしい食糧難に直面している。僕の生まれ育った村も、含めてね。毎年、飢え死にする人が後を絶たず、食糧の奪い合いが原因の戦争も、各地で起こっている。「黄金の種」があれば、それらの問題を解決できる。どうか、力を貸してくれ、メデューサ」
しかし、メデューサは、訳がわからないといった様子で、肩をすくめます。
「何で、私が協力しなければいけないの?第一、その「黄金の種」の事なんか、わたし知らないわ」
しかし、シュナンの持つ師匠の杖は、その刻まれた大きな眼を、キラリと光らせて言いました。
「メデューサ、君は、かつて君の先祖が、西方に一大国家を、築き上げていたのを知っているだろう。その国は繁栄を極め、首都にあった大きな宝物殿には、世界中から、さまざまな貴重な宝が集められた。そして古文書によって、その中に「黄金の種」も、含まれている事がわかったのだよ」
更にシュナンが、師匠の言葉に被せる様な口調で、言います。
「既に、その王国は滅びて久しいが、廃墟となった王宮には、かつて集められた様々な宝物が、手付かずのまま、残っていると言う。「黄金の種」も、その中にきっとあるはず」
シュナンは、熱を帯びた声で、懸命にメデューサを説得しようとします。
「僕たちは、これから、その滅びたメデューサ王国のあった場所に、行くつもりだ。君には是非とも、その旅に同行して欲しい。メデューサ一族の、最後の生き残りである君に。僕たちには、王の子孫である、君の助けが必要なんだ。頼む、メデューサ。全ての人類のため、立ち上がってくれ」
しかし、メデューサは、そんなシュナンに対し、冷淡な態度で答えます。
「ふぅん、大体の事は解ったわ。ご先祖様の宝探しを、一緒にしようって訳ね。でも、冗談じゃないわ。なんで、私が、人間を助けなきゃいけないの?」
「君の一族も、かつては人間だった」
シュナンの持つ師匠の杖が、言いました。
その言葉を聞いたメデューサは、肩をすくめます。
「そうね・・・でも、今は、人間に忌み嫌われる怪物。知ってるでしょう?わたしと目を合わせた生き物は、全て石になってしまう。神から受けた、呪いのせいでね。そして、わたしの一族は、故郷の地を追われて、こんな辺境の地に追いやられた。神々の手先となった、人間たちの手によって・・・。わたし達が、これまで、どんなに苦しんできたかわかる?神も人間も、わたしにとっては敵よ。助ける気なんて、かけらも無いわ」
そして、メデューサは片手を挙げて、彼女たちのいる広い庭の一角を、指で指し示しました。
そして、言いました。
「あれを、見なさい」
シュナンは、目隠しで覆われた顔を、指差された地点に向けました。
師匠の杖に刻まれた大きな目も、そちらの方向へ、ギロリと動きます。
そこにはー。
先程、シュナンたちが、屋敷を訪ねる前に、庭の中で見つけた、何かから逃げ出そうとする、恐怖の表情を浮かべた、男の石像がありました。
「この石像は、わたしのお父さんよ」
うごめく蛇で出来た髪を揺らす、メデューサが、低い声で言いました。
[続く]