邪神モーロックの都 その19
多数のモーロック兵が、大きく楕円状になって周りを取り囲む中で、レダとジュドー将軍の、一対一の決闘が、ついに始まりました。
遠巻きとなって沿道にたむろする、大勢の市民も、固唾を呑んで、その戦いの様子を見つめています。
レダとジュドー将軍は、彼らの周りにいる兵士達が、二人をぐるりと取り囲んで街路上に出来た、楕円形のスペースの真ん中で、少し距離をとって対峙していました。
互いに相手の間合いを測る、ペガサスの剣士と黄金将軍。
周囲の人間が息をつめて見守る中、両者はそれぞれ剣と槍を構えながら、相手の出方を伺っていました。
(強い・・・)
(ほう・・・これは、手強い)
互いの脳裏に、相手の実力に対する、驚嘆の思いが広がります。
そして、両者の間に張りつめる緊張感が、極限に達した、その時ー。
最初に動いたのは、ペガサスの剣士レダでした。
彼女は、常人離れした跳躍力で、槍を構えるジュドー将軍との間合いを、一気に詰めると、神速の剣撃を相手の身体に、次々と叩きこみました。
しかしジュドー将軍は、その高速攻撃を、すべて自身の槍ではじき返し、大きく振りかぶったその槍で、レダの身体を、横一閃になぎ払います。
レダは、自分の身体を横薙ぎにしようとした、その槍を、空中で回転して何とか避けると、後方の地面に急いで飛び退き、再びジュドー将軍と距離を取ります。
(本当に強い・・・)
ジュドー将軍と対峙する、剣を構えるレダの額に、一筋の汗が流れます。
彼女は、この強敵を前にして、ついに自分の持つ、最強の必殺技を放ちます。
「ペガサス流星剣!!!」
レダが掛け声と共に、ジュドー将軍に向かって放った技は、超音速の無数の斬撃を相手に浴びせる、ペガサス族に伝わる、必殺の奥義でした。
流石に、黄金の魔人ジュドーも、この超高速攻撃をかわし切る事は出来ず、無数の剣撃が、その身体にヒットします。
けれどー。
レダの無数の剣攻撃を、一身に受けたにも関わらず、ジュドー将軍は全くダメージを受けた様子は無く、槍を構えたまま、悠然とその場に立っています。
そして、その仮面に覆われた顔から僅かに覗く、眼と口に笑みを浮かべながら、レダに言います。
「フハハハ、軽い、軽い」
剣を構えてジュドー将軍に対峙しながら、驚愕の思いでその言葉を聞く、ペガサスの剣士レダ。
だが、よく見ると、確かに軽いどころか、岩をも砕くレダの剣撃を、無数に受けた筈の、ジュドー将軍の身体を覆う鎧には、傷一つついていません。
ジュドー将軍は、その身を覆った黄金色の鎧を、見せびらかす様に煌めかせながら、愉快そうに笑います。
「種明かしを、してやろう。実はこの鎧「牡牛の黄金神鎧」は、伝説の金属オリハルコンで、出来ているのだ。かつて、神々のみが使う事を許された、超物資でな。だから、どんな強力な攻撃も、通用しないのだ」
そう、ジュドー将軍が身につけた、その黄金色に輝く鎧は、神々の中でも名工として知られる、智慧と技術の神ヘルメスが、伝説の金属オリハルコンを使用して作り上げた、十二の神鎧の中の一領であり、ムスカル王がいずこから手に入れ、将軍に下賜したものだったのです。
そしてジュドー将軍は、未だに闘志を失わず、剣を構えて、こちらを睨め付けるレダに対して、槍を大きく上段に振りかぶり、静かな声で告げました。
「中々、面白かったぞ、小娘。だが、もう終わりだ。相手が悪かったな。我が必殺奥義を、受けるがいい」
そう言うとジュドー将軍は、大きく振りかぶった槍を、掛け声と共に、風車の様に頭上で回転させると、激しい勢いで振り下ろします。
「星砕く一閃、スターライト・ブレクション!!!」
その瞬間、ジュドー将軍の槍から、星の瞬きの様な光と共に、凄まじい威力の衝撃波が発せられ、正面に立つレダに向かって襲いかかりました。
「くっ!!!」
レダは、その正面から迫る衝撃波を、手に構え持つペガサスの剣で、受け止めます。
だがー。
「きゃあああーっ!!!」
将軍の放った衝撃波は、レダの持つペガサスの剣を叩き折り、さらにその余勢をかって、彼女の腹部を深くえぐりました。
レダの美しい身体から、真っ赤な鮮血が、ドバッと吹き出します。
深手を負ったレダは、血が吹き出し続ける腹部を、片手で押さえ、もう一方の手で、折れたペガサスの剣を握りながら、ガクッと地面に膝をつけました。
ジュドー将軍は、そんな地面に跪くレダの様子を、少し距離を取って、冷徹な目で見下ろしながら、再び槍を構え直して言いました。
「このわたしに、正面から戦いを挑んだ勇気は、褒めてやろう。だが、しょせん、蟷螂の鎌だったな」
レダにとどめを刺す為に、槍を構えながら、ゆっくりと彼女に歩み寄る、黄金将軍ジュドー。
己の勝利を確信したジュドーは、地面にひざまずくレダの近くにまで移動し、その目の前に立つと、手に持つ槍を、再び大きく上段に振りかぶります。
そしてその凶刃を、苦痛に耐えながら地面にうずくまる、ペガサスの剣士の頭上に、振り下ろしたのです。
「せいっ!!」
次の瞬間、レダが片手に持っていた、へし折れたペガサスの剣が、鈍い金属音を立てて、地面に落ちます。
更に次の刹那ー。
ザクッ!!
肉の裂ける嫌な音が、周囲に響きました。
誰もがレダの頭が、一刀両断にされ、彼女が絶命したと思った、その瞬間でした。
しかしー。
「な、何いーっ!!」
槍をレダに向かって振り下ろした、ジュドー将軍の口から、驚きの声が発せられます。
両者の決闘を見ていた、遠巻きに二人を取り囲む兵士たちや、周囲の街路にひしめく市民たちも、驚きで目を見張りました。
なんとレダは、手甲を巻いた両腕を頭上で十字に交差させると、その腕と腕との間に挟み込む様に、ジョドー将軍の振り下ろす刃を、受け止めていたのです。
槍の刃先は、レダの腕に巻いた黒い手甲を切り裂き、彼女の十字に組んだ腕に、深々と食い込んでいました。
腹部と同じく、両手首からも血が吹き出し、飛沫となって、ジュドー将軍の仮面にかかります。
秘技、ペガサス真空十字受けー。
これこそ、ペガサス族に伝わる、究極の防御技でした。
それは、超音速で振動させた両腕を、凄まじいスピードで十字に交差させて、腕と腕の間に、一種の真空状態を作り出し、それによって、相手の武器による攻撃を受け止めるという、信じられない離れ技でした。
しかし、傷ついた状態から技を出した為、ジュドー将軍の攻撃の勢いを、完全に殺しきれておらず、レダの十字に組んだ腕には、将軍の槍の刃が、ざっくりと食い込んでいます。
もしも、手甲を付けていなければ、レダの両手首は、完全に切断されていたでしょう。
また、手で押さえるのをやめたため、先ほど切られた腹部からも、血が吹き出しています。
レダは、全身血まみれの姿でひざまずき、意識がもうろうとなりながらも、両手を頭上で交差させ、その間に挟み込むように、振り下ろされた槍を、がっちりと捕らえています。
その姿は、まさしく鬼神でした。
「お、おのれ、この化け物がーっ!」
レダの十字受けで、彼女の両腕に挟まれた槍を、ジュドー将軍は、力任せに引き抜こうとします。
ところがー。
「ぬ、抜けん!!」
ジュドー将軍の槍は、レダの十字に交差した腕に、しっかりと捕えられ、力任せに抜こうとしても、ピクリともしません。
自分の前にひざまずく、この瀕死の少女のどこに、これほどの力が、隠されているのかー。
思わず恐れを抱く、黄金将軍ジュドー。
レダの意外な抵抗に、ジュドー将軍が、一瞬ひるんだ、その時でした。
「うわあぁぁーっ!!!」
雄叫びを上げる、レダ。
なんと、ジュドー将軍の槍攻撃を、十字に組んだ腕で受け止めていたレダは、その構えを解くと、最後の力を振り絞って、頭上へと跳躍し、うずくまっていた地面から空中へと、高々と飛び上がりました。
そしてー。
バキッ!!!
真上の宙空に飛び上がった、レダの片膝が、異様な音と共に、ジュドー将軍の顔面を直撃します。
瀕死の重傷を負って、地面にひざまずいていたレダは、ジュドー将軍の槍を頭上で捉えていた、その両腕の十字の構えを解くと、お腹から流れ出る血を片手で押さえながら、必死にジャンプして、かの将軍の顔面に、膝蹴りによる痛烈な一撃を与えたのです。
鎧の他の部分より、薄くもろく作られている、黄金将軍が付けている仮面は、レダの膝による一撃で砕け散り、その下の顔面に膝先がめり込みます。
「ぐああああーっ!!か、顔がーっ!!!」
レダの窮余の一撃で、顔面に多大なダメージを負った黄金将軍ジュドーは、悲鳴を上げて、両手で顔を覆いながら、もんどりうって地面に倒れ込みました。
地面の上で仰向けになり、顔を両手で覆いながら、のたうち回る、ジュドー将軍。
そしてレダは、ジュドー将軍に反撃した後、近くの地面に倒れこんでいましたが、やがて、足元に転がっていた、自身の折れた剣を拾い上げると、それを片手に、瀕死の傷を負いながらも、ユラリと立ち上がります。
幽鬼のような姿となって。
レダの白いお腹は、槍によって引き裂かれ、彼女はその傷を庇うように、お腹に手を当てています。
そしてその手も、頭上に振り下ろされた槍を受け止めた際に、深い傷を負い、血をダラダラ流しており、更に、もう片方の手も、血をしたたらせながら、折れた剣を持っています。
おそらく、手首に巻いた手甲が無ければ、両腕は切り落とされていた事でしょう。
また、レダのトレードマークである、赤髪のポニーテールの結び目はほどけ、長い髪が腰まで、だらりと垂れています。
彼女は、その美しい顔に、苦悶の表情を浮かべながら、折れた剣を持ち、憔悴しきった足取りで、倒れ込んだジュドー将軍の方へ、歩いていきます。
倒れ込み、地面でのたうつ、その敵将に、とどめを刺す為です。
荷駄車に囚われた、子供たちの救出には失敗しましたが、レダは、今後のシュナンたちの戦いを、有利にする為に、ムスカル王の片腕と言える、この男を、この場で葬り去ろうとしたのです。
「うわあぁーっ!!顔がっ!わたしの顔がーっ!!」
相変わらず、ジュドー将軍は、レダに膝蹴りを食らった顔面を、両手で押さえながら、地面で、のたうち回っています。
片手に折れた剣を持って近づきながら、レダは地面に転がりながら絶叫する将軍のその姿に、何だか、違和感を感じていました。
いくら顔に大ダメージを受けたとはいえ、歴戦の将軍がこんなに狼狽して、悲鳴を上げ続けるものでしょうか?
この反応は、まるでー。
ゆっくりとこちらに近づく、殺意の気配を感じたたのか、地面に伏せるジュドー将軍は、一瞬、痛みを忘れ、その顔を覆っていた両手を外し、自分に歩み寄るレダの姿を見上げます。
レダの膝蹴りによって、つけていた仮面を粉々に砕かれ、剥き出しになったその素顔でー。
その地面に伏せる、将軍の素顔を見た、レダの顔に、衝撃が走ります。
レダは、傷の痛みと出血によって、朦朧とした表情をしていましたが、それでも、大きくその目を見開きます。
「お、女・・・」
そう、地面にうずくまり、自分にとどめを刺そうとするレダを、苦悶の表情で見上げる、黄金将軍の露わになった、その血だらけの素顔はー。
まだ、うら若い、女性の顔だったのです。
[続く]




