邪神モーロックの都 その25
さて、一方、シュナン一行の残り二人と、吟遊詩人デイスが、現在、匿われている、街の酒場の地下室でも、来るべき生贄の儀式の日に備えて、作戦会議が行われていました。
地下室の真ん中には、どこからか運び込まれた、長いテーブルが据え付けられており、テーブルの上には、ムスカル王宮の詳しい図面が載せられています。
テーブルの周りには、ペガサスの剣士レダを中心にして、左隣りには同じくシュナン一行の緑の巨人ボボンゴ、右隣りには市民レジスタンスのリーダーである、元村長のオロが立っています。
そして、彼らの側にはこの建物の主人であるジムとテトラの夫妻や、更にその他にも、大勢の反モーロック派の市民が立っており、テーブルをぐるりと取り囲んで、話し合いをしていました。
彼らは、テーブルの上の、ムスカル王宮の図面を見つめて議論を繰り返しており、シュナン少年やメデューサ、そして生け贄の子供たちを、どう救い出すかについて、熱心に話し合っていたのです。
ムスカル王の思惑とは違い、彼の政治に反対する市民たちは、意気軒昂でした。
それはリーダーである元村長である、オロの指導力も、もちろんありましたが、何よりペガサスの少女レダの誇りある戦いと、そこからの不死鳥のごとき復活劇が、多くの市民に勇気と希望を与えたからでした。
ペガサスの剣が復活するという、神の奇跡を目の当たりにした市民たちは、自分たちの戦いの正しさを確信し、戦女神であるレダと共に、この聖戦を戦い抜く決意を固めていたのです。
さて、こうしていき上がる、彼らの元に、一つの知らせがもたらされました。
その情報をもたらしたのは、市街地に偵察に出ていた、吟遊詩人のデイスでした。
彼は、地下室から延びる秘密通路を使って街に潜入し、情報を仕入れて帰って来たのです。
地下室につながる地下通路から戻って来た彼は、部屋の中でテーブルを取り囲む仲間たちに、大声で告げました。
「やっぱり、明後日に、シュナンさんの公開処刑が王宮で、行われるみたいですぜ。あいつら、見せしめにするつもりだ」
それを聞いた、部屋の中の人々は衝撃を受け、一瞬押し黙ります。
わかってはいても、あらためて聞くと、事態が切迫している事を、部屋にいる人々は、あらためて感じ取ったのでした。
しかしやがて、テーブルの周りにひしめく反ムスカル派の市民たちは、口々に叫びます。
「くそっ!!ムスカルめっ!こうなりゃ当日、王宮内に乗り込んで、彼を助け出そう!!」
「そうだっ!!公開処刑なら、王宮内に簡単に入り込める筈だ。一般の見物客に紛れて、処刑場に近づいて、一斉に蜂起するんだ!!助けるチャンスは、充分にあるぞっ!!」
「子供たちが囚われている、モーロック神殿も、王宮広場からは近い場所にあるっ!一緒に子供たちも、救うんだっ!!」
しばらく部屋の中には、意気上がる市民たちの決意の言葉が、いくつも飛び交いました。
しかしやがて、それを打ち破る様に、テーブルの側で腕を組む、赤髪の少女レダが声を発します。
「確かに公開処刑なら、シュナンの近くまで、接近できるはず。王宮内に、一般市民に紛れて入り込めればね。機を見て、一斉に蜂起すれば、シュナンを助けだせるかも。その後、助け出したシュナンと力を合わせて、ムスカルを倒し、王宮全体を制圧出来れば、子供たちも救える。あっ、ついでにメデューサも」
しかし、彼女の隣に立つボボンゴは、心配そうに言います。
「レダ、恐らく、罠ある」
レダは軽く首をかしげて、その赤毛のポニーテールを揺らすと、ため息混じりに答えます。
「まぁ、そうでしょうね。一か八かの賭けになるわ。どうしたもんだか。でも、他に助けるチャンスはないだろうし。多分、そこが、相手の付け目なんでしょうね。恐らくムスカル王は、わたしたちの襲撃を、想定に入れた上で事を進めてる。わたしたちを、上手く誘い出して、一網打尽にする気なんだわ」
その時、レダの傍らで会議を取り仕切っていた、元村長のオロが、赤毛の少女に進言します。
彼は先日の出来事以来、はるかに年下である、この少女に心服していました。
「レダさん、当日、シュナンさんの公開処刑が行われるであろう、王宮前の広場や、そこへの出入り口にあたる正門付近は、ジョドー将軍やクズタフ隊長の手勢の兵で、事前にしっかりと、守り固められているはずです。中途半端に蜂起しても、たちまち包囲され、鎮圧されてしまいます」
「あの、黄金将軍か・・・」
テーブルの前で腕を組み、考え込むレダ。
そんなレダに対して、元村長のオロは、深刻な表情で更に言います。
「万が一、運良く処刑される前に、シュナンさんを助け出せたとしても、神殿内にいる生贄の子供たちを助けるのは、まず不可能でしょう。確かにモーロック神殿は、公開処刑が行われる王宮前の広場からは、目と鼻の先の位置にあります。だが、その出入り口は、精兵によって、厳重に守られているでしょう」
その言葉を聞いて、レダはもちろん、彼女の傍らにいるボボンゴや、ジムとテトラの夫婦、そして周囲にいる大勢の市民たちも、深刻な表情で沈黙します。
先程まで、意気軒昂だった男たちも、考え込むような顔をして、押し黙ります。
確かに、敵が待ち構えている場所で戦うからには、少なくとも、互角の戦力が必要でした。
けれども、反ムスカル派の市民の数は多めに数えても、100人程度でありムスカル側の軍勢に比べ、明らかに劣勢でした。
これでは、処刑の行われる王宮前の広場で、一斉に蜂起しても、おそらく処刑前にシュナン少年を救い出す事は、出来ないでしょう。
もちろん、神殿内に囚われた生贄の子供たちを、助ける事もー。
だけど、何も行動せず、シュナンの処刑や生贄の儀式を、指をくわえて見逃せば、彼らの組織は求心力を失い、空中分解してしまいます。
追いつめられたテロ組織みたいな。ジレンマに悩む、反体制派の市民たち。
しかし、その重い空気を破るかのように、テーブルの周りにいる市民たちの背中越しに、一人の男が手を上げました。
それは、偵察から帰ったばかりの、吟遊詩人デイスでした。
「神殿の前を固める、軍の警護を突破しなくても、モーロック神殿に入り込む方法ならありますぜ」
作戦会議に参加した人々の間に、ざわめきの声が、広がります。
テーブルの周りにいる。男たちの中の一人が、デイスに聞きました。
「本当なのかよ?デイス」
デイスは、周りにいる男たちの背中をかき分けて、テーブルの近くまで近づくと、その上に載っている、ムスカル王宮付近の地図を指し示しながら、説明を始めます。
「ご存知の通り、王宮内の各建物からは、下水道が地下を走って延びており、最終的には外部の川につながっています。俺は、しばらく、王宮にいましたからね。毎日、川で洗濯をしている下働きの官女から、川の付近に排水路があって、それが王宮の中までつながっている事を、聞いたんですよ。この水路を使えば、外を流れる川の付近から、王宮内にある神殿まで、誰にも気付かれずに侵入出来ますぜ」
会議に参加している市民たちから、驚きの声が上がります。
しかし、彼らの中の一人が言いました。
「でも、下水道の排水路なんて、狭くて小さいだろ?人が通り抜けるなんて、出来るのか?」
しかしデイスは、ゆったりとした白い服の懐から、何か、細い筒の束になったものを、取り出します。
そして、ニィッと笑います。
「この爆弾を使って、水路の穴を広げましょう。下水道の出入り口の水路は、確かに狭いですが、内部は広い地下道になっています。川や神殿の内部につながる水路の、細い部分を広げれば、大人数が移動出来る道になります。連中に気づかれないうちに、外からこっそり、神殿の中に侵入出来ますせ」
他の男が、デイスに疑問を投げかけます。
「でも爆弾なんてー。扱いを間違えたら、危険だし、第一、通路が崩れて、塞がってしまうんじゃないか?」
その言葉を聞いたデイスは、不敵な笑みを浮かべます。
「問題ないですぜ。俺に任せて下さい。きれいに穴を広げて、王宮内の神殿までの抜け道を、作って見せますよ」
先日のレダを助けた煙玉といい、一体この男は、何者なのでしょうか。
ともあれ、デイスの提案を聞いた、市民たちのリーダーであるオロは、納得したように、軽くうなずきます。
「ウム、それなら、城側の虚をついて、神殿内に囚われた生贄の子供たちを、助ける事が出来そうだな。なんなら侵入に使った、その通路を利用して、子供たちを、王宮の外まで脱出させてもいい」
けれど今度は、レダを挟んでオロの隣に立っている、ボボンゴが言います。
「けど、シュナン、どうする?、助けれない、その作戦じゃ」
テーブルを囲む人々の、輪の中心にいるレダも、腕を組んで考え込みます。
「そうね。上手く、王宮内の神殿に、あいつらに気付かれず入り込めたとしても、宮殿の前の広場で処刑されるシュナンには、手が届かない。彼を助け出すには、処刑場を取り囲む兵の軍列を、突破しなければー。いきなり、神殿内に出現するのだから、奇襲をかける事も出来るでしょうけど、かなり厳しいと思うわ」
レダから見て、斜め前の位置で、テーブルの前に並び立つジムとテトラの夫婦も、口々に、自分の意見を口にします。
「そうです。レダさん。恐れるわけではないですが、このままでは、我々が数的に不利です。とにかく、もっと人数を集めないと」
「子供たちだけでなく、シュナンさんやメデューサちゃんも助けないとー。でも一体、どうすればー」
ジム夫妻だけでなく、テーブルを囲む他の市民も、次々と、不安と心配を口に出します。
しかしやがて、彼らのリーダーである元村長のオロは、軽く手を振って、みんなを落ち着かせると、よく響く声で言いました。
「確かに、シュナンさんを助けるには、王宮の中にびっしりと配置された敵軍と、真っ向から戦う必要がある。今の我等の、人数では心もとないー。はっきり言って、無理だ。だが、みんな聞いてくれ。勝算というほどでもないが、わたしに一つ考えがある」
それを聞いた、彼の隣に立つレダが、言いました。
「奇遇ね。わたしにも。一つ考えがあるわ」
レダの顔を見て、笑顔を浮かべるオロ。
「さすがです。レダさん。我らの、美しき導き手よ。是非、あなたの計策を聞かせて下さい」
ほかの市民たちも、テーブルを取り囲みながら、身を乗り出して、レダの言葉を待っています。
酒場の地下室に設けられた会議部屋で、テーブルの周りに集まった市民たちの、期待と憧憬の眼差しを一身に集める、ペガサスの剣士レダ。
隣にいるボボンゴが、彼女に尋ねます。
「大丈夫か?レダ。勝利得る為に、越える壁。すごく、厚い、そして高いー」
しかし、レダは、赤いポニーテールを揺らしながら、ボボンゴにウインクをします。
「厚くて高い壁なら、飛び越えちゃえばいいのよ。ペガサスの翼でね」
[続く]




