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邪神モーロックの都 その21

 その後しばらくして、ムスカル王の王宮の中央部に屹立する、水晶宮の最上階ー。

水晶魔宮において、ひな壇の上の玉座に座る王の前にひざまずく、ジュドー将軍の姿がありました。

正面に階段の付いた、高いひな壇の壇上のスペースに置かれた、王座に鎮座したムスカル王は、椅子の肘掛けに肩ひじを乗せ、頬杖をついています。

そして、ひな壇の階段下の床にひざまずき、平伏するジュドー将軍は、壇の上の玉座から自分を見下ろす王からの言葉を、じっと待っています。

ムスカル王のいます、ひな壇に向かって平伏するジュドー将軍は、今は若い女性である、その素顔をさらしており、黄金の鎧に身を包み、王の前にひざまずいています。

一方、ひな壇の上のムスカル王は、玉座の肘掛けに頬杖をつきながら、眼鏡を光らせ、眼下で平伏する彼女に聞きました。


「どうした、ジョドー?顔がひどく、腫れ上がっているではないか?美しい顔が、台無しだな。生贄の子供を助けようと、軍列を襲撃して来た連中が、いたようだが・・・」


水晶魔宮の床に平伏するジョード将軍は、その顔を上げると、ひな壇上のムスカル王を見上げ、彼の質問に答えます。


「はい、恐るべき戦士の、襲撃を受けました。わたしと同じく女で、しかもまだ、年端もいかない少女でした。たった一人でしたが、わたしがいなければ、我が軍は潰走していたかもしれません」


壇上から彼女を見下ろすムスカル王は、面白そうに、その顔にかけている眼鏡を光らせます。


「フフフ、お前以外に、そんな強い女戦士がいるとはな。後から襲撃して来た連中も含めて、余が今、王宮に捕らえている、少年の仲間だろう」


ジョドー将軍は、ひな壇の上の王を見上げながら、首を捻ります。


「そんな少年が、いるのですか?」


ジョドー将軍の言葉にうなずく、ムスカル王。


「ああ、少し前に、余の兄弟弟子のレプカールや、伝説の怪物メデューサと共に、この水晶魔宮に乗り込んで来た少年だ。今は、兵舎の牢獄に、閉じ込めてある。部下にしたかったが、中々に頑固な少年でな。どうやら、極端な理想主義者らしい。仕方がないので、生贄の日に、公開処刑にするつもりだよ」


王室の床にひざまずく、ジュドー将軍が、首を振ります。


「公開処刑とは、穏やかではありませんな。賢明な王のなさる事とは、思えませんが」


玉座に座るムスカル王は、壇上の高所から、ひな壇の階段下で床に膝をつく、ジュドー将軍を見下ろしながら、少し目を泳がせます。

そして、なんだか、少し言い訳する様な口調で、言います。


「まぁ、カムランの、提案した事でな。王宮前の広場に、処刑用の舞台を作り、そこで首を刎ねる予定なのだ。王宮の広場を一般市民に開放して、そこに多くの市民を集め、処刑を公開する手はずなのだ。見せしめの為にな」


それを聞いたジュドー将軍は、ひざまずいていた床からスクッと立ち上がって、壇上にいるムスカル王を、真っ直ぐに見つめます。

彼女は、王の腰巾着であるカムラン市長が、大嫌いでした。


「あのカムランの意見を、採用するとは。そんな事をすれば、市民の反感を買うだけです。大切な儀式の日に、暴動でも起こったら、どうする気です。王宮前の広場と、神殿は、目と鼻の先だというのに。とにかく王宮内に、一般市民を引き入れるのは、危険です。レジスタンスの連中が、紛れ込んでいる可能性もありますしね」


しかし、壇上のムスカル王は、玉座に座りながら、その肘掛けに頬杖をつき、もう一方の手の指で椅子をコツコツと叩きながら、考え込む様な表情を浮かべます。


「フム、確かに、お前の言う事にも一理ある。では、これならどうだ。あの少年の処刑は、王宮前の広場で予定通り、行うものとする。だがその際、お前やクズタフの兵を総動員して、広場や門の周囲を固め、警戒させる事とする。そうすれば、たとえ市民が暴徒と化しても、すぐに鎮圧が出来るだろう。それにもし、一般市民の中に、レジスタンスの連中が紛れ込んでいたとしても、ついでに一網打尽だ。フフフ、まさに、一石二鳥というわけだ」


玉座に座りながら、眼鏡をキラリと光らせ、ひな壇の下に立つジュドー将軍を見下ろす、ムスカル王。


「まさか、市民ごときに、手こずるとは言うまいな。黄金魔人ジュドーよ」


ひな壇の足元の床に立ち、そこから壇上の玉座を見上げるジュドー将軍は、王の言葉を聞くと、急に悪寒を覚えたように、その身を震わせます。

王は言外に、いくら強いとはいえ、たった一人の少女に敗れ去りそうになった、彼女の軍の失態を、責めているのです。

震える声で王に答える、ジュドー将軍。


「御意ー。おおせのままに」


壇上の玉座に座るムスカル王は、眼下の女将軍に対して軽くうなずくと、ふと気になった事を、彼女に聞きました。


「そういえば、お前と互角に戦ったという小娘だが、もしその者と再戦する事になったら、勝つ自信があるかな?」


ジョドー将軍は、今度はきっぱりとした口調で、壇上の王座に鎮座するムスカル王を見上げながら、言いました。


「もちろんです。先刻は、不覚を取りましたが、あんな不様な姿は二度とさらしません。しかしー」


ジュドー将軍は、何故か、王の間である水晶魔宮の高窓から見える、モーロックの都の市街地の遠景を、一べつしました。

そして、水晶でできたその部屋の床に立ちながら、腫れ上がった自らの顔を、再び、壇上に座るムスカル王の方へ向けます。


「あの娘と戦う事は、もうないでしょうね。残念ですが、あの深手では、もう二度と剣は握れますまい。そしておそらく、その命の灯も間もなく消えて、彼女の魂は、天へと還る事でしょう」



さて、ムスカル王とジョドー将軍の対面が、王宮の中央部に屹立する、水晶塔の最上階で行われている頃、メデューサはそこから少し東にある、北の塔と呼ばれる場所に閉じ込められており、一緒に囚われた師匠の杖に対して、ぶつぶつ文句を言っていました。

彼女は、見張りの兵を石にしないように、室内なのに、フード付きのマントを、着させられています。

そのマントに付いた、大きめのフードを頭からすっぽりかむって、蛇の髪の毛と石化の魔眼を、しっかりと隠していたのです。

今はお昼時、メデューサは、兵士に差し入れられた、お盆に載った、学校給食みたいな昼食を食べながら、自分と引き離されてしまった、シュナン少年の身の上を、案じていました。

北の塔の最上階に軟禁されているメデューサは、床に座って食事をしながら、部屋の高窓から見える、王宮内の建物群に目を馳せます。


「ああ、今頃、シュナンは、どうしているのかしら」


部屋の壁に立て掛けられている、師匠の杖が、答えます。


「フム、どうだろうな。牢に閉じ込められてるんじゃする事もないだろうし。おまけにわしがいないと、あいつは目も見えないしな。まぁ、この前言ったみたいに、○○○○でもしてるんじゃないか?」


その言葉を聞いたメデューサは、壁に立て掛けられた師匠の杖を、睨みつけます。


「シュナンは○○○○なんて、しない」


しかし、壁に立て掛けられた師匠の杖は、からかう様な口調で、メデューサに答えます。


「フンッ、わかるものか。あいつだって、身体は健康な男だからな。今頃は、お前の事を考えながら、○○○○してるかも知れんぞ。どうだ?ちょっと嬉しいだろう」


「ーっ!!!」


耳まで真っ赤になったメデューサは、壁に立て掛けられている師匠の杖を引っ掴むと、カーペットの床に、バンバンと叩きつけ始めます。

師匠の杖は、その先端部の円板についている、大きな目をグルグル回して、悲鳴を上げました。


「こりゃっ!!やめんか、メデューサ!!壊れる!この杖は、精密機械なんだぞっ!!」


師匠の杖を、バンバン床に叩きつけながら、メデューサは怒鳴ります。


「まったく、あんたは、気楽よね。本体は遠くの国にいて、のんびり酒でも、飲んでるんでしょ!?」


「ギクーッ!!そ、そんなことはーっ」


この北の塔に、閉じ込められてからこの方、メデューサと師匠の杖は、毎日、こんな不毛なケンカを、繰り返していました。

普段から、この二人?はあまり仲は良くなかったのですが、シュナンかいなくなった上、狭い部屋にずっと閉じ込められているせいか、両者のストレスは、極限に達していました。

こうして、メデューサと師匠の杖は、まるで更年期の夫婦の様に、折に触れ、互いにいがみ合っていたのです。

さて、師匠の杖を、床のカーペットにバンバン叩きつけていたメデューサですが、彼女の手が、何故か、急に止まります。

メデューサが、急に自分を振り回すのをやめたので、奇妙に思った師匠の杖が、彼女に聞きます。


「どうした?メデューサ」


師匠の杖が、自分を握りしめて、床に座り込んでるメデューサを横目で見ると、彼女は何故か、部屋に付いている高窓の方を、ジッと見ています。

マントに付いたフードを、目深くかむっている為、その表情は、師匠の杖がいる位置からは、確認出来ません。

でも、なんだか彼女は、戸惑っているようです。


「窓から何か、見えるのかね。メデューサ」


メデューサは、フードに覆われた頭を、部屋に付いている高窓の方に向けながら、言いました。

高い位置についている窓からは、そこにはまった鉄格子越しに、周りの建物と、その上に広がる青空が見えます。


「何だか、今、ペガサスが、空を飛んでいた気がするの。でも・・・雲の向こうに消えてしまったわ」


[続く]


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